アスリートの挑戦を技術でサポート
アスリートの挑戦を技術でサポート

2017/01/31
アスリートの挑戦を技術でサポート 企業とともに開発した、リオパラリンピック銀メダリストのスポーツ義足用アダプター
❶ 相談内容を的確に把握し、産総研全体から、最適な技術を紹介。
❷ 計測・解析からものづくりまで、さまざまな研究領域で支援。
❸ 企業とともに議論を重ね、試行錯誤で選手の要望に応える。
2016年夏、リオデジャネイロで開催されたパラリンピック。義足や車椅子などで自らの可能性に挑戦し続けるアスリートの姿は、多くの人を魅了し、勇気づけた。陸上競技で銀と銅、2つのメダルを獲得した山本篤選手も大きな注目を集めた一人だ。実は山本選手が使用した競技用義足には、埼玉県のプレス加工メーカー・株式会社名取製作所と産総研が共同で開発した部品が使われている。山本選手の挑戦を支えた道具は、どのような経緯で開発されたのだろうか。
県への技術相談が産総研につながった
――2016年のリオパラリンピックでは、山本選手が走り幅跳びで銀メダル、400 mリレーで銅メダルを獲得されました。おめでとうございました。
山本選手がリオで使用された義足のアダプター(接続金具)は、名取製作所と産総研との連携により開発されたそうですが、研究はどのように進められたのでしょうか。
名取当社は埼玉県で金型の設計製作やプレス加工を行っている会社です。2011年ころ、障害者スポーツを伝えるTV番組を見て、うちの技術が生かせないかと思ったのがきっかけで、義肢のパーツ製作にも取り組んできました。山本選手からご依頼を受けてアダプターをつくりましたが、山本選手は走り幅跳びで踏み切るときのパワーがとても強く、通常のつくり方では壊れてしまったのです。いろいろ試みたのですが、自分たちの技術だけではブレークスルーできないと考え、2014年夏に埼玉県よろず支援拠点に相談したところ、産総研につないでくれたのです。するとすぐに、産総研の花田さん(当時、臨海副都心産学官連携センター副センター長)から連絡があり、話を聞きたいと埼玉まで来てくださった。産総研には敷居が高いイメージがありましたが、その素早さとフットワークの軽さに驚きました(笑)。
保原私は、義足をつけたアスリートの運動計測に関する研究をしています。名取製作所の話を聞いた花田から、まず私に連絡がありました。スポーツ義足というとブレード(板バネ)に目が行きがちですが、名取製作所の手がけているのは、ブレードと膝継手を接続するアダプターの開発だと聞き、ニッチなところに目をつける面白いマインドの企業だなと興味をもちました。
山本そのときの義足は、使い始めてから5試合目でヒビが入ってしまったんです。スポーツ用義足は1足約50万円しますし、いつ壊れるかわからないものを使い続けるのも怖いので、義足の位置を適切な角度に調整できる、義足を壊さないアダプターをつくってほしいと、名取製作所にお願いしました。
名取同時に、とにかく軽くしてほしいという要望もありました。軽くするためには、アダプターの肉を削らなくてはなりませんが、削れば当然壊れやすくなります。だから、削る部分の見極めがとても重要になりますが、これはアダプターのどの部分にどのくらいの力が加わるのかがわからなければできません。どうしたらよいのだろうかと困っていたときに、産総研と出会うことができたのです。
保原まず、私が山本選手の動作を計測・解析しました。走り幅跳びのパフォーマンスには速い助走と、踏み切りの時に地面を強く蹴ることが重要です。山本選手の場合、義足で地面を蹴る力は平均的な日本人の義足アスリートの約1.5倍で、義足を曲げる力にいたっては約2倍という、非常に高い数値が出ました。ブレードやアダプターには、それらの力に耐える強度が必要だということです。
岡根そこからは私たち製造技術研究部門が引き継ぎ、2015年秋、実際に金具にどのような力がかかるかを調べる実験を始めました。2016年4月からは設計手法の提案など、ものづくりの部分でもお手伝いをするようになりました。どの部分をどこまで削れるか、名取製作所と何度も議論を重ねながら設計を進めました。
