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生産量90倍!コウジカビから遊離脂肪酸をつくる

生産量90倍!コウジカビから遊離脂肪酸をつくる

2019/03/31

生産量90倍!コウジカビから遊離脂肪酸をつくる医薬品や機能性食品の原料として広がる未来

研究者の写真
    KeyPoint コウジカビは日本酒、醤油、味噌づくりなどに使われ、日本人にとってなじみの深い微生物だ。2005年、コウジカビのゲノム解読が完了し、研究が加速する中、産総研は遺伝子組換えと培地の改良により、遊離脂肪酸の生産量を90倍に向上させることに成功した。この遊離脂肪酸はコウジカビがつくる有用物質の一つで、リノール酸などの必須脂肪酸を含んでいる。さらに、必須脂肪酸の代謝によってエイコサノイド(主に炎症をコントロールする生理的活性物質)が生成されることから、将来的にエイコサノイドを原料とする医薬品原料や機能性材料を高効率に生産できる可能性が大いに高まっている。
    Contents

    ゲノム解読の完了で理論的で効率よい改良が可能に

     「代謝」は酵素等によって物質を分解し、元の物質とは別の物質をつくるはたらきのことだが、微生物が代謝によってつくり出す多種多様な物質は、食品や医薬品、バイオ燃料、抗菌剤、界面活性剤などの原料として広く用いられている。

     特に日本人にとってなじみの深い微生物が、コウジカビ(麹菌)という糸状菌だ。日本酒、味噌、醤油、さらには味醂や酢に至るまで、伝統的な発酵食品はどれもコウジカビのはたらきによって醸造されてきた。コウジカビの分解酵素は原材料に含まれるタンパク質や糖質、脂質を分解してアミノ酸やブドウ糖(グルコース)、脂肪酸などを生成するが、そのとき、続けて酵母や酢酸菌など他の微生物も働かせることでアルコールや香り成分、酢酸等も生成し、独特の香りや味わいをもつ発酵食品となるのである。

     コウジカビの利用範囲は食品にとどまらない。多種類の酵素を大量に生産する能力をもつため、食品加工用アミラーゼ、プロテアーゼ、ペクチナーゼなどの酵素のほか、繊維工業用アミラーゼやセルラーゼなど工業用酵素剤も生産している。

     これらの有用物質をコウジカビから生産するには、自然のまま発酵させるよりもコウジカビを改良した方がよい結果が得られることは知られていた。ところがこれまでの改良方法は、コウジカビに紫外線を照射するなどして不特定の遺伝子に変異を起こし、多い場合には1千を超える株を育種し、その中から優れた株を探す方法で行われていた。そのため、かかる時間も労力も大変なものだった。

     2005年その状況が一変する。この年、産総研も参画していた産学官コンソーシアムが進めていたコウジカビの全ゲノムの解読が完了したのだ。玉野孝一は、そのゲノム解読を心待ちにしていた。

     「産総研に入ったからには産業に役立つ研究をしようと思っていました。そこで選んだテーマがコウジカビでした。コウジカビのゲノム解読が完了したことで、コウジカビのつくる有用物質の生産が、ようやく理論的かつ効率的に進められるようになりました」

     ゲノムが解読されれば、「代謝に関わる酵素はこの遺伝子」など、各遺伝子の役割や、機能する場所などが予測できるようになり、最初から狙いをつけて遺伝子操作が進められるようになる。

     「ゲノム情報を用いることで、これまで生産されてきた有用物質の生産効率を上げたり、未知の有用物質を生産したりするための遺伝子組換えが容易に行えるようになり、コウジカビの利活用の可能性がぐっと広がると期待されました」

    代謝をストップさせ大量の遊離脂肪酸を蓄積

     コウジカビの脂質含有率は57 %に及ぶ。脂質の応用範囲は広く、油として燃料に使用する、必須脂肪酸を生成して食品や医薬品に応用するなどさまざまな用途が期待される。玉野はまず、コウジカビから脂質を生産する研究に取り組むことにした。

     「糸状菌の中にはもっと脂質含有量の多い菌もありますが、酵素生産性の高さや遺伝子組換えのしやすさから、コウジカビを使うのがよいと考えました。当初はこの脂質から脂肪酸を生成してバイオ燃料に応用しようと構想したのですが、バイオ燃料は生産性、価格等でまだ市場に十分なニーズがあるとはいえません。そこで方向転換し、コウジカビの高い安全性を生かし、遊離脂肪酸をつくり医薬品や健康補助食品などの原料生産を目指すことにしました」

     コウジカビが遊離脂肪酸をつくるのも「代謝」、すなわち「連続した物質変換反応」によるものだ。

     「コウジカビは代謝の過程で遊離脂肪酸を生成しますが、それを産業に用いるのであれば、効率よく大量に生成できるようにしなくてはなりません。私は遺伝子組換えを行い、より効率よく遊離脂肪酸を得られるよう、コウジカビを改良することにしました」

     コウジカビはグルコースを遊離脂肪酸に変換するが、変換経路は非常に複雑である。玉野はこの経路のどの部分をどう変えれば、遊離脂肪酸の生産性は向上するのだろうかと検討を重ねた。

     まず注目したのは、遊離脂肪酸ができた後に継続する反応である。遊離脂肪酸は、できたらそこで変換反応が止まるわけではなく、アシルCoAという物質に変わり、さらにそれがβ酸化によってアセチルCoAという物質に変換される。アセチルCoAは代謝経路の上流にあったクエン酸回路に送られ、また同じように遊離脂肪酸が生成されるまでの経路をたどる。つまり、つくられた物質はリサイクルされ、変換反応が繰り返されていくのだ。

