今、なぜデジタルアーキテクチャが必要なのか?
今、なぜデジタルアーキテクチャが必要なのか?
2020/11/30
今、なぜ デジタルアーキテクチャが必要なのか? データの相互利活用を実現する
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2020年4月、産総研に「デジタルアーキテクチャ推進センター」が設立された。今、なぜこのセンターが必要とされたのか? 同センターの岸本センター長と、産総研でデータのオープン化やデータ連携による利活用を推進する研究者が集まり、このセンターの意義と役割、データ連携の現状と課題を話し合うとともに、データ連携によってもたらされる未来への期待を語った。
デジタルアーキテクチャの構築が必須
──まずは岸本センター長からセンター設立の意義をお聞かせ願えますか。
岸本今、5G や IoTといったデジタル技術が発展し、 Society 5.0(右下)の実現に向けた取り組みが本格化する中で、多くの企業が老朽化した既存システムの保守コストの増加、IT技術者のベンダー企業への偏在、新たなデジタル技術を活用できる人材の不足など「2025年の崖」の問題に直面しています。これらの課題に対して各企業はデジタルトランスフォーメーション(DX: Digital Transformation)を進め、スリムで変化に強い柔軟なシステムづくりに取り組むほか、社内でIT人材を育成し、ビッグデータ解析やAIを使ったデジタル技術による新しい価値創造を目指しています。
ところが、こうして進めているこれまでのDXは、個々の組織の中で閉じているため、技術やシステムが個別最適化されていたり、機能やアプリの追加や削除を繰り返し、システムが破綻しかけているなど新たな課題がでてきています。かといって後からほかのユーザーが参加しやすいオープンシステムをつくるのは、実は非常に難易度が高いのです。各企業がどのような技術やノウハウを使い、何を解決しようとしているのか、それは各企業の競争力の源泉につながる機密事項ではありますが、各企業が組織の壁を超えて、システムを相互利用し、新たなイノベーションを実現するには、産総研のような公的機関が主導し、多様な立場の参加者全員にメリットがある全体像と方向性を描き、そのうえでデータや参加者を円滑につなぐ必要があるのです。デジタルアーキテクチャ推進センターは、それを実現していく組織として設立されました。
──デジタルアーキテクチャとはどういう意味なのでしょう?
岸本デジタルアーキテクチャとは、多くの組織や社会の構成員の間でデータやシステムをつなぐ全体像のことです。それは国の政策、法律や規則から、実施機関や運営機関などの組織、企業戦略やサービス、ソリューションといったビジネス実体、それらを実現する個々の機能、データとその連携、さらにはセンサ、ハードウェア、既存ITシステムまでを包含する、いわばアナログ領域からデジタル領域までのすべてを含んだ設計図と言えるものです。
海外には米国のスマートグリッド、ドイツのIndustrie 4.0など著名な成功事例があります。日本では内閣府が主導したスマートシティ*1分野のアーキテクチャ設計などの事例があり、検討が続けられています。
産総研では、柏の葉スマートシティのデジタルアーキテクチャ設計、地理空間情報の国際標準化、AIクラウドABCIを利用したデータの連携プラットフォームなど、デジタルアーキテクチャ実装のための取り組みを進めています。また、IPA (情報処理推進機構)のデジタルアーキテクチャ・デザインセンターと連携し、まずは住民起点MaaS(Mobility as a Service)、スマート安全、自律移動ロボットの3テーマについてそれぞれデジタルアーキテクチャの設計を進めています。
データが価値を生み出す3つの要件
──柏の葉スマートシティで研究を行っている持丸研究センター長はどのような構想をお持ちですか。
持丸人間拡張研究センターは柏の葉の街自体を実験場として、空間情報を3Dマッピングしてつくったデジタルツイン(現実世界を、サイバー空間にデジタル化して映したもの)を用いて新サービスのシミュレーションをしたり、VRシミュレータでサービスの有効性や使いやすさを検証したりしています。
私は集めたデータに価値や競争力を出していく要件は3つあると考えています。1つめは、街で取るビッグデータと、ラボで環境を整えて取る高精度なデータ、これを私はディープデータと呼んでいますが、この2種類を組み合わせることです。後者は前者とは違い、資金力があってもすぐに取得できるものではない強みがあります。
2つめは、人の体の形や歩行の仕方といった生物的データだけではなく、どこをどのように歩いているのか、どの季節にどんな景色を見ているのかといった社会的データも取って、両者を組み合わせることです。社会的データを集め、蓄積して、それを価値ある情報として活用することは一朝一夕にできるものではありません。これまで培ってきたこのノウハウが、私たちの研究に優位性を持たせ、柏の葉をはじめ、スマートシティで活動する企業の競争力につながると考えています。
