ロボットが高齢者や障がい者の生活をアシスト
ロボットが高齢者や障がい者の生活をアシスト
2020/04/30
ロボットが高齢者や 障がい者の生活をアシスト 安全性や性能も評価・分析
高齢者や障がい者の身体機能をアシストし、生活を支援する介護ロボットや、それらの技術の性能や効果、安全性を評価・分析する技術の開発に取り組む人間拡張研究センター。現在は柏の葉地区をはじめ、各地の介護施設にロボットを導入し、実証実験を進めている。
ロボットが人の生活機能を支え、向上させる
人間拡張研究センターが目指しているのは、人に寄り添い、人の機能・能力を高める技術やシステムの研究開発だ。対象とする「人の機能・能力」は幅広く、身体機能や運動機能といった身体面から、コミュニケーション能力、発想力といった人間の内面にまで及ぶ。
松本吉央がチーム長を務める生活機能ロボティクス研究チームは、ロボット技術を用いて人の身体機能・運動機能をアシストするだけでなく、高齢者や障がいのある人たちの生活機能全般を高めるシステムや、発達障がいを持つ人たちのコミュニケーション能力を支援するシステムの研究にも取り組んでいる。
身体機能・運動機能をアシストする技術は、産総研がこれまで関わってきたプロジェクトにて数多く開発されてきた。その中で、電動でリクライニングして車いすに変形するベッド、ベッド上の身体の動きをモニタリングして落下や転倒のリスクがあるときに職員に知らせる見守りセンサーや、斜面でも使いやすい電動アシストカートなどは製品化されており、介護施設などに導入され、また介護保険でのレンタル対象になるものも出てきている。
安全性や性能の計測・評価方法も開発規格の標準化につなげる
こういった人の生活に密着した機器を開発するとき常に課題となるのが、「それは安全なのか」、「求められる性能を満たしているのか」、そして「使うことで実際に効果はあるのか」といったことだろう。高齢者をターゲットとする介護ロボットの開発では、これらの課題に対して要求される水準はさらに高いものとなる。
「介護ロボットはこれまでになかった新しい技術なので、そもそも評価の方法もなければ、評価基準や評価ツールもありませんでした。こういった機器の安全性や性能はどう検証すればよいのか、新しいベッドや歩行器を用いることで、低下していた使用者の身体機能が向上することをどうすれば客観的に証明できるのか。そもそも安全だと言えなければ、技術はできても製品にすることもできない。私たちはロボット自体の開発に加え、評価の方法についても開発する必要がありました」
しかし、安全に使えるかどうかを実際の高齢者で実験するわけにいかない。そこで、高齢者の身体を模した、さまざまな姿勢をとれるロボットを開発。そのロボットを、例えば電動ベッドの上に乗せ、そのままベッドをリクライニングさせれば、身体のどの部分にどのように力がかかるのかを測ることができる。また、ベッドから車いすなどに移乗させる装置の上で、高齢者が激しく動いた場合、落下を避けるためにどのような安全対策が必要かを、あれこれ試すこともできる。最終的には人間で確認・検証する必要があるが、このような方法で、ある程度までは評価を進めていけるようになった。
評価・検証の実効性を高めるため、柏センターの実験室には生活空間や介護施設の模擬スペースが備えられている。模擬スペースには、可動式のトイレやバスタブが備えられ、50数台のモーションキャプチャ用カメラが設置されている。トイレや入浴の介助に介護ロボットを使うなどさまざまなシチュエーションを試すことができ、その動きを高精度に計測できる実験室だ。介護現場では試せないことも、この模擬環境を用いて実験し、開発に不可欠な「客観的なデータ」を蓄積することが可能だ。
産総研ではこういった知見やデータを積み重ね、開発した評価技術の標準化にも取り組み、社会に流通する介護ロボットの安全性・性能の質を高め、誰もが安心してロボットを使えるようになる社会を目指していく。
コミュニケーション能力向上にアンドロイドが活躍
もう一つ、ロボットで人間の機能を「拡張」する研究として、アンドロイドを用いたコミュニケーション支援がある。自閉症スペクトラム障害(ASD)を持つ人は、他人の感情を想像することが苦手で、人とコミュニケーションがうまく取れないという特徴がある。松本たちは、会話をしたり、会話内容に合わせて表情を変えたりできるアンドロイドを開発し、精神科の医師や教師などと連携し特別支援教育を行う学校に導入。ASDの生徒たちに、就職面接を模した会話練習をしてもらうことにした。
「最初はぎこちなかった生徒たちですが、面接官役のアンドロイドとのやりとりを繰り返しているうちに、緊張が減り、自信がついてくる人がでてきました。また、面接官役としてアンドロイドを操作することで、どのようなやり取りや表情をするとコミュニケーションがうまくいくのかに気づいたケースもありました」
アンドロイドによって単なる会話練習にとどまらず、コミュニケーションを円滑に進める方法を見つけた事例が確認でき、松本は身体機能以外でもロボットが役に立てる場面があると確信できたと言う。今後は介護ロボットやアンドロイドの実証実験先を増やし、効果や安全性についての検証をさらに進めていく予定だ。
「将来的には施設向けだけでなく在宅で使える技術を開発する必要があり、この柏の葉の住民の方々にも協力していただくことを考えています。ユーザー、行政、医療・介護従事者、そしてメーカーの方々とコミュニケーションを取りながら開発し、そのノウハウや技術の普及にも貢献していきたいです」
松本チームの構想は未来に向けて大きくふくらんでいる。
人間拡張研究センター
生活機能ロボティクス研究チーム
研究チーム長
松本 吉央
Matsumoto Yoshio