企業の要望に応えた窒化物系圧電材料の開発で巨大市場を狙う
企業の要望に応えた窒化物系圧電材料の開発で巨大市場を狙う
2020/01/31
企業の要望に応えた窒化物系圧電材料の開発で 巨大市場を狙う 材料の世界に新たな研究分野を生み出す
2020年、日本でも次世代通信規格5Gの運用がスタートするが、高度な通信機器に欠かせないバルク弾性波(BAW)フィルターに使われているのが高性能圧電材料である。現在の高性能圧電材料には窒化アルミニウムにレアアースが添加されているが、産総研ではレアアースを使わなくても、高い性能が出せる圧電材料の開発に成功。将来は通信機器のBAWフィルターだけでなく、指紋認証などのセンサーネットワークなどへの利用が期待される。
5G実用化を可能にする部品と材料
2020年、日本でも新しい通信規格5Gのサービスが開始される。5Gになると、使われる周波数が4Gより髙い周波数帯になるため、一定時間内の振動数が多くなり、電波に乗る情報量が増えるため、これまでと同じ時間でより多くの情報が送れるようになる。この30年間で情報通信速度は約10万倍になっているのだが、4Gに比べて5Gの通信速度は100倍と桁違いになる。そしてこれらを実現するためには、材料と部品の高性能化が必要不可欠である
BAWフィルターの性能は圧電材料で決まる
5Gに使われる通信機器に欠かせない部品の一つに高周波フィルター(必要な周波数帯域を効率よく通し、そうでない帯域は遮断する)がある。そのうち高周波対応に優れているBAWフィルターの性能は、圧電材料によって決まると言っても過言ではない。
圧電とは物質に圧力(機械的な刺激)を加えたときに、圧力に比例して表面電荷が現れる現象のことで、機械的エネルギーを電気エネルギーに変換したり、逆に電気エネルギーを機械的エネルギーに変換する性質をもつ物質を圧電材料という。時計やコンピュータ、通信機器などには不可欠なもので、1つの端末の中には圧電材料が使われた部品がいくつも入っている。
「BAWフィルターは、シリコン基板の上に下部電極と圧電材料、上部電極を積層するというシンプルな構造をしており、改良の余地があるのは圧電材料だけ。そのため、よりよい圧電材料ができれば、それだけでフィルターの性能が向上するのです」
そう話す製造技術研究部門の秋山が上原や企業とともに開発した圧電材料が、今、世界から大きな注目を集めている。レアアースを使わず、安価で入手しやすい元素を用いて世界最高水準の圧電性を実現した「マグネシウム/ニオブ添加窒化アルミニウム」だ。
新しい圧電材料がスマートフォンに採用された
話は2000年代に遡る。秋山はもともと窒化物圧電材料の研究者で、2000年代前半から自動車部品メーカーと自動車用燃焼圧センサーの共同研究に取り組んでいた。その中でメーカーから出されたのが、「窒化アルミニウム薄膜の圧電性を向上させることはできないか」という要望だった。
「当時、圧電性が高いといえば酸化物が一般的で、窒化物の圧電性向上に関する研究などほとんど誰も手がけていませんでした。依頼されたときは、本当にそんなことができるのかと、不安半分、期待半分でした」
内心、無謀だと思いながらも、秋山らは圧電性向上の研究を開始した。ほとんど先行研究もない中で、どの元素を、どのような条件で窒化物に添加すれば物性が上がるのか見当もつかず、考えられる元素をしらみつぶしに探していった。
「一般の元素ではなかなかよい結果が出ず、試すものがなくなって、将来の実用化を考えると使いたくなかったのですが、レアアースであるスカンジウムを試してみました。すると、スカンジウムを窒化アルミニウムに添加することで圧電性が大幅に向上したのです。それまで6 pC/Nだった圧電定数が28 pC/Nにまで向上したのです」
2007年のことだった。よい材料が見つかり共同研究企業も喜んでくれたが、結局、この材料の自動車部品への採用は今だ実現されていない。
しかし2013年、ドイツのフラウンホーファー研究機構が追試を行い、秋山らの実験と同様の結果が得られたと国際学会で発表したことで、この材料が改めて世界から注目を集めることになった。
後にこの研究に参加する上原は、「これにより世界中の研究者の視線が、スカンジウムを添加してできた材料そのものについてだけでなく、窒化物圧電材料のポテンシャルにも注がれることになりました。秋山の発見は、材料の世界に一つの新しい研究分野を生み出したといえます」と評価する。
当時、5Gに向けた技術開発にしのぎを削っていた通信業界が、これに目を付けた。電子部品メーカーは早い時期にBAWフィルターに使う材料としての可能性を見出し、産総研と共同研究で特性評価を始めた。そこでスカンジウム添加窒化アルミニウム薄膜の高い圧電性が確認できたことから、実際にBAWフィルターを試作し、2013年、期待通りの性能が出ることを国際学会で発表した。
すると、BAWフィルターで大きな世界市場を持つ電子部品メーカーがこの材料を自社のBAWフィルターに採用。これにより、産総研の開発した材料はスマートフォンに搭載されることになる。
BAWフィルターは1つの機能部品につき20個弱入っており、その部品が1台あたり4つ入っている。つまり、スマートフォンに使われているBAWフィルターは、1台で70〜80個にも上る。