     「遊離脂肪酸から先の分解反応を止めることができれば、遊離脂肪酸が細胞内に蓄積されたままになり、大量に生産できるのではないかと考えました」

     玉野はコウジカビのゲノム情報を用いて、遊離脂肪酸をアシルCoAに分解する遺伝子faaAを特定し、遺伝子組換えによってその遺伝子を欠失させ、遊離脂肪酸から先に分解反応が進まないコウジカビ株を作製した。このような下流をせき止めるかたちの改良により、遊離脂肪酸の生産性を、改良前のコウジカビ株の9.2倍にまで向上させることができた。

    代謝改変による遊離脂肪酸の生産性向上の図
    代謝改変による遊離脂肪酸の生産性向上

    生産量が90倍に向上し産業応用も十分可能に

     「しかし、これでは十分とは言えません。代謝経路の上流には、DNAからRNAに転写するときに働く『プロモーター』という部分があります。DNA配列のカギとなるこの部分を変えれば経路全体が変わるので、効果はより大きくなるはずです。下流をせき止めるだけではなく、遊離脂肪酸をつくる酵素を大量に出せるように上流も活性化させようと考えました」

     そのためには、どの遺伝子を変えればよいのだろうか。玉野はさまざまな文献をあたり、他の微生物で効果があった方法を調べては、可能性のありそうなものがあれば一つ一つ遺伝子組換えを行い、遊離脂肪酸の生産量を計測していった。地道な探索の中で玉野が見つけたのが、グルコースからピルビン酸への分解経路にある酵素遺伝子のプロモーターをより強力なものに置き換える方法だった。これにより、代謝にかかわる重要な酵素である「トランスケトラーゼ」の大量発現に成功。これが過剰に出るように改良できたことで、糖の分解反応が強まり、結果として遊離脂肪酸をより多く生成できたのである。

     「先に9.2倍の生産性になったものから、さらに1.4倍向上し、もとのコウジカビの13倍の生産性向上が実現しました」

     玉野はさらに、培養液の成分や温度、pHなど、培養条件の改良によって生産性を上げると同時に、コウジカビの細胞内に蓄積されている遊離脂肪酸の分泌化にも取り組んだ。これまで遊離脂肪酸は、細胞を壊して中から取り出していたのだが、これを改良して細胞から遊離脂肪酸が勝手に出てくる仕組みを作ろうと試みたのだ。

     コウジカビの培地に糖や塩化カルシウム、酸化還元剤、界面活性剤など、さまざまな物質を添加しては、遊離脂肪酸が分泌されてくるかどうかを観察。ほとんどの添加物で効果が見られなかったが、その中で1種類だけ、菌体内の遊離脂肪酸の90%を分泌させるものが見つかった。1 %の濃度の非イオン性界面活性剤(Triton X-100)である。

     「この方法であれば、遊離脂肪酸を得るのに細胞を壊す必要がないので、コウジカビは増殖しながら遊離脂肪酸をつくり続けることができるのです」

     改良株をこのような改良培地で培養することにより、玉野は1ℓ当たり2.7gの遊離脂肪酸の生産を実現した。これは実に、自然のままの野生株に比べ90倍にも達する量である。これだけ大量に生産できれば、産業用途にも十分に活用できる。

    新薬開発への貢献エイコサノイド生産を目指す

     遊離脂肪酸の大量生産につながるこの技術をもとに、玉野が現在取り組んでいるのが、医薬品や機能性食品の原料になる生理活性物質エイコサノイドの生産である。

     遊離脂肪酸は変換反応をストップさせなければ、グルコースからパルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸と、いろいろな種類が生合成されていく。

     「本来のコウジカビがつくるのはリノール酸までですが、そこにコウジカビがもたない酵素遺伝子を組み入れることで、新しい代謝経路を導き、より複雑な構造の脂肪酸をつくれるようにしようと考えました」

     不飽和化酵素を組み入れることでリノール酸からγ-リノレン酸ができ、そこに伸長酵素を働かせることでジホモ-γ-リノレン酸をつくる。さらに別の不飽和化酵素によって、そこからアラキドン酸を生み出す。主にこのアラキドン酸からできる物質の総称がエイコサノイドである。

     現在の医薬品にはさまざまな方法でつくられた多様なエイコサノイドが用いられているが、遺伝子組換えにより、これまで使われていない酵素遺伝子を導入すれば、新たな構造のエイコサノイドが生成できるはずだ。さらにそれを用いることで、これまでにない機能をもつ新しい医薬品ができる可能性がある。現在はまだ挑戦の途上だが、順調に進めば、2019年中には実用化のめどが立つと予測されている。

     さらに今後は遺伝子組換えではなく、ゲノム編集を取り入れることを計画中だ。それが実現すれば、より短期間により多様なコウジカビの株をつくることが可能になる。

     「遺伝子組換えやゲノム編集で多種多様な変異株を作出し、そこからさまざまな代謝物質をつくる。それを一覧できるライブラリを構築できれば、新たな構造の有用物質を探している企業等に広く役立てていただけるでしょう」

     コウジカビから新たな有用物質をつくり、生産性を向上させる方法については、現在、2つの企業との共同研究が進められている。

     「エイコサノイドの例でわかるように、この方法は遊離脂肪酸だけではなく二次代謝産物にも対応できるので、将来的な展開は非常に広いと考えています。こんな機能をもつ物質を探している、こんな物質を微生物でつくらせられないか、そんなご要望があれば、ぜひ一度、産総研にご相談ください」

     日本人にとって欠かせない食品を作り続けてきたコウジカビ、その微生物の力に玉野は無限ともいえる可能性を感じている。

    生物プロセス研究部門
    応用分子微生物学研究グループ
    主任研究員

    玉野 孝一

    Tamano Koichi

    玉野 孝一主任研究員の写真

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