- 新たな数値モデルで、固形廃棄物の微生物発酵によるバイオガス発生量が予測可能に
- 商業プラントの運転データ、特に廃棄物の種類と量に加えて気温を考慮し、高い予測精度を実現
- 廃棄物の種類などが異なる場合でも微生物組成の変化が少ないことを考慮し、予測モデルを開発
乾式メタン発酵施設の微生物組成の安定性と運転データに基づきバイオガス発生量の予測モデルを開発
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)環境創生研究部門 羽部 浩 副研究部門長、環境機能活用研究グループ 佐藤 由也 主任研究員ら、株式会社 富士クリーン(以下「富士クリーン」という)町川 和倫 企画開発部長、金城 寿人 再生エネルギー部長、八代 直久 企画開発部課長代理、香川県産業技術センター (以下「香川産技セ」という)長谷見 健太郎 主任研究員らの研究チームは、国内最大規模の乾式メタン発酵施設(3,000 m3)を用いて、さまざまな廃棄物からのバイオガスの発生に関して、2年間の運転研究を実施しました。運転条件および装置内での微生物組成の変動とバイオガス発生量の関係の解析結果をもとに、廃棄物の種類や投入量の因子に加えて気温を考慮することで、バイオガス発生量を高精度に予測する手法(予測精度R2=0.975)を開発しました。
水分含有率が低い固形廃棄物は湿式メタン発酵では処理しにくいため、乾式メタン発酵が用いられます。乾式メタン発酵は廃水処理を必要としない利点がある一方、期待したバイオガス量が得られないことも多く、熟練者が施設の運転データなどに基づき、投入する各種廃棄物の種類や量、混合比などを経験的に判断しながら運転しているのが現状でした。また、これまで報告のある湿式メタン発酵用のバイオガス発生量予測モデルは、そのまま乾式に適用するのが難しいため、乾式メタン発酵での予測モデルの開発が望まれていました。この問題に取り組むため、産総研では、さまざまな運転条件で装置内の菌叢(きんそう)を解析し、投入する廃棄物の種類を変えた時やバイオガスの発生量が変わった時でも、微生物組成の変動が少ないことを明らかにしました。微生物組成の変化はバイオガス発生量の予測を難しくする不確定要素であるため、各種の微生物量の安定性によりガス発生量の予測の不確実性が減ります。次に、廃棄物投入量などのデータを用いて、統計的手法である重回帰分析によりバイオガス発生量の予測モデルを作成しました。今回開発した予測モデルでは、商業プラントにおいて目的とするエネルギー量を得るために必要な廃棄物投入量などの運転条件を現場で判断できるようになるなど、適切な運転管理や持続可能な事業に貢献します。
なお、この技術の詳細は、2024年5月8日に「Bioresource Technology」誌に掲載されました。
廃棄物の処理では環境負荷を低減する技術の導入はますます重要になっています。現在、可燃性の廃棄物の多くは焼却処理されていますが、有機性廃棄物からはメタン発酵によりバイオガスが得られるため、単に焼却するのではなく乾式メタン発酵と組み合わせてバイオガスと焼却熱を回収するコンバインド方式の開発も注目されています。しかし、乾式メタン発酵装置内での廃棄物分解やバイオガス発生にかかわる微生物種については十分に理解されておらず、バイオガス発生量を正確に予測する手法も確立されていませんでした。
図1 乾式メタン発酵施設 (A)とラボスケール試験機 (B)[提供:富士クリーン]
産総研は、次世代シークエンサーを用いた菌叢解析技術を用い、複合微生物系を用いた廃水処理装置などの各種環境関連バイオリアクターを対象に菌叢を解析し、有害物質除去や資源循環にかかわる微生物を特定してきました(2019年5月13日 産総研プレス発表、2021年3月30日 産総研プレス発表、2021年9月9日 産総研プレス発表)。また、香川産技セでは、機器の運転記録や画像などのデータをもとに、機械学習等による解析を行い、運転の最適化や異常検知など生産性の向上に資する研究を行ってきました。
富士クリーンでは、環境負荷低減を実現する地域に根ざしたバイオマスエネルギーシステム構築の観点から、国内初となる縦型乾式メタン発酵施設を導入し、2018年6月から実証運転を開始しました(「国内初の縦型乾式メタン発酵施設が完成、実証開始へ」NEDOニュースリリース;図1A)。しかしながら、多様な廃棄物を発酵させて目的とするバイオガス量を得るための運転・維持管理は、熟練者の経験に基づいて判断が行われていました。
そこでわれわれは、本乾式メタン発酵施設の各種運転データから、バイオガス発生量の予測モデルを構築することにしました。予測モデルの検証に際して、投入する廃棄物の種類や量が変わることで装置内汚泥の微生物種が大きく変動する場合には、微生物種の変化に関する入力情報も考慮する必要が生じるため、廃棄物の種類や量を変えた運転条件において装置内の菌叢も解析しました。