3つめは、相手に情報や刺激を与えたときの反応、つまり「インタラクション」です。私たちは人間拡張の研究を通じて、「その人」自身のデータを集めています。特に、移動や介護、健康などは人と人がお互いに反応し合うといったといったインタラクティブなサービスです。フィジカルなサービスでは、日本企業は優れた競争力のある製品を提供していますので、こうした製品から集めたデータにインタラクティブなサービスを加えることで、製品の競争力を高めるだけでなく、サービスの質的向上にもつなげられます。私たちは柏の葉を実験場として、製品を通じてデータを蓄積してそれをフィジカルなサービスとつなげていければと考えています。
岸本デジタルアーキテクチャの必要性を、どのようなところで感じますか。
持丸柏の葉で試す規模程度のサービスでは企業は利益をあげられませんので、それを大きく展開する必要があります。柏の葉で試しているのはサイバーとフィジカルを組み合わせたデータが価値を生む新しいタイプのサービスです。ほかの街で試す場合、サイバーの部分を今のまま展開できれば、フィジカルな部分を追加投資するだけですむので、スケール効果が期待できます。
そのとき重要なことは、システムやデータが最初から汎用性のあるアーキテクチャで構築されていることです。「とにかくこの街で使えるサービスをつくろう」という思想で個別サービスを構築し、それらをいくつか連携させようとすると、大変難しい。なんとか連携させたとしても、後から別のサービスを追加したり新たな試みを加えたりするにはさらに困難が伴い、結局ゼロからつくり直すことになります。柏の葉で試したサービスを今後大きく展開していくために、基盤となるアーキテクチャの重要性を常に考えながら、データの採取とシステムの構築を進めていかなければならないと考えています。
岸本オープンシステムのプラットフォームは、多様な機能の追加や削除、既存システムや他都市との相互接続が前提となるので簡単ではありません。まずはデータを持っている自治体や企業などを巻き込んで、データ交換ができるような合意形成とデータの共通フォーマット化などを行うことになります。そのうえで、基盤となるITシステムもオープンで変化に強くすることを頭においてデジタルアーキテクチャを構築していく必要があります。
データ連携で地質情報をより使いやすく、理解しやすいものに
──地質調査総合センターには膨大なデータがありますね。
吉川私たちは100年以上地質情報を整備してきましたが、 10年前までは主に紙媒体やその情報を納めたCDなどで情報を提供していました。東日本大震災を機に国が地理空間情報のデータをオープン化する方針を打ち出し、以来、私たちもオープン化を進め、現在は各種の地質情報をウェブ上で無料閲覧できるようになっています。
データのデジタル化にあたってはさまざまな課題がありました。それぞれのデータはフォーマットも異なり、重ね合わせができず、共通の思考の上に乗っていません。しかも地質情報は専門性が高く、そのまま公開しても伝わるのかどうかもわかりません。しかし、まずは地質図幅*2をスキャンした画像データを公開するところから始め、少しずつ改善を進めてきました。
年々活用の裾野が広がっている実感はありますが、現在公開している地質図の多くは、すべての情報を一つの地図上に載せた画像データです。利用者の使い勝手を考えると、画像として一体化している個別情報を、ユーザーが必要に応じて個々に、または組み合わせて使えるようにするべきだと思います。現在はサービスのバリエーションを増やすため、さまざまな属性を個別に用意できるベクトルデータ化を進めています。
また、地質図は私たちが解釈を加えた二次データですが、今後は調査や分析で得られた一次データの公開も進めていきたいと考えています。
岸本地質図以外でも、公開されているデータがPDF形式のものは多々ありますが、PDF形式だと機械が自動的に読み込んで利用することができません。データを公開するだけではなく、そのデータ自体を説明する情報(メタデータ)を必ずつけていく必要もありますね。ほかにデータ連携を進めるうえで困難を感じている点はありますか。
吉川研究者によって専門分野が異なり、共通の項目でデータを取っているわけではありません。また同じ研究者、同じ地域でも調査の目的が違えば異なる成果物になり、連携の仕方も変わる可能性があるということです。DXによって生活や社会が便利になり、データ連携によってデータの価値が向上すると理解していますが、地質分野は長年にわたって地質図に情報を集約する形態が続いてきた経緯があり、DXをどう進めていけるのかはこれからの課題です。政府でも産総研でもDXを目標に掲げていますので、地理空間情報を扱う領域としても、過去の遺産を大切にしながら、地理情報と他のデータとを連携することで新たな価値創造につなげていきたいと考えています。
オープン/クローズドの範囲をどう決めるか
──材料開発の分野では、データはどのように利用されていますか?