強度と軽量化の二兎を追った試行錯誤の日々
――具体的には、どのような開発を行ったのでしょうか。
本山アダプターの素材は超々ジュラルミンでしたが、この素材は一定以上の力がかかると、あまり変形しないうちに突然壊れてしまう脆さ(脆性)があります。義足は直接身に着けるものなので、割れると選手がケガをする危険性もあります。そこで、まずは形状より先に素材を変えることにして、軽くて粘りがあり、強度も高いチタンにしようと考えました。
名取チタンは加工が難しい金属ですが、当社はこの加工が得意です。素材をチタン合金に変更したことで、壊れにくいアダプターにできただけではなく、重量をそれまでの半分の約150 gにすることもできました。
山本軽さは装着してすぐ実感できました。それまでの義足は、脚を振り出したときに重さで脚がもっていかれる感じがありましたが、軽くなったことでそれがなくなり、自分の力で義足をコントロールしやすくなりました。
岡根2016年7月の関東パラ陸上競技選手権大会では、さらに軽さを追求した義足が試合中に壊れるトラブルがあり、慌てましたね。
山本それは僕が無茶を言ったからですね。強度を度外視しても、できるところまで軽くしてほしいとお願いしたんです。一段階ずつ試作して計測していくには時間が足りなかったので、ぶっつけ本番で使ったら、ネジが飛んでしまったのです。
名取山本選手が倒れた瞬間は何が起きたかわからず、サーッと血の気が引きました。山本選手にケガがなかったのと、義足のアダプターそのものが破損したわけではなかったのは幸いでした。それでアダプターの形状を再度見直しました。リオパラリンピックまで2カ月と迫っていて、ぎりぎりの日程でした。
本山試合後のアダプターを確認しましたが、変形はしていたものの破断はしていませんでした。チタンに変えてよかったと思いましたね。
名取破損の状況を調べて、ボルトも、アダプターの形状も、ブレードへの取り付け方法も少し変えました。重量については山本選手のフィーリングも考え、最もよい記録が出たときの重量に合わせました。
今度こそ壊れない!自信と不安が、ないまぜだったリオパラリンピック
――リオパラリンピックを振り返っていかがでしたか。
山本2016年に入って調子が上がっていて、5月の日本パラ陸上選手権大会では走り幅跳びで6 m56 cmの世界記録を出すことができました。アダプターが軽くなり、助走を速くできたことは、その大きな要因の一つだったと思います。走り幅跳びでは助走速度が高いとよい記録が出るからです。そのときは体調が万全ではなかったのに世界記録が出たので、万全な体調で臨めば、リオではもっとよい記録が出ると感じていましたし、実際リオでは、6 m62 cmという自己ベストタイで銀メダルという成果に結びつきました。
メダルをとれてよかったと思う半面、金メダルでなかった悔しさもあったのですが、競技を終えて帰ってきたら、携帯電話に300件もメールが来ていたんです。その反響の大きさに、メダルをとることの意味を実感しました。
名取私はテレビで競技を見ていましたが、これまでの開発の思い出とともに、「ぜひ金メダルをとりたい」と話していた山本選手を支えているんだと実感してとても緊張しました。声を出し、熱くなって一生懸命応援しました。
岡根あれだけ議論し、検証してつくったので今回は壊れないだろうという自信はありましたが、競技中はハラハラし通しでした。山本選手には安心して気持ちよく飛んでもらえればという思いで見ていました。
本山実は、私は競技を生で見ていないんです。シミュレーションや実験を重ねてはいても、壊れないかと心配で見ることができませんでした。結果としては金具も壊れず、山本選手も好記録を出して、本当によかったです。
アダプターの変遷
使いやすい道具をつくり障害者スポーツの活性化を
――今回開発された義足をどう評価していますか。今後の課題についてもお聞かせください。
山本この義足になってから確実に記録は伸び、現状には満足しています。しかし、さらに軽量化できるのではないでしょうか。また、リオでの結果を踏まえ、膝から下の微妙な角度調節ができるようになれば、踏み切る動きのロスが減るので、もっと記録を伸ばせるのではないかと考えています。今後はそのような角度調節ができるようにしていただければ…。なかなか難しいとは思いますが。
