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1時間の作業を1分に! 再生医療・創薬の発展に大きな力

1時間の作業を1分に! 再生医療・創薬の発展に大きな力

2019/03/31

1時間の作業を1分に!再生医療・創薬の発展に大きな力 培養細胞の精密処理を自動・高速化する装置を開発

研究者たちの写真
    KeyPoint レーザーと光応答性ポリマーを用いて培養細胞を高速かつ大量に分別し、純化する技術が、産総研と片岡製作所との共同研究開発によって実用化された。必要な細胞と不要な細胞の判別は人工知能を使うことで、精密化も実現。iPS細胞を用いた創薬や再生医療に貢献できると期待されるこの自動化装置は近く上市される予定だ。
    Contents

    産総研の技術シーズ×企業のリソースで新しい価値が生まれる

    ——産総研と片岡製作所が共同研究開発を始めたきっかけはどこにあったのでしょう。

    須丸JST(科学技術振興機構)が毎年、大学や研究機関の技術シーズを企業向けに紹介する新技術説明会を開催しているのですが、そこで、私の研究してきた光応答性材料とレーザーを用いて培養細胞を操作する独自技術を、所属グループ長である金森敏幸が紹介しました。これが2014年のことです。それをご覧になった片岡製作所の方が興味を持ってくださったことがきっかけでした。

    松本当社はレーザー加工装置メーカーでバイオテクノロジーは専門ではないのですが、当時、新事業を探索しており、当社の精密なレーザー制御技術をライフサイエンス分野に役立てられないだろうかと調査していました。そんなときに須丸さんの技術を知り、当社のリソースと組み合わせることで新しい価値が生み出せるのではないかと直感し、光で細胞を扱う技術を深掘りしていこうと共同研究が始まりました。

    須丸私自身、もともとの専門は高分子ポリマーの物性研究で、ライフサイエンスについては新参者でした。その中で光と光応答性材料の組み合わせに興味を持つようになり、狭い範囲に精密に照射できる光の特性を細胞処理に応用できたら面白いのではないかと考えるようになりました。

     というのは、培養細胞の多くは何らかの足場に接着してその機能を発現します。ですから培養した細胞を分けたり純化したりするときは、足場である基材を酵素で剥がして細胞同士のつながりを断ち切らなければなりません。そうするとどうしても細胞がダメージを受けてしまいます。しかし、基材上で直接細胞を操作できればその問題は解決できるのではないか、と発想しました。

     そこで光応答性ポリマーの基材の上で細胞を培養し、下から光を照射することによって、精密かつ無菌的に細胞を処理する技術の研究を、NEDOの若手事業として2002年にスタートさせました。

    松本「多能性幹細胞(iPS細胞)」が登場したのが2006年なので、それ以前から光を用いた細胞処理の研究をしていたということですね。

    須丸体のさまざまな組織や臓器に分化する能力をもつiPS細胞が出てきたときは、今後ヒト細胞を活用する機運が高まり、この技術にも出番が回ってくるかもしれないと思いました。しかし、2006年当時でもまだニーズがほとんど顕在化していませんでした。

    松本それから10年以上経ち、現在はiPS細胞を用いた再生医療研究が本格化しています。将来、ヒト由来のそうした細胞が活用される時代がくれば、培養細胞を大量に処理するニーズもでてくると見込まれます。光で培養細胞を精密に操作する須丸さんの技術と、当社の高速かつ精密なレーザー照射技術を組み合わせた培養細胞を高速に処理する技術は、必ず役に立つはずです。

    レーザーを秒速2 mで高速走査

    ——研究開発はどのように進められたのですか。

    須丸医療や創薬に培養細胞を用いる場合、必要な細胞とそうでない細胞を分別して、不要なものを基材上から取り除いたり、必要な細胞を大量培養するために適切なサイズに切り分けたりなど、さまざまな処理が必要ですが、これらの判別や分別は人間が手作業で行っているのが現状です。不要な細胞が非常に多い場合、培養ディッシュ1枚に1時間かけても、十分には処理しきれません。これでは再生医療が実用化された時に必要となるレベルの量産と品質管理にはとても応えることができません。