本開発は香川県の「AI等先端技術活用型研究開発支援事業」(2020~2021年度)による支援を受けています。
われわれは、乾式メタン発酵のラボスケール試験機(図1B)を用いて、紙ごみと一般可燃ごみを投入してバイオガスを発生させ、反応途中や反応終了後の各種汚泥を採取して菌叢解析を行いました。あわせて、実稼働中の乾式メタン発酵施設(図1A)からも不定期に汚泥を採取し、同様に菌叢解析を行いました。これら汚泥サンプルを解析した結果、主に廃棄物分解に関与する細菌群として、いずれもクロストリジウム綱(Clostridia)などに分類される細菌群が優占種となっており、それらの存在量も、投入する廃棄物の種類や反応期間によって大きく変動しないことがわかりました(図2)。またバイオガス発生に関与するメタン菌の種類についても解析を行いました。その結果、今回解析した乾式メタン発酵槽内においては、メタノクレウス(Methanoculleus)に属するほぼ1種類のメタン菌が優占種となっていることが明らかとなりました(図2赤色帯)。廃棄物の分解にかかわる微生物種の解析結果とあわせ、微生物組成の変動がほとんどなかったことから、以降のバイオガス発生量予測モデルの構築においては、微生物に関する入力情報は考慮しないことにしました。
図2 乾式メタン発酵装置内汚泥の微生物解析結果の例
試験機では、各運転日数にて菌叢解析用汚泥の採取と紙ごみの添加を行った。
各種廃棄物の投入量とバイオガス発生量の関係性を可視化したところ、投入量がゼロの日(施設の運休日)もバイオガス発生量はゼロではないことや、投入量が多い日にバイオガス発生量も多いとは限らない、といった特徴が確認されました(図3A)。
そこで、2019年の実施設運転データを用いた重回帰分析により、特定の日(0日前)から6日前までに投入した廃棄物量でバイオガス発生量を予測するモデルを作成しました。その予測モデルが2020年の実際の値をどれだけ正しく予測できたかを、予測精度の各種指標を用いて評価しました。さらに、予測モデルの誤差に季節性があるような傾向が示唆されたため調べたところ、地域の平均気温に対してある程度の相関がみられることがわかりました(図3B)。そこで気温の要素を重回帰分析に取り入れた「気温考慮モデル」を作成したところ、先の予測モデルの評価指標(R2=0.942)よりもさらに予測精度を向上させることができました(R2=0.975)。
図3 廃棄物投入量等のデータの特徴(A)および予測モデル誤差の季節性(B)
図3Aに記載の「液状」廃棄物は、主に高含水率の汚泥。
図3Bに記載の「誤差」は予測値と実測値の差を週ごとに足し合わせた値。気温も週の平均値。
このように本研究では、汚泥中の菌叢が安定であった富士クリーンの乾式メタン発酵施設において、バイオガス発生量を高精度に予測することができました。日々の廃棄物投入量データのみを入力情報とし、一般的な重回帰分析によりバイオガス予測モデルを作成した本研究のシンプルな手法が、他の民間や自治体の管理する乾式メタン発酵施設にも適用できないかと考えています。本手法をベースに、各現場の実情に合ったモデルの調整を行うことで、他施設でも目的のバイオガス量が得られるような運転管理ができれば、今後、乾式メタン発酵の普及につながることが期待されます。
これまで湿式メタン発酵においては、バイオガス発生量の各種予測モデルが報告されてきましたが、乾式メタン発酵に関しては、商業プラントの運転データを用いた予測手法は確立していませんでした。今回開発された予測手法が、国内の乾式メタン発酵施設に広く適用可能か検証するために、産総研では、複数の乾式メタン発酵施設について汚泥の菌叢解析を進めています。また香川産技セでは、今回の予測モデルを応用したシステム開発を進めていきます。
これらの取り組みにより、労働力不足や働き方改革等の背景がある中、非熟練者であっても運転・維持管理が可能となることが期待されます。富士クリーンでは、既に稼働中の実機に予測モデルを適用し、予測されたバイオガスおよびエネルギーの発生量から高効率な施設運営を実現していきます。
掲載誌:Bioresource Technology
論文タイトル:Assessing microbial stability and predicting biogas production in full-scale thermophilic dry methane fermentation of municipal solid waste
著者:Yuya Sato, Kentaro Hasemi, Kazunori Machikawa, Hisato Kinjo, Naohisa Yashiro, Yosuke Iimura, Hiroshi Aoki, Hiroshi Habe
DOI:https://doi.org/10.1016/j.biortech.2024.130766