国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地圏資源環境研究部門 片山 泰樹 上級主任研究員ら、生物プロセス研究部門 玉木 秀幸 副研究部門長らは、国立研究開発法人 海洋研究開発機構 延 優 主任研究員ら、および日本電子株式会社と共同で、国内天然ガス田の地下深部に由来する堆積物と地層水から新規なバクテリア(IA91株と命名)の培養に成功し、エネルギー源の乏しい極限環境下で生き抜く巧妙な省エネ生存戦略を明らかにしました。
IA91株は、世界中の海洋や酸素のない環境に広く生息する”Marine Group A”と呼ばれるグループに属します。われわれは、約4年の歳月を費やして培養に取り組み、世界で初めてこのグループのバクテリアの純粋分離に成功しました。IA91株は、細胞の生存に直結する重要な細胞構成成分である細胞壁の合成を他のバクテリアに委ねることで、細胞の構築に必要なエネルギーを大幅に削減する生態を持つことを突き止めました。さらに、この新たなエネルギー節約術がMarine Group Aの共通の祖先にも備わっていたと推定され、エネルギー源の乏しい無酸素環境での生存に有効な性質であることが示唆されました。本成果は、分類階級「種」を大きく越えた「門」のレベルで新規なバクテリアの培養に成功したことで、深部地下のような極限環境で微生物がいかに生命を維持しているか、という根源的な問いの一端を明らかにしたものです。
なお、この研究の詳細は、2024年6月3日に「Nature Microbiology」に掲載されました。
微生物は肉眼で観察できないため、その性質を知るには実験室で培養し増殖させて調べる必要があります。ところが、地球上のさまざまな環境に生息する大多数の微生物は人工的に培養できていません。未知・未培養・未利用の微生物を培養し、性質を明らかにすることで、地球の営みを支える環境微生物の活動を理解し、地球環境の保全や地球資源の安全で効率的な利用のための重要な知見が得られます。例えば、地下環境での微生物活動に関する理解は、天然ガス資源の利用や新たな微生物資源の開拓につながると期待されます。
地下の堆積物環境では、微生物によって有機物がメタンへと変換され天然ガスとして埋蔵されています。天然ガス田や油田における微生物の活動を解明するため、産総研の地質調査総合センターと生命工学領域が協力して研究を進めています。地表の環境に比べ、微生物活動に必要なエネルギー源が極度に不足する地下環境で微生物がどのように活動しているのかという科学的問いに対し、われわれは極限環境では微生物同士の相互作用が鍵になると考え、天然ガス田の堆積物と地層水を採取・利用し、未知の地下バクテリアの培養に取り組みました。
なお、本研究の一部は、文部科学省 科学研究費補助金の支援を受けて実施しました。
今回、微生物同士の相互作用を活用した戦略的な培養手法により、国内の天然ガス田に由来する地下堆積物と地層水から新門バクテリアIA91株の培養に成功しました。IA91株の完全なゲノム配列の解析により、このバクテリアがMarine Group A(別名、SAR406、Ca. Marinimicrobia)と呼ばれる未培養のグループ(分類階級の「門」に相当)に属することが判明しました。産総研が新たな門を代表する基準株となるバクテリアを世界で初めて培養するのはこれで4例目となります(1〜3例目:2003年11月10日産総研プレス発表、2011年6月1日産総研プレス発表、2020年12月14日産総研プレス発表)。Marine Group Aは、1993年に遺伝子情報解析にてその存在が確認され、世界中の海洋や酸素のない環境(地下や堆積物環境)に広く生息することが知られています。しかし、このグループのバクテリアを実験室で培養した例はなく、遺伝子の発見から今回の培養株の獲得に至る約30年もの間、その生物学的特性は解明されていませんでした。
IA91株は、無酸素環境下で酵母エキスを利用して、発酵によりエネルギーを得て生きるバクテリアです。この株が増殖するためには、酵母エキスだけでは十分ではなく、他のバクテリアの培養液を必要とします。このようなIA91株の増殖メカニズムを解明する手がかりは細胞の形状にありました。良好に増殖しているIA91株の細胞は棒状(桿状)の形をしていますが、他のバクテリアの培養液がないと、ふぞろいでいびつな球状に変形してしまい、増殖しなくなってしまいます(概要図の顕微鏡写真)。細胞の形状を決めるのは細胞壁と呼ばれる成分です。バクテリアは細胞壁がなくなると、膨圧によって細胞が球状になることが知られています。このことから、IA91株は細胞壁を自身で合成できず、他のバクテリアの培養液に含まれる細胞壁成分を取り込むことで桿状の細胞を形作り、増殖していると考えられます。実際、細胞壁を染色してみると、桿状の細胞は細胞壁が検出されたのに対し、球状の細胞は検出されませんでした(図1)。さらに、IA91株のゲノム配列を調べてみると、細胞壁を構成する糖とアミノ酸の合成に必要な遺伝子が欠けていることが判明しました。そこで、培養実験により、細胞壁を構成する要素を糖・アミノ酸にまで分解したものを与えましたが、IA91株は球状に変形し増殖しませんでした。IA91株が唯一桿状となって増殖を示したのは、細胞壁の断片であるムロペプチド(MP)と呼ばれる物質でした。また、その際、MPがどのような種のバクテリアに由来するかは関係がないこともわかりました。一般的に、バクテリアは細胞壁の合成と分解を繰り返しながら増殖します。この時、細胞壁をMPまで分解し、それを再び細胞内に取り込んで細胞壁合成へとリサイクルすることが知られています。IA91株は、他のバクテリアがリサイクルするはずのMPを拝借して、自身の細胞壁の合成に利用していたのです(概要図)。
