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再エネ社会構築のための新たな選択肢「人工光合成」

再エネ社会構築のための新たな選択肢「人工光合成」

2020/03/31

再エネ社会構築のための 新たな選択肢「人工光合成」 多様な反応のハイブリッドで早期実用化へ

佐山 和弘さんの写真
  • #エネルギー環境制約対応
KeyPoint 太陽エネルギー活用技術の新たな選択肢として期待される光触媒-電解ハイブリッドシステム。光触媒で酸素を、電解装置で水素を生成するという2段階の化学反応により、安全で低コストな水素製造を実現する人工光合成システムである。
Contents

人工光合成は太陽エネルギー活用の新たな選択肢

 地球上に無尽蔵に降り注いでいる太陽光。そのエネルギーをすべて無駄なく電気に変換できれば、1時間分の照射で人類が1年間に消費するエネルギーをすべてまかなえるほど膨大だ。

 しかし問題は、太陽光はエネルギー密度が低く、天候に左右されるため不安定であることだ。そのため、クリーンで無尽蔵、地球上に遍在しているというメリットがありながら、このエネルギーを利用できる技術の選択肢は非常に少なく、現時点では太陽光発電か、太陽熱利用くらいしかない。そのためそれらに続く、実現性の高い新しい選択肢をつくり出すことが、エネルギー技術に携わる研究者に求められている。

 太陽光発電研究センターの佐山和弘と三石雄悟はこの新たな選択肢として、人工光合成技術を用いた「光触媒-電解ハイブリッドシステム」による「ソーラー水素製造」を提案する。人工光合成とは植物の光合成の仕組みを模して、太陽エネルギーを化学エネルギーに変換して水素や有用化学品をつくり出す技術のことだ。

 「人工光合成」という言葉は、SF世界など未来のイメージをいだきやすいため、基礎研究寄りの「応用はまだ先の研究」という認識が強い。しかし佐山は「実際にはもう夢物語ではなく、かなり実用化に近づいている技術だ」と言い切り、目的指向の技術・概念であることを明確にした「ソーラー水素製造」という言葉を用いている。

植物の光合成を模して2段階で水素を製造

 太陽光を利用して水素を製造する技術には、大きく分けて2種類ある。一つ目は水中の酸化チタンなどに光を照射して水を水素と酸素に分解する「光触媒」系と、二つ目は光電極を用いて分解する「光電極」系と呼ばれる技術だ。光触媒を使った方法は、水の中に粉末の酸化物などの半導体材料を分散し、そこに光を当てることで酸素と水素を発生させる。溶液の成分を変えれば、さまざまな有用化学品を生成することもできる。佐山は大学時代からこの「光触媒」系の研究を行っていた。

 光触媒の研究開発の歴史は長く、すでにセルフクリーニング建材や空気清浄機などへの環境応用は広く進んでいるが、水素エネルギーの製造という面では、エネルギー変換効率がいまだ低く実用化に至っていない。しかも、酸素と水素が同じところから発生するため、爆発の危険性があること、水素を回収するのに手間がかかるなどさらなる課題もある。

 最大の課題であるエネルギーの変換効率を上げるには、よい触媒を見つけるだけでなく、より効率的な製造方法を開発する必要がある。光触媒については、長く紫外線でしか水を分解する方法がなかったところ、佐山が2001年に世界で初めて可視光で水分解できる光触媒系をつくり、変換効率向上にむけて一歩踏み出すことができた。

 「どうすれば可視光で効率良く水分解ができるのか。安全性やコスト面を含めた課題が解決できるのかを検討していく中で思いついたのが、天然の光合成のメカニズムを模倣することでした。実は植物は葉緑体の中に2種類の光吸収部をもっており、一方の光吸収部側の反応で吸収した光と水から酸素を合成し、もう一方の光吸収部側では、水から有機物の水素化物を合成するという、2段階の反応になっているのです。2種類の光吸収部の間は複数の酸化還元媒体(レドックス媒体)が電子をリレーしています。それまでは光触媒を1種類しか使っていませんでしたが、天然の光合成と同じように2種類の光触媒と単純なレドックス媒体を使い、酸素と水素を分けて生成すればよいと気づいたのです」

光触媒-電解ハイブリッドシステム
■光触媒-電解ハイブリッドシステム
光触媒プールは、光触媒粉末を成膜したシートおよびレドックス媒体を含む電解質溶液から構成されている。光触媒プールに太陽光が当たると、光触媒で水を酸化して酸素(O2)を発生しながら鉄レドックス反応でFe3+からFe2+を生成する。次に、低電圧の電解装置を用いて、Fe2+をFe3+に戻しながら水素発生を行う。

 通常、光触媒では水から酸素と水素が同時発生するが、レドックス媒体(鉄やヨウ素イオンなど)を用いると、一方の光触媒上では酸素が発生しながらレドックスの還元が起こり、別の光触媒上では水素が発生しながらレドックスが酸化されて元に戻るのだ。

 この方法だと使える触媒の種類は多く、さまざまな組み合わせを試すことができる。その上、理論上は酸素と水素を別々に分離生成できるので安全性が高いこと、水素を捕集する手間も不要になるのでは、と考えられた。この新規概念と研究成果を発表すると期待度の高まりから多くの研究者がこの分野に参入してきたが、水素の発生効率が悪いなど、実用化するためには解決すべき課題が多かった。

