独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門【研究部門長 鎌形 洋一】生物資源情報基盤研究グループ 玉木 秀幸 研究員、鎌形 洋一 研究グループ長らは、国立大学法人 山梨大学【学長 前田 秀一郎】(以下「山梨大」という)工学部 土木環境工学科 田中 靖浩 助教、森 一博 准教授らと共同で、水生植物であるヨシの根圏環境に生息する系統学的に極めてユニークな細菌を発見し、その分離培養に成功した。系統分類学的な解析を詳細に行った結果、この細菌は、「門」レベルで新しく発見されたものであることが判明した。解析に基づき、新しい門としてアルマティモナデテス(Armatimonadetes)の学名を提案し、細菌の命名を統括する国際機関(International Committee on Systematic of Prokaryotes:ICSP)により正式に認定された。
この新しい門は細菌ドメインの中で28番目となる門である。これらの門のうち、実に23門は新たな細菌の発見・分離培養によって認定されたものではなく、2001年までに既に複数の細菌の純粋分離株が存在しており、系統分類学的な枠組みの再整理・再編成が行われる中で、改めて正式に門として認定されたものである。今回の研究のように、未知の細菌の純粋分離を経て新しい門の提案・認定に至るケースは非常に珍しい。
この成果の詳細は、英国の科学誌「International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology (IJSEM)」6月号に掲載される。
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図1 新しい「門」に属する細菌Armatimonas roseaの光学顕微鏡写真(左)と電子顕微鏡写真(右)。IJSEM誌より。
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微生物は、酒、味噌、醤油、チーズ、ヨーグルトなどの発酵食品に代表されるように、古来よりさまざまな恩恵を人類にもたらしてきた。また、抗生物質をはじめとする各種医薬品や農薬、洗剤用酵素なども多様な微生物資源から発見されてきた。ところが、最近になって、このような有用物質を生み出す微生物は、地球環境中に存在している微生物のほんの一握りの中から見いだされてきたことが明らかになってきた。
近年の遺伝子レベルでの解析により、地下深くや海中、大気圏に至るまでの地球環境中には膨大かつ多様な微生物が生息しており、その99 %がいまだに分離培養されたことのない未知の微生物であることがわかっている。これらの未知・未培養微生物の多くは、従来の手法では培養の困難な「難培養性微生物」であると考えられる。実際に、通常の培養方法で土壌や河川の試料を接種し培養してみても、それらの環境で数多く生息しているはずの微生物は一向に生育しない。このような未知の難培養性微生物は未利用の生物資源であり、これを開拓できれば、医薬品、食品、酵素などのバイオ製品開発のシーズとなり、バイオ産業の発展に大きく貢献するものと期待されている。
また、地球環境中から未知の微生物を分離培養し、その新しい生物機能を解明することは博物学的、生物学的に重要なだけでなく、地球環境の保全・修復を支えている微生物の未知の機能を解明するという観点からも、グローバルに重要な共通基盤的研究課題となってきている。
産総研では、10年以上にわたって、未知・未培養微生物資源の開拓技術の開発を進めてきた。その間、さまざまな環境中から多様な未知微生物の分離培養に成功し、これまでに所内外との共同研究を含めて、新門1門(今回の発見を含まない)、新綱3綱、新目4目、新科6科、新属23属、新種41種について学名提案を行い、正式に認定されてきた。
一方、山梨大 工学部 土木環境工学科では、長年にわたって、ウキクサやヨシなどの水生植物の持つ環境浄化作用に着目し、その浄化メカニズムの解明とともに、実際の水圏環境において水生植物を活用した水質浄化システムの開発を進めている。特に、水生植物の根圏に生息する微生物が環境浄化に寄与することは判明しているが、実際にどのような微生物が水生植物根圏に生息しているかは不明であった。
そこで、産総研と山梨大は、水生植物の根圏に生息する微生物の多様性と機能の解明を目的に、共同で研究に取り組んでおり、今回の成果はその研究過程で得られたものである。
湖沼や河川などの水圏環境には、ウキクサ、ミソハギ、ヨシ、マコモ、キショウブ、シュロガヤツリなどの多様な水生植物が生息しており、水圏環境の保全に大きな役割を果たしている。特に、それらの根圏環境には環境汚染物質を効率よく分解、除去できる微生物の存在が知られている。しかし、水生植物の根圏微生物の多様性に関する研究は非常に少なく、どのような微生物が存在するかという基本的なことすら明らかになっていない。そこで、水生植物の根圏微生物について遺伝子レベルでの解析を行った結果、ウキクサ、ミソハギ、ヨシの根圏には非常に多様な未知の微生物が存在することがわかった。われわれは、これまで培ってきた技術・知識・経験を基に、水生植物根圏の未知微生物を網羅的に探索し、ヨシ(Phragmites australis)の根圏環境から「門」レベルで新しい細菌YO-36株の純粋分離に成功した(図2)。
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図2 新しい門に分類される細菌Armatimonas roseaは、ヨシの根圏環境から分離された。 |