     レーザーを用いて基材上の培養細胞から不要な細胞を除去する方法は、これまでも研究されてきました。最も一般的なのは、培養液中の細胞に直接ダメージを与えるレーザーを用いる方法です。しかし、この方法では培養液や周囲の細胞まで加熱されてしまい、必要な細胞にも影響が及んでしまいます。さらに、エネルギー効率が悪いため、一般的なレーザー光源では、実用レベルの処理速度を実現できない、という課題がありました。

     私は、この課題に対して光応答性ポリマーを用いることで解決できるのではないかと考えました。細胞が感じないマイルドな光を、培養基材の表面に塗布した光応答性ポリマーで、細胞が感じる刺激に変換する方法です。研究を始めた頃は微小パターン光の照射で操作することを中心に検討していましたが、やはり処理速度に課題があったので、片岡製作所さんが保有されていた非常に強いレーザービームを、高速かつ精密に走査する技術と組み合わせることに、大きな可能性を感じました。

    松本レーザーによる細胞処理の実用化にあたっては細胞処理速度を上げて大量処理できるようにしなくてはなりませんが、当初はそれを実現するためにレーザーを高速に走査させるのは難しいと考えていました。

     そこでまずは細胞を大量処理できるほどにレーザーを高速走査できるのか見極めるため、速度とエネルギーの兼ね合いを見るところから共同研究をスタートさせました。須丸さんにはより応答性の高いポリマー基材の開発や改良に試行錯誤していただきながら、レーザー走査を秒速数十 mmから始め、100 mm、 200 mmと少しずつスピードを上げて試していったところ、思った以上に高速化できることがわかりました。秒速2 mまで上げても十分に細胞処理ができたのです。秒速2 mなら細胞の大量処理を必要とする現場でも問題なく使うことができます。この結果を得たことが大きなターニングポイントとなり、研究開発を加速させました。

    須丸 強いビームが秒速2 mで動くというのは私にとっても未知の世界で、どの波長のレーザーを用いるかについてはとても悩みました。細胞にも培養液にも作用せず、基材にだけ作用する波長の光はどれなのか。適用範囲の広い紫外光がよいのか。かなり悩んだ末、最初の原理確認用のプロトタイプ装置には青い光で、と松本さんにお願いしました。これを使って実験を始めると、条件によっては培養ディッシュまで溶けてしまい、こんなこともあるのかと驚きました。紫外光を選んでいたらこうした問題から逃れられなかったことが、実際に実験してわかりました。結果的に選んだ波長は絶妙で、ディッシュを傷つけない一方で、私たちが開発したさまざまな光応答性ポリマー材料を駆動できることが確認できました。

    従来技術との比較図
    従来技術との比較

     この光を用いると、レーザーの照射エネルギーを光応答性ポリマー層だけで効率よく熱に変換でき、その真上にある細胞を中心に球状に温度を上昇させることができます。しかも、0.1秒後には温度が下がるため、培養液や周囲の細胞への影響を最小限に抑えながら、不要な細胞だけを効果的に除去できるのです。

     先ほど、手作業だと培養ディッシュ1枚分に1時間かかるといいましたが、この技術を用いると、ディッシュ1枚を1分ほどで終えることができます。従来の方法に比べ、処理速度がいかに向上したかがおわかりになると思います。

    松本レーザーによる細胞処理にはもう一つメリットがあります。多くの細胞は単体ではなく塊になることではじめて機能するため、培養細胞はある程度の塊で操作する必要があります。特にiPS細胞はこの塊をバラバラにすると死んでしまうので、この点は非常に重要です。

     通常の処理手順では、人間が手作業で細胞をある程度の大きさに細分化します。そのため塊の大きさにバラつきが出て、塊ごとの培養環境が不均質になり、得られる培養細胞が安定しないという課題がありました。