名取大丈夫です!山本さんのためなら頑張ろうと思っています。それに高い課題に挑戦することで、当社の技術力も伸びますから。
保原今回は名取製作所の情熱と山本選手のパフォーマンスがかみ合い、とてもよい成果につながりました。ものづくりではモノに意識を集中させがちですが、使うのは人間だということを忘れてはならないと思います。山本選手のパフォーマンスを見ていると「競技は人がするものだ」と改めて強く思います。道具はそれを支えるものであり、技術はその道具をいかによくつくるかの部分で役立つものなのです。人間のことをきちんと調べ、人間中心すぎるでもなく、モノ中心すぎるでもなく、両者のバランスをとっていくことが障害者スポーツを向上させていくと考えています。道具を使いやすく、価格面やレンタルシステムの整備を含めて手に入れやすくすることで、障害者スポーツを活性化していきたいと考えています。
山本私も最初は義足を借りて陸上を始めました。しかし、障害者スポーツ人口の少ない地域では、やりたくてもどこで道具が借りられるのか、どうしたら義足をつくれるのかなど、情報が行き渡っていない状況です。トップアスリートは高額の義足を買うことができるかもしれませんが、競技を始めるには、簡単に手に入る道具が必要です。最近、脚を切断した人に会う機会が多いのですが、落ち込んでいる方は少なく、「自分も陸上競技をしたいのですが、どうしたらいいですか?」と聞かれたりします。日本の技術を使って、誰でも気軽にスポーツを始められる道具を作っていただけたらと思います。
名取トップアスリートの活躍を見て、自分でもスポーツを始めたいと思った人もいると思います。今回の産総研との協力のように、多方面での連携を進め、障害のある方にも広くスポーツを楽しんでもらう手助けをしていきたいです。
――今回の産総研との連携を、どう評価していますか。
名取100点満点に近かったと評価しています。設計プロセスでご協力いただいただけではなく、「ものづくり・商業・サービス革新補助金」を利用して、産総研が設計時に使っている解析ソフトと同じものを社内に導入し、当社単独で設計・製造プロセスを展開していけるかたちをつくることもできました。
本山そのような技術の橋渡しができたことも、今回の連携の一つの成果ですね。
保原今回は、名取製作所が埼玉県よろず支援拠点に相談したことから産総研との連携につながりましたが、同じように技術的な課題で困っている企業はたくさんあるはずで、私たちも世の中のニーズを自ら拾いに行く必要があると実感しました。また、私自身にしても、自分の研究が金型の会社とつながるとは考えてもいませんでした。企業の要望を十分理解して適切な研究者につないでいくコーディネータの役割は大きいですし、研究者自身も門戸を広げておく必要がありますね。
岡根私たちもぜひもう一度、世界記録を出すお手伝いをしたいですし、日本選手の競争力の向上につなげていきたいと考えています。
名取当社も、ものづくりの技術を通して、今後も社会に貢献していきます。
スズキ浜松アスリートクラブ
山本 篤
Yamamoto Atsushi
株式会社名取製作所
代表取締役社長
名取 秀幸
Natori Hideyuki
製造技術研究部門
デジタル成形プロセス研究グループ
研究グループ長
岡根 利光
Okane Toshimitsu
製造技術研究部門
デジタル成形プロセス研究グループ
研究員
本山 雄一
Motoyama Yuichi
人間情報研究部門
デジタルヒューマン研究グループ
研究員
保原 浩明
Hobara Hiroaki
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産総研
エレクトロニクス・製造領域
製造技術研究部門
産総研
情報・人間工学領域
人間情報研究部門
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株式会社名取製作所