浅井材料開発分野は元来経験がものをいう世界とされていましたが、現在マテリアルインフォマティクス(材料インフォマティクス)への注目が高まっています。材料は、組成と構造が決まると機能が決まります。組成・構造を機能に明瞭にひも付けられる大量のデータがあれば、人工知能技術やデータ科学の手法を用いることで、新たな機能を持つ材料の組成・構造情報を推論することができます。つまり、データは材料設計に大変重要な役割を果たします。しかし、明瞭なひも付けを実験で得ようとすることは非常に困難です。そのため、計算シミュレーションを使った研究を進めています。ところが、ある組成・構造の材料が、特定の機能を持つことを示す計算ができたとしても、その結果を眺めているだけでは、実際に材料をつくるための設計を行うことができません。産総研では、計算シミュレーションなどで得られる良質なデータと人工知能技術を用いた新しいタイプの材料設計に取り組んでいます。
岸本課題と感じている点はどこでしょうか。
浅井開発データは製品の肝であり、企業としては秘匿したいものである点です。材料インフォマティクスは素材メーカーのニーズも高く、産総研が主導するプロジェクトにも多くの企業が参画しています。このプロジェクトでは、事業化の方向にはあるが事業には直結しない「モデル素材」を設定することなどで、プロジェクトで開発する基盤技術やモデル素材への適用に関するノウハウを、プロジェクト内で共有し、さらには公開できるようにするといった知財の取り扱いでのオープン/クローズドの調整を工夫しました。
企業のデータは秘匿したいクローズドなデータである一方で、データ科学はオープンで活用できるデータが多いほど有用性は高まります。現状では、オープン/クローズドを人間が分けていますが、今後は情報技術の助けを借りて、データを秘匿しながらも第三者が利用できるような手法を取り入れた枠組みをつくりたいと考えています。こうすることで1社のみでは到達できない新たな機能材料の開発につながるというメリットが生まれます。その際、自社以外への利用を許すというリスクが企業に発生しますが、そのリスクを低減することにより、メリットがリスクを上回り、リスクを受け入れてもらえる状況をつくることが大事だと考えています。そのためには、情報技術が不可欠であり、情報・人間工学領域との連携に非常に大きな期待を持っています。
持丸ディープデータを組み合わせ、皆で使えるビッグデータをいかに特徴的な競争力のあるサービスにつなげるかというところでも、やはりオープン/クローズドの問題は出てきます。私たちも企業と共同でデータを取っていますが、その中で、例えば歩行のデータについては、産総研と合意した計測方法で取得したものはオープンにできるという取り決めをしています。 A社、B社、C社の持つ歩行データを集めると50人分になるのに、クローズドデータにしてしまうと、私たちが全データを保有していても連携して分析することができないからです。このようなディープデータをどこまでクローズドにするのか、どの部分をオープンにすると社会的・産業的に価値が出てくるのか、ということを考えていく必要がありますね。
岸本オープンなアーキテクチャをつくるときは、データだけでなく機能面でも共用する領域と競争領域を分けることが重要です。また、企業に対してデータを共用するとどんなメリットがあるかを、実例を示しながら進めていくことが大切でしょう。
データ共有のメリットとセンターへの期待
持丸人のデータでは「個人差」が大切になりますが、個人差が見えてくるまでのデータを1社で集めるのは大変です。しかし、皆が産総研の提案している標準的な計測プロトコルに則ってデータを取ると、産総研にデータが蓄積されていきます。それが公開されていれば、20人分のデータしかとっていないA社も、蓄積された200人分のデータを使うことができ、かつ、自社の20人分のデータについてはディープなデータも持っているので掛け合わせて価値を生み出すことができます。
これを国際的な標準規格としてしまえば、標準プロトコルで計測している他国の企業とデータを交換し、そのデータを使える可能性も出てきます。データをオープンにすることでこういったメリットがある、ともっとアピールしていきたいですね。
吉川地下の地質情報を見るにはボーリング調査などをする必要がありますが、ボーリング調査の多くは自治体によって行われ、データも各自治体が持っています。データは使われることで価値が出ますが、実際は死蔵されていることも少なくありません。近年は国の方針もあって、ようやく自治体も有償・無償でデータを公開し始め、皆がデータを使えるような状況になってきました。土木工事などを行おうとするとき、過去のデータが参照できればすぐに次の段階に進むことができ、事業や調査の効率が非常に上がります。