細菌(バクテリアドメイン)の分類階級は上位から、門(phylum)、綱(class)、目(family)、科(order)、属(genus)、種(species)に分けられており、「門」は細菌では実質的に最も上位の分類階級にあたる。つまり、新しい門に属するということは系統学的にみて極めて新規性の高い細菌であるということを示している。実際に、16S rRNA遺伝子という分子系統マーカー遺伝子の配列を分子系統学的に解析したところ、この細菌の16S rRNA遺伝子配列は、既存のどの細菌種ともかけ離れており、OP10候補門(Candidate phylum OP10)と呼ばれる遺伝子情報から推定されていた候補門に属することが判明した(図3)。
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図3 細菌(バクテリアドメイン)におけるOP10候補門の分子系統学的位置 |
これまでOP10候補門は、遺伝子レベルではその存在が推定されてはいたものの、実際に分離培養されて学名が記載されている細菌種がなく、機能の不明な系統群であった。OP10候補門は、これまではこの門に属する細菌に由来すると考えられる遺伝子が、世界中の多種多様な環境(土壌、河川、湖沼、海洋、底泥、植物根圏、温泉、腸内環境、堆肥、廃水処理場など)から検出されていることもあって、世界的にも非常に有名な候補門の1つである。世界中の研究者が、この候補門の未知機能に高い関心を寄せており、OP10候補門に属する細菌の純粋分離はその未知機能を解明する上で大きなブレークスルーの1つとなると考えられていた。
今回発見した細菌YO-36株は、細胞サイズが幅1.6 µm、長さ2.8 µm程度の卵型あるいは桿状の細菌で(図1)、系統分類学的な解析の結果から、酸素呼吸により生育する化学合成従属栄養細菌であることが明らかとなった。この細菌は、非常に限られた有機物しか利用できず、ペクチン、ジェランガム、キサンタンガムといった高分子有機物を好んで利用する。特に、寒天培地上で培養すると非常に堅いプラスチックのようなコロニーを形成する特徴があり、新しい門の命名もラテン語で「鎧のように堅い」を意味する「armatus」に由来する。そのほか、多岐にわたる形態学的、生理・生化学的、分子系統学的解析を行い、OP10候補門に正式な学名「アルマティモナデテス (Armatimonadetes phyl. nov.)」を命名提案するとともに、細菌YO-36株を、新しい門アルマティモナデテスを代表する標準細菌株として、新属新種「アルマティモナス ロゼア (Armatimonas rosea gen. nov., sp. nov.)」 の提案を行い、このほどInternational Journal of Systematic and Evolutionary Microbiologyに受理、掲載されることとなった(図4)。これは、細菌を含む原核生物の系統分類命名を統括する国際委員会(International Committee on Systematic of Prokaryotes:ICSP)により、正式に認定されたことを意味している。
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図4 新しい門Armatimonadetesとその門の標準細菌Armatimonas roseaの 細菌(バクテリアドメイン)内における分子系統学的位置。IJSEM誌より。 本分子系統樹は、16S rRNA遺伝子配列情報に基づいて作製された。
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これまでOP10候補門に属する微生物は「難培養性微生物」であろうと予想されていたが、少なくとも今回発見した細菌YO-36株に限っていえば「難培養性微生物」ではなかった。大腸菌や枯草菌のような培養の容易な細菌と比べれば、生育も遅く、扱いも難しい細菌ではあるが、「難培養性」ではなく、薄い栄養濃度の寒天培地で少し通常よりも時間をかけて培養すれば容易に生育する。今回、これまで全く培養されていなかったOP10候補門に属する細菌の分離培養に成功したのは、偶然、創意工夫、経験に加えて、細菌の分離源として水生植物の根圏に着目したことが大きな要因であったと考えている。水生植物に限らず、根圏環境では、植物の根から供給されるさまざまな物質によって微生物が活性化されることが知られているが、細菌YO-36株も、根圏環境で活性化されていたために、培養ができたのではないかと推測している。土壌や河川の水試料などを細菌の分離源として培養しても、その環境では数多く生息することがわかっている細菌はほとんど分離培養できないが、今回の研究では、水生植物根圏に数多く生息しているような細菌を高頻度に培養できており、上記の仮説を支持するものと考えている。
今回の発見は、これまで推定上の分類群であったOP10候補門に属する細菌を分離培養し、学名記載種として初めて提案し、さらにこの候補門に正式な学名を提案し認定されたという点で非常に重要なだけではなく、この新しい門に対し形態学的、生理、生化学的な知見を与えたという点でも重要な成果である。本研究のように、未知細菌の純粋分離を経て新しい門の提案に至るケースは非常に珍しく、本研究のほかは世界でも4例しかない。OP10候補門のような推定上の候補門は、細菌ドメインだけでも100以上にのぼるといわれているが、これまでは、これらの候補門に属する純粋分離株は得られておらず、その機能も不明なままである。
現在、独立行政法人 製品評価技術基盤機構、山梨大、公立大学法人 石川県立大学と共同で、細菌YO-36株のゲノム解析を行っている。今後、そこから得られるゲノム情報などを基に新しい門に属する細菌の持つ新しい生物機能を明らかにしたい。また、新しい門アルマティモナデテスは、細菌の中でも比較的古くに分岐した分類群である可能性が示唆されており、微生物の系統・進化を考える上でも非常に重要な発見が期待される。さらに、水生植物根圏におけるアルマティモナデテス門に属する細菌の生態学的役割と環境浄化機能の解明とともに、水生植物とその根圏微生物との生物学的相互作用に関する研究を進めていきたい。