「スマートフォンの販売台数は世界で14億台ですから、当該電子部品メーカーの市場が5割とすれば、昨年だけで約500億個ものBAWフィルターが生産されました。世界の人口が77億人ですので数字上は全世界の人々の手に6個のフィルターが渡ったことになります。材料は主役にはなれませんが、これだけ多くの人が持つものになれます。これこそ材料の力ですね」(秋山)
安価なマグネシウムとニオブでレアアースフリーの圧電材料を開発
スカンジウムを添加した窒化アルミニウム薄膜は、数多く採用されたが、一つ問題が残されていた。スカンジウムはレアアースだということだ。性能はよいが、コストや安定供給の面で不安があり、企業からは別の元素を用いた圧電材料の開発が要望された。
この声に応えるため、産総研ではさまざまな元素をあらゆる条件で添加しては、物性を評価し続けた。しかし、なかなかスカンジウムを超える物性が出ない。超えるどころか、大幅に低いというのが現実だった。
そんなとき、日本の電子部品メーカーが、窒化アルミニウムにマグネシウムとジルコニアという2つの元素を同時に添加することで、これまでと比べ、とてもよい圧電性を出すことに成功した。とはいっても、圧電定数は約12 pC/Nで、スカンジウムの28 pC/Nにはおよばなかった。しかし、それまで試みられた他の元素に比べてかなり高い数値なのは事実だった。
「驚かされたのは、2つの元素を同時添加するという発想でした。マグネシウムもジルコニアも、単独ではよい数値が出なかった元素で、共添加でここまで物性が上がるとは予想していませんでした」(秋山)
これに刺激を受けた秋山らは、早速、共添加による材料探索を企業とともにスタートさせた。
早い段階で、共添加する材料の1つはマグネシウムでよいとの判断がでた。もう一つの元素の選択には時間がかかった。第4族の遷移金属であるジルコニアに対し、第5族の金属元素をターゲットにすることに決め、ニオブを選択。この選択は間違っていなかった。三次元同時反応性スパッタリング法という手法を用いて、マグネシウムとニオブを窒化アルミニウムに共添加したところ、圧電性は飛躍的に向上したのだ。
圧力や温度、2つの元素の組成比などを変えながら、最適な作製条件を探し、2016年、上原らはマグネシウムとニオブの添加量の合計が約0.65のときに、圧電定数はスカンジウムに迫る22 pC/Nまで向上することを見出した。
「安価な元素を使って高い圧電性が出せたことで、レアアースを使わない窒化物圧電材料の応用がいよいよ視野に入ってきたといえます」(上原)
圧電性を高め用途を拡大
圧電材料の用途は、BAWフィルターだけではない。例えば、マイクロフォンだ。現在のマイクロフォンの主流は静電容量式だが、今後はより高感度で消費電力も低い圧電式が伸びていくと考えられている。すでに米国では圧電式のマイクロフォンの販売が始まっている。産総研では今後の市場性が大いに期待できるマイクロフォン用材料もターゲットにしていく。
もう一つの主要ターゲットが指紋センサーだ。すでにスマートフォンなどに搭載されている認証技術であるが、現在主流のセンサーは指紋を画像として認識し、認証を行っているため、高精度な写真を使うだけで認証が破られてしまう危険がある。
「そのため、指紋の凹凸を超音波で読み取って3Dマップを作成し、三次元情報として処理してセキュリティ性を高める研究が進められています。このような用途にも私たちの圧電材料を応用できると考えています」(秋山)
圧電性が向上し、振動などから電気エネルギーを効率よく生み出せるようになったことも、圧電材料の用途を拡大するための大きなポイントとなる。
「今、工場の生産設備や土木インフラなど、多くのセンサーを接続したネットワークによる設備の異常診断が行われていますが、そこで問題となるのがセンサー用の電源です。何百、何千もあるセンサーの電源を一つひとつ管理するのは手間がかかりますし、人がメンテナンスできる場所にセンサーがあるとも限りません。例えば、自動車のタイヤ圧センサーはタイヤの内部に装着されるので、電池交換は困難です。圧電材料を使い、振動エネルギーから電力が得られれば、大きなメリットとなるでしょう」秋山はそう期待をかける。
酸化物と窒化物の境界を超え、高性能な圧電材料を開発できたきっかけは、先にも述べたように自動車部品メーカーからの要求だったが、そんな企業の要望が産総研の背中を押してくれた。 2つの元素を同時添加するという発想も企業から学んだことだ。
「企業の皆さまのご意見は私たちの刺激となり、大きな推進力となります。実際に企業からの要望で共同研究が始まり、窒化スカンジウムアルミニウムが生まれ、現在注目されるようになりました。社会や市場で何が起きているのか、何が問題になっているのか、どのようなところで困っているのかを、ぜひお聞かせください。全力で応えていきます」(上原)
「企業の皆さまに信頼していただくために、私たちも技術力、研究力を高め続けていきます。ぜひ、よい信頼関係を築き、一緒に研究を進めていきましょう」(秋山)
日本発の技術である窒化物圧電材料を、日本から世界に広めていきたい。2人はその思いを胸に、これからも圧電材料の探索や性能向上に取り組んでいく。
製造技術研究部門
首席研究員
秋山 守人
Akiyama Morito
製造技術研究部門
センシング材料研究グループ
主任研究員
上原 雅人
Uehara Masato
窒化物系圧電材料を使ってみたい! こんな圧電材料を探している! という方はぜひ一度ご相談ください。
産総研 九州センター
エレクトロニクス・製造領域
製造技術研究部門