独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)生物機能工学研究部門【部門長 栗山 博】の 花田 智、関口 勇地 研究員らは、廃水処理システム中から系統的に全く新しい細菌の分離に成功した。本新規細菌株は、その新規性に基づき、新属新種としてGemmatimonas aurantiacaと名付けられたが、16S rRNA遺伝子配列による詳細な系統解析から、いずれの既存細菌とも近縁ではなく、「門(phylum)」のレベルで新規な系統群に分類されることが明かとなった。系統学的解析結果に基づき、本菌株を代表とした新門Gemmatimonadetes phy. nov.の提案を国際微生物系統進化雑誌(International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology)上で行い、認定された(平成15年、7月)。本新門は細菌において24番目の門にあたる。なお、細菌系統における、このような新門の提案および認定は日本で初めての事である。
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図1 Gemmatimonas aurantiacaの超薄切片電顕写真(Bar = 0.5µm)
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現在までに六千種類を超える細菌種の存在が認められており、それらは大きく二十数門に系統的に分類されている。このような細菌の系統分類体系は、環境中からの菌株の分離培養とその菌学的性質の分析・比較から得られた結果に基づき作られたものである。近年、環境中の微生物に含まれる16S rRNA遺伝子配列を標的として直接、細菌の多様性を解析する手法が盛んに行われるようになってきた。このような「培養に依存しない環境細菌相多様性解析」により、細菌の多様性は現在知られているものよりも更に大きいことが示唆されており、分類門の数は2倍以上に増えるものと予想されている。このことは、環境中には未だ分離培養に成功していない未知菌株が多数存在しており、且つその系統進化的なバリエーションもまた大きい事を示している。これら示唆を受け、未だ部分的にしか明らかになっていない細菌の多様性の全解明を目的とした、環境中の未知菌株の探索が重要な課題となって来ている。
産総研 生物機能工学研究部門では、16SリボソームRNAを用いた系統解析を中心にした「微生物迅速同定分類システムの構築」と、廃水処理システム中の活性汚泥などの人工環境や、温泉・海底火山・大深度地下環境などの自然極限環境を分離源とした「未知菌株の網羅的探索」を数年に渡り行ってきた。その結果、他研究機関との共同研究を含め、60種類を超える系統的に新規な菌株を分離することに成功し、また構築された「微生物迅速同定分類システム」を用いて、それら分離菌株の菌学的性質を迅速に解明することが出来た。これら系統的に新規な単離株の多くは、生理学的性質が従来のものと異なっているばかりでなく、きわめて新規な機能を有していた。現在までに(約4年半の間に)、これら菌株のうち19菌株を新属新種または新種として提案し受理されている。国内初の「新門」の提案の標準菌株となった Gemmatimonas aurantiacaもこのような研究の中で発見された単離菌株である。
○新単離株の分離培養と独特な系統的位置
細菌株の分離培養では、一般に寒天培地を用いた培養法が使われるが、その際、コロニー出現時期が早期なものを研究対象にしている事が多かった。本新単離株は、従来の方法に比べ長い培養時間(2週間以上)の後に現れてくる増殖速度の遅い(正しくはコロニー出現時期が遅い)ものを選択するという斬新な手法を用いて、廃水処理システム中の活性汚泥より単離されたものである。分離された新単離株は、細胞の直径が0.7µm(1マイクロメートル:100万分の1メートル)、長さは2.5-3.2µm程度の酸素呼吸によって生育する菌株であった【図1】が、16S rRNA遺伝子配列に基づく系統解析から、いかなる既存菌株とも配列相同性が低く、系統的に大きく隔たっていることが明らかとなった。しかし、「培養に依存しない環境微生物相多様性解析」より得られた16S rRNA遺伝子配列(「環境クローン配列」と呼ばれる)を含めた詳細な解析から、本菌株はcandidate division (= candidate phylum) BDに系統的に属する事が明らかとなった【図2】。このcandidate division BDは、環境クローン配列のみから提案された推定上の分類群(門)であり、深海底泥、淡水湖、土壌、活性汚泥等、様々な環境中で検出された101種類から構成されている。
本菌株はこの「推定上の分類群」であるcandidate division BDにおいて初めて単離に成功した菌株であり、系統性の他は菌学的性質が全く明らかになっていない本系統に対し、生理学的・生化学的・形態学的知見を与え得るという点で、極めて意義深いものであると言える。
このような系統分類学的特殊性を受けて、本菌株を完全に新たな分類門(Gemmatimonadetes phy. nov.)を代表する新属新種、Gemmatimonas aurantiaca gen. and sp. nov.として国際微生物系統進化雑誌(International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology)上で提案し、受理された。これは、細菌を含む原核生物全体の系統分類を統括する「原核生物系統学に関する国際委員会(ICSP: International Committee on Systematics of Prokaryotes)」により、本門の提案が認定されたことを示している。細菌系統における、このような新門提案および受理は日本で初めての事である。
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図2 16S rDNA配列に基づいたGemmatimonas aurantiacaの全Bacteria内の類縁関係を示したものである。分岐した枝が近接しているものほど系統的に近縁である。各系統群(門)のボックスが白抜きになっているものは、環境クローンのみで構成された系統(すなわち、分離培養された菌株を含んでいない「推定上の分類門」)を示している。(図をクリックすると拡大図が表示されます)
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本菌株は「培養に依存しない環境微生物相多様性解析」より予見された「推定上の分類群」であるcandidate division BDにおいて、初めて単離に成功した菌株である。本系統は系統性やその分布に関する情報のみしか持たず、菌学的性質が全く明らかになっていなかったものである。しかし、本菌株の単離は、この未知の分類群に生理学的・生化学的・形態学的知見を与えることとなった。環境中には、存在することは分かっているが、その菌学的性質が全く解明されていないといった細菌が未だ多数存在している。それらの生理学的・生化学的・形態学的情報を得るためには、やはり「分離培養」という手法を用い単離菌株を得るということが不可欠である。従来の分離培養法に若干の修正を加えるだけで、新規な微生物を手に入れる可能性が大きく広がることが分かってきた今、新たなる視点での分離培養法の開発を行い、環境中の未知なる微生物を獲得する努力を続けていきたい。また、このような地道な試みにより、未だ部分的にしか明らかになっていない微生物多様性の全解明に結びつけていきたい。