浅井材料開発でも、同じ材料についてある特性を除きたい企業と、特性を付け加えたい企業とでは、たとえ競合する企業であってもデータを共用しやすい場合があります。私たちは企業データの秘匿性を保ちながらも、それらを集めたビッグデータを一緒に利用する、つまり共用することのメリットを選択し、秘匿性の高いビッグデータ運用に自らのデータを委ね、そこでの他社利用に伴うデメリットはあえて受け入れる方向に企業のマインドが変わっていくことを期待しています。企業にメリットの方が多いと感じてもらえるようになるまで情報を蓄積し、産業素材の設計に役に立つデータプラットフォームを構築していくつもりです。
岸本デジタルアーキテクチャ推進センターの役割は多岐にわたります。ぜひ皆さんからの要望や期待を聞かせてください。
浅井現在は新機能材料の探索を行う際、ハイスループット実験装置を用いて組成を少しずつ変えた材料を網羅的に試作して、各材料の実験データを自動で取得していますが、今後は人工知能につながったロボットが合成も評価実験も、それらの実験計画も含めて自動・機械的に行うような未来図も描くことができます。実験のオートメーション化を進めていくためには多様なシステムと連携することになるので、共通アーキテクチャの必要性が高まると思います。
また、本年からマテリアルが国の定める統合イノベーション戦略の重要課題に加わり、材料分野でのDXへの取り組みと、それによるマテリアル革新力強化が謳われています。DXには、計算シミュレーションデータに限らず、実験、書籍・文献、特許、ウェブなど多彩なソースの材料データを連携したり標準化したりすることが重要です。しかし、例えば、計測実験で得られるデータは非常に多様なため、一口にデータ連携といっても簡単ではありません。課題は多いですが、新たな知見や発見を反映できる柔軟なDXを進めるために、デジタルアーキテクチャの専門家に協力いただけたら、大変ありがたいと感じています。
持丸必要な技術は各時代で変わっていきます。当面はドローン、スマートシティなど、分野ごとにアーキテクチャをつくっていくわけですが、各分野が100%満足できるものでなくても、変わっていく中で全体がつながることを想定した基盤であることが重要です。その設計図がきちんとできていれば、必要になったとき、各分野のプラットフォームの有機的な連携もうまくいくでしょう。私たちもぜひ、階層的なアーキテクチャのつくり方を学びたいと考えています。
吉川地質はデータ連携がこれからの分野なので、進んでいる分野からのフィードバックを期待しています。また、データの利用者は増えていても、どうしたら内容を理解してもらいやすくできるか、どうすればもっと使ってもらえるのかが見えていません。そこを乗り越える手段や、将来のデータの使い道を見据えた共通化について提案いただけるとありがたいです。
岸本ここまでお話を聞いてきて、デジタルアーキテクチャ推進センターの役割としては、各領域の専門知識をどう組み合わせて“全体設計の前提”をつくるかということも重要だとわかりました。皆さんとそこに取り組むとともに、AI技術やスーパーコンピュータなど、データを蓄積して公開・連携する技術でも期待に応えていきたいと思います。さらに、国際標準化の推進、データ連携技術とそれを支えるプラットフォームの開発などに力を入れ、まさに「サイバー空間とフィジカル空間の高度な融合」を実現し、社会に役立つ成果を皆さんとともに創出していきたいと思います。ご協力をよろしくお願いします。
*1: スマートシティ。AIやIoTなどの技術で街から得られるさまざまなデータを活用した住民が安全で便利に暮らせる街。[参照元に戻る]
*2: 地質図幅。緯度経度によって日本列島を多数の四角の図画に分割し、調査・研究の完了した地域から順に出版されているシリーズものの地質図。[参照元に戻る]
情報・人間工学領域
デジタルアーキテクチャ
推進センター
センター長
岸本 光弘
Kishimoto Mitsuhiro
情報・人間工学領域
人間拡張研究センター
研究センター長
持丸 正明
Mochimaru Masaaki
地質調査総合センター
地質情報基盤センター
次長
吉川 敏之
Yoshikawa Toshiyuki
材料・化学領域
機能材料コンピュテーショナル
デザイン研究センター
研究センター長
浅井 美博
Asai Yoshihiro
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産総研 情報・人間工学領域
デジタルアーキテクチャ推進センター