図1 IA91株の細胞形状と内部構造を示す蛍光染色写真(上)とクライオ電子顕微鏡写真(下)
細胞壁を染色すると桿状細胞は染まるが球状細胞は全く染まらないことから、細胞壁の有無で形態が変化していると示唆される(上)。
電界放出形クライオ電子顕微鏡(CRYO ARM
TM 300 II)を用いて、世界最高レベルの分解能で自然状態に近い細胞の細胞壁を直接観察してみると、桿状細胞の外膜(OM)と内膜(IM)の間に存在するはずの細胞壁の層は認められないことから(下)、IA91株は非常に厚さの薄い細胞壁を有していると推察される。
増殖中のバクテリアが近くに存在しない場合、細胞壁のないIA91株の球状の細胞は膨圧に耐えられず、細胞が膨張し、ついには死んでしまいます。このような致死性のリスクと引き換えに得たものは何でしょうか。ゲノム配列情報から推定された細胞壁合成の化学反応経路に基づくと、細胞壁を自分で一から合成するよりも他のバクテリアから得たMPを取り込んで利用した方が、合成に必要なエネルギーを7割も削減できると算出されました。さらに、IA91株は取り込んだMPを細胞壁以外の細胞成分(例えば、細胞膜を構成する脂肪酸)やエネルギー源としても活用するだけでなく、その過程で産出する副産物(乳酸)をも無駄なく利用していることが明らかになりました。
酸素呼吸に比べると、無酸素下(嫌気的な環境下)での発酵は、ごくわずかにしかエネルギーを獲得できない代謝様式です。地下圏のようなエネルギー源も乏しく酸素も利用できない環境に生息するバクテリア(つまりIA91株)にとって、上記のエネルギー節約術は、実環境下での生存に非常に有効であると考えられます。大規模ゲノム情報に基づいて進化系統的な解析を進めると、IA91株の持つMP拝借戦略は、この菌が属するMarine Group Aの共通祖先も有していた性質である可能性が示唆されます。Marine Group Aの進化の過程で、無酸素かつエネルギー源に乏しい環境に生息するグループは細胞壁の合成を他のバクテリアに依存してきた一方で、酸素呼吸能を獲得して有酸素環境に生息域を広げたグループは自身で細胞壁を合成する道を歩んできたと推察されます(図2)。
図2 Marine Group Aの進化と細胞壁合成・エネルギー代謝の関係
Marine Group Aの共通祖先から派生した5つのグループのうち、IA91株のグループ(ピンク色)と他の2つのグループ(オレンジ色・緑色)のほとんどは細胞壁を合成できない。また、これら3つのグループはいずれも無酸素環境に生息し、嫌気的に(酸素を使わずに)エネルギーを獲得する。一方、黄色と水色のグループは酸素呼吸ができ、十分なエネルギーを得て自身で細胞壁を合成する。細胞壁合成に関与する遺伝子などの解析に基づくと、共通祖先(青色)は嫌気エネルギー代謝を有し、細胞壁も合成できなかったと推定された。IA91株以外は、環境から直接得られた未培養微生物に由来するゲノム配列情報を用いて解析を行った。
今回、地下圏に生息する新門バクテリアIA91株の培養に成功したことで明らかとなった事実は、地下圏などのエネルギー源が極度に乏しい過酷な環境でさえ、微生物は巧妙かつ大胆な省エネ戦略で生命を維持し生き抜いている、という知られざる姿です。同時に、この発見は地下の天然ガス資源の形成に及ぼす微生物活動の理解につながります。さらに、今回得られた知見をもとに、他のバクテリアが放出する細胞成分を活用した未知微生物の培養化手法を確立することで、環境中の未知・未利用・未活用微生物資源の開拓にも大きく貢献することが期待されます。
掲載誌:Nature Microbiology
論文タイトル:A Marine Group A isolate relies on other growing bacteria for cell wall formation
著者:Taiki Katayama, Masaru K. Nobu, Hiroyuki Imachi, Naoki Hosogi, Xian-Ying Meng, Kana Morinaga, Hideyoshi Yoshioka, Hiroshi A. Takahashi, Yoichi Kamagata, Hideyuki Tamaki
DOI: 10.1038/s41564-024-01717-7