植物に迫る世界最高の効率を達成

 研究を進めるうちに、2種類の光触媒のうち酸素を出す側の性能はそう悪くはないことがわかった。改良すべきは水素を発生させる方の反応だった。

 「ならば、水素の方を電解装置に置き換えよう。新しい光触媒にこだわるのではなく、すでにあるものが使えるのであれば、それでいい」(佐山)それが光触媒-電解ハイブリッドシステムのアイデアにつながった。

 それは、先の光触媒反応の第一段階でFe2+溶液ができたら、それを低電圧の電解装置に流すという、外部の装置を用いる仕組みだ。電解側ではFe2+はFe3+に戻りながら高純度の水素を発生させる。これなら水素と酸素は完全に分離し、大面積化も容易だ。これこそ短時間で実用化につなげられるシステムではないかと、佐山には感じられた。

 佐山が最初にこのアイデアを思いついたのは、実はもう20年近く前のことだ。しかし、光触媒と電解を組み合わせたハイブリッド装置は、想定した動きはしたものの光触媒の変換効率を大幅に向上させることはできなかった。

 転機は2009年に訪れた。やはり光触媒を専門とする三石が入所してきたのだ。このテーマに取り組んだ三石は、着々と成果を上げ、初めは0.1%にも満たなかった太陽エネルギーの変換効率を、すぐに0.3%にまで向上させた。

 「1つの粒子の中で必要なことをすべてやらなくてはならない光触媒は、配慮すべきことが多い複雑な材料です。問題点を一つ一つ解決しながら、どこが性能向上を妨げているのかを見極め、実験を繰り返していく中で、よりよい光触媒に巡り合えました」

 三石は当時をそう振り返る。その後も光触媒の性能をあげるための研究は続き、現在では0.65%という変換効率を達成している。この数値は、粉末光触媒とレドックス媒体を使う人工光合成技術の中で、現時点で世界最高である。

 「現在の屋根置き太陽電池の効率が20%程度なので、0.65%という値は非常に低いと感じるかもしれません。しかし、トウモロコシが太陽光をセルロースに変換するエネルギー効率は0.8%程度です。人工光合成のメカニズムは基本的に太陽電池と同じなので、理論的には10%以上を出せると考えていますが、酸化物の粉を鉄溶液に入れるだけで植物に近い変換効率が出たのは、かなりの成果だと考えています」(三石)

 今後の効率向上は、太陽光の中でも長い波長まで吸収できる光触媒をつくれるかどうかにかかっている。ただ、光触媒の探索については、人間が手作業でやっていては試せる種類にも限りがあるため、現在は自動触媒生成ロボットも併用している。将来的にはAIと組み合わせることで、光触媒探索自体をさらに効率化していけるはずだ。

佐山さんと三石さんの写真

つなぎの技術も重要

  佐山が光触媒-電解ハイブリッドのアイデアを出した当時、周囲の反応は今ひとつだったと言う。興味はもたれても、粉を入れるだけで完結する光触媒と違い、電気も使うと複雑に思えるし、何より高コストになると考えられたためだ。

 しかし、実際には、鉄溶液に光触媒を分散して光に当てるだけで、あとは勝手にエネルギーをつくってくれるという、単純で大容量化も容易なシステムだ。太陽光発電と水電解を組み合わせたシステムよりも、こちらのハイブリッドシステムの方がコストが安くなるという試算もでている。

 さらに、溶液の種類を変え、酸素ではなく価値の高い有機物や有用化学物質(過酸化水素や次亜塩素酸など)を生成して販売すれば、システム全体ではさらに低コスト化が可能になるはずだ。そのような光触媒系および光電極系も精力的に研究している。

 「ハイブリッドカーは、電池もガソリンエンジンも積んでいるため、最初は高価格で市場への浸透もゆっくりでしたが、低コスト化が進み、環境負荷の低さや燃費の良さも知られるようになったことで売れるようになりました。将来的には電気や水素のみで動くことが理想ですが、それが実現するまでのつなぎとしてハイブリッドにしているわけです」

 光触媒-電解ハイブリッドシステムもそれと同じで、究極の技術というより、あくまでつなぎの技術だと佐山は言う。究極の光触媒が見つかるまで新しい技術の導入を待つのではなく、まずは、現実的な技術を早く実用化して社会の低炭素化に貢献する方がよいではないか、という考えである。

 現在は興味をもってくれる企業も増え、さまざまな分野の企業とともに実用化に向けた研究開発を進めている。今後は、光触媒側では変換効率が1~3%を超える材料を見つけ、電解側では大規模化して実証実験を行いながら、光触媒と電解それぞれの適応幅を広げ、最適なマッチングを探していく。

 「エネルギーに関する技術は実用化までに時間がかかるので、長・中・短期それぞれの技術を同時に走らせていかなければ、息切れしてしまいます。実用化が遠くないと思っているこの技術の研究開発に、多くの企業に参加していただきながら、粘り強く開発を進め、一刻も早く再生可能エネルギー社会を実現していきたいと思います」と佐山は言う。

 三石も「人工光合成、ソーラー水素製造は、最終的に必ず社会に役立つ技術だと信じています。この技術を企業に橋渡しする使命を、少しでも早く果たせるように努力していきます」と、決意を語った。

太陽光発電研究センター
首席研究員
機能性材料チーム 
研究チーム長

佐山 和弘

Sayama Kazuhiro

佐山 和弘研究チーム長の写真

太陽光発電研究センター
機能性材料チーム
主任研究員

三石 雄悟

Miseki Yugo

三石 雄悟主任研究員の写真

人工光合成を使って、未来のエネルギーづくりに挑戦したい! という方はぜひ一度ご相談ください。

産総研
エネルギー・環境領域
太陽光発電研究センター

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