     しかし、レーザーで切断すれば均一なサイズの細胞の塊が効率的につくれます。300 μm間隔でレーザーを照射し、酵素で処理して基材から剥がすだけで、300 μm四方の塊ができるのです。これによって培養環境が均一化し、iPS細胞の未分化状態の維持を安定的に行えるようになりました。

    細胞の判別はAIを使う

    ——今回の装置には人工知能(AI)も導入していますね。

    須丸はい、高速で細胞を処理することは実現できましたが、私たちの目指したのは細胞の判別・処理を自動で行える装置であり、それを実現するには、光応答性材料の技術やレーザー照射・加工技術といった私たちのもっている技術だけでは足りませんでした。

    松本そこで、(株)iPSポータルの方々や名城大学理工学部の堀田一弘教授ら、多くの異分野の方々にご協力いただくことにしました。細胞の分別処理は、装置にて細胞培養容器の顕微鏡画像を取得し、AIが細胞の要不要を見分け、どの細胞を除去するか除去用レーザーに指示を出す、という仕組みで行うことにしました。しかし、私たちにはそもそも移植細胞を培養するためにどのような操作が必要なのか、そしてどのように細胞の要不要を見分ければよいのか、という知識が十分にありませんでした。そうしたことについては、当時iPSポータルにいらっしゃった、現理化学研究所バイオリソース研究センターの林洋平氏にご検討いただきました。

    自動高速レーザープロセシング装置に培養細胞をセットする写真
    自動高速レーザープロセシング装置に培養細胞をセット

     また、堀田教授にご協力いただき、画像認識に関する知識をもとに、人工知能(AI)に細胞の要不要の判別法をディープラーニング(深層学習)という方法で学習させました。スキャンして得た細胞の画像と、どの細胞が必要でどれは不要かという “正解”の情報を大量にAIに読み込ませ、両者のパターンを覚えさせたわけです。最近はAIが診断画像から病巣を見つけるがん診断などが実用化されていますが、それと同じような手法ですね。それによって、自動的に、高精度で細胞の要不要が判別できるようになりました。

    須丸松本さんのお声がけでこうしてご協力いただいた異分野の専門家の方々は、本当に素晴らしい方ばかりで、実現された優れた要素技術には目を見張りました。また、片岡製作所さんは、専業メーカーレベルの技術を、すぐに装置に実装してしまうのです。松本さんの人に対する目利きの力や片岡製作所さんの技術力の高さ、スピード感に、精鋭の技術者集団の迫力を感じながら、私も緊張感をもって取り組むことができました。

    松本実用化にあたっては大小さまざまな課題が出てきましたが、それらすべてに対して須丸さんは真摯に向き合ってくださいました。だから私たちは、新しい技術をいかに装置に反映させるかということに全力で取り組んだのです。

     今回の装置の開発にあたっては、当社の既存技術をそっくり生かせるところもありましたが、それ以上に新たな技術開発がいくつも必要でした。例えば、当社はこれまで液体を扱ったことはなかったので、培養液中の細胞にレーザー加工技術を適用するための技術を開発する必要がありました。また、除去用レーザーを高速にスキャンし、不要細胞の位置でのみレーザーの出力などを瞬時に切り替える機能がなくてはなりません。これまでもこの切り替えが可能な装置はありましたが、今回求められる高速かつ精密なレベルを実現するためには、ハード、ソフトともに新たな開発を行わなくてはなりませんでした。

     そういったさまざまな新しい要素技術を一つにまとめたのがこの装置です。この開発を通じて幅広い技術を培えたことは、メーカーとして大きな財産になると思っています。

    「再生医療に貢献する」共通の思いが開発のモチベーションになった

    ——実用化できたポイントはどんなことでしょう。また、これからの展望もお聞かせください。

    松本4年間に及ぶ開発を継続できた大きな要因は、須丸さんの「この研究を世に出して、社会に貢献したい」という思いと、当社の「事業としてこれを成功させたい、そして企業として社会貢献をしたい」という思いの方向性がぴったり合ったからだと思います。そこが食い違っていたら、おそらくこの製品を完成させることはできなかったでしょう。

     また、今回は両者の技術マッチングがうまくいったわけですが、そもそも出会いがなければマッチングの機会も生まれません。出会いの機会に恵まれたこと、それから組織対組織、人対人の関係性を構築できたことによって、成果を出せたと思っています。

    須丸開発中には、iPS細胞が培養できない、細胞にダメージを与える操作をしても期待通りの反応を示さないなど、想定外のことがいくつも起こり、何度も冷や汗をかきました。そのようなときに役立ったのが、これまでの研究で蓄積してきた細かいノウハウでした。それらのノウハウを総動員することで、なんとか実用化することができました。

     また、幅広い分野の技術がある産総研だからこそ、さまざまな問題に対応しやすいメリットがあります。特に今回は機械やAIなど、自分の未知の分野の技術も扱ったので私もとても勉強になりましたし、産総研の幅広さを大切にしていかなければと実感することもできました。

    松本ライフサイエンスの技術リソースは当社になかったので、産総研にいろいろと教えていただきながらの開発となりました。特に大きかったのは、将来どのような方向性で進んでいくか、それにあたっての課題は何かを教えていただけたことです。将来を見据えたストーリーをつかめたことは、新しい分野にチャレンジする支えとなり、また、世の中にない新しい装置を開発していく上で大きなモチベーションになりました。

    須丸培養細胞種の判別や純化、細胞単層の切断や均一・細分化などを高速かつ自動で行えるこの装置は、2018年に完成しました。これからの産業的なニーズがどうなるかはしばらく見守るしかありませんが、この装置の完成により、市場を刺激し、ニーズを顕在化できるのではとも思っています。

    松本現在、社会的にはiPS細胞由来の心筋細胞や神経細胞を用いた治験がスタートしたところで、製薬メーカーや再生医療関連者など、大量に細胞処理するニーズのある方々は、この装置に高い関心を寄せてくださっています。この装置が「再生医療に貢献する」という私たちの最終目標を実現できるよう、これからも研究開発を続けて精度や安全性を高めていきます。

    須丸今回開発した強力なレーザービームを高速に照射する技術は、バイオテクノロジーや材料以外の分野にも応用できる汎用性の高い技術でもあります。私たちは他にも光に応答してさまざまな特性を示す光応答性材料を開発しており、私はこの装置が、これらを含む数多くの光応答材料をオンデマンドに操作できるプラットフォームになるのではないかと考えています。例えば、パターニングや表面処理などのものづくりに展開することも考えられます。

     「技術を社会に」が産総研のミッションです。ですから、産総研が生み出すのは、明日すぐ製品になる技術ではなく、かといって100年先に必要になるかもしれないものでもなく、10年ぐらい後を見据えた技術であることが必要です。企業は見通しが確かでない技術の開発には手を出しづらいところがあるので、そこは産総研の守備範囲なのではないかと思っています。

     産総研はそのような技術シーズを日々開発して蓄積している研究者・技術者の集団です。「こんなことをしてみたい」という発想がある企業にとって、必ず役立つシーズが産総研にはあると信じています。ニーズを投げかけていただければ対応させていただきますので、ぜひ声をおかけください。

    生命工学領域
    創薬基盤研究部門
    医薬品アッセイデバイス
    研究グループ
    上級主任研究員

    須丸 公雄

    Sumaru Kimio

    須丸 公雄 上級主任研究員の写真

    株式会社 片岡製作所
    研究開発本部
    ライフサイエンス研究所
    主席研究員

    松本 潤一

    Matsumoto Junichi

    松本 潤一 主席研究員の写真

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      (*を@に変更して送信してください)
    株式会社片岡製作所

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