国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)太陽光発電研究センター【研究センター長 松原 浩司】城内 紗千子 客員研究員、増田 淳 副研究センター長、先進プロセスチーム 松井 卓矢 研究チーム長、化合物薄膜チーム 鯉田 崇 上級主任研究員、柴田 肇 招聘研究員は太陽電池の性能が短期間で大幅に低下する電圧誘起劣化(PID)を、太陽電池セル表面を透明導電膜で被覆するだけで十分に抑止できる技術を開発した。
PIDは高電圧印加により太陽電池モジュールの性能が短期間で大幅に低下する現象で、メガワット級の太陽光発電所で発生している。これまでに、太陽電池モジュールの封止材の抵抗率を高める、太陽電池セルの反射防止膜の組成を変えるなどの対策が報告されているが、PIDの進行が遅れるものの、完全には抑止できず、製造コスト増や初期変換効率低下などの課題もあった。今回開発した技術は、表面に反射防止膜がある従来型の結晶シリコン太陽電池セルを透明導電膜で被覆することにより、反射防止膜にかかる電界を遮蔽する技術で、PIDを十分に抑止でき、発電量低下のリスクを回避できる特長がある。初期変換効率をほとんど低下させず、安価・簡便な手法である点も特長である。また、太陽電池セル表面の電極が断線した場合、一般には断線した箇所のキャリアは収集できないが、今回開発したセルでは、断線箇所のキャリアも透明導電膜を介して収集可能で、発電性能が低下しないという副次的効果もある。さらに、従来用いられてきた安価な太陽電池部材やセル・モジュール製造工程をそのまま用いることができるため、製造コストの上昇を招かず、容易に産業界に技術移転できると期待される。
この成果は、2019年12月17日~18日に、つくば国際会議場(茨城県つくば市)で開催されるAIST 太陽光発電研究成果報告会 2019にて発表される。
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太陽電池モジュールの断面構造図(左)と透明導電膜で被覆してPIDを十分に抑止可能とした結晶シリコン太陽電池セルの拡大図(右) |
持続可能な社会実現のためには、再生可能エネルギーの利用は不可欠であり、中でも太陽光発電に対する期待は大きい。日本をはじめ世界各国で数百メガワット以上の太陽光発電所が数多く建設されている。これらの大規模太陽光発電所では、送電時の電力損失低減のため、システム電圧を高くする傾向にあり、1500 ボルト程度のシステムも普及しつつある。図1に一般的な太陽電池モジュールの断面構造図を示すが、システム電圧が高い太陽光発電所では、高電位側の太陽電池セルと太陽電池モジュールのアルミフレームとの間の電位差が1000 ボルト前後になるため、この大きな電位差によって、PIDが生じることが報告されている。PIDの発生により太陽電池モジュールの性能が数ヶ月から数年の短期間で大幅に低下する。カバーガラスから封止材を経て太陽電池セルの間に大きな電界がかかるため、図1の拡大図に模式的に示すように、カバーガラスに含まれるナトリウムイオンが太陽電池セルに向かって移動し、PIDを引き起こすと言われているが、そのメカニズムは明確になっていない点も多い。
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図1 一般的な結晶シリコン太陽電池モジュールの断面構造図(左)と太陽電池セル部分の拡大図(右)。
太陽電池セル表面には窒化シリコンから成る反射防止膜が積層されている。カバーガラスから太陽電池セル内に移動するナトリウムを模式的に示す。 |
産総研 太陽光発電研究センターでは、2010年頃から先駆的にPIDのメカニズム解明とPID対策技術の開発に取り組んできており、各種学会で高い評価を得るとともに、成果に関しても継続的に発表してきた(2013年5月22日、2014年3月18日、2015年6月22日 産総研プレス発表など)。今回、太陽電池セル表面の反射防止膜にかかる電界がPID発生に重要な役割を果たしているとの知見をもとに、PIDを十分に抑止できる技術の開発に取り組んだ。
なお、今回の開発は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の委託事業「高性能・高信頼性太陽光発電の発電コスト低減技術開発(2015~2019年度)」による支援を受けて行った。
メガワット級の太陽光発電所でのPID発生は、抵抗率の高い封止材や、シリコン組成の大きい窒化シリコン反射防止膜を使用するとある程度抑止されることが、これまで経験的に知られていた。前者の場合は封止材にかかる電界が大きくなり、相対的に反射防止膜にかかる電界が小さくなる。後者の場合は窒化シリコン反射防止膜の導電性が高くなるため、反射防止膜にかかる電界が小さくなると考えられてきた。そこで産総研は、反射防止膜にかかる電界を一層小さくする、さらに反射防止膜に電界がかからなくすれば、PIDを抑止できるのではないかと考えた。通常の結晶シリコン太陽電池セルでは、フィンガー電極が反射防止膜内を貫通してセルのエミッタ層に到達しているので、反射防止膜を透明導電膜で被覆すれば透明導電膜とエミッタ層が同電位になり、両者の間にある反射防止膜は遮蔽され、電界がかからなくなる。つまり、太陽電池セルの反射防止膜を透明導電膜で被覆すれば、PIDの発生を抑止できる可能性があると考えた。
これを実証するため、汎用の単結晶シリコン太陽電池セルの反射防止膜上に、スパッタリング法により透明導電膜であるスズ添加酸化インジウム(ITO)膜を100ナノメートルの厚さで形成した。ITO膜で被覆したセルを用いた太陽電池モジュールと被覆していないセルを用いた太陽電池モジュールを作製した。図2に両モジュールの断面構造図を示す。温度85 ℃、相対湿度2 %以下で、セルに-2000 ボルトの電圧をかける比較的厳しい条件で両モジュールのPID加速試験を実施した。図3に示すように、ITO膜で被覆していない太陽電池セルを用いた太陽電池モジュールでは24時間の試験後に出力が初期値の約10 %程度にまで低下したのに対し、ITO膜で被覆した太陽電池セルを用いたモジュールでは、1週間の試験後も出力は低下せず、反射防止膜を透明導電膜で被覆する簡便な方法で、PID発生を十分に抑止できることが実証できた。この加速試験の結果ならびにこれまでに得られた知見から、ITO膜で被覆した太陽電池セルを用いたモジュールは、実環境下においても、PID発生が十分に抑止されることが見込まれる。
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図2 従来構造の太陽電池セルを用いた太陽電池モジュールの断面構造図(左)
反射防止膜を透明導電膜で被覆した太陽電池セルを用いた太陽電池モジュールの断面構造図(右) |
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図3 従来構造の太陽電池モジュールと、表面を厚さ100ナノメートルのITO膜で被覆した太陽電池セルを用いた太陽電池モジュールの出力保持率のPID加速試験時間依存性 |
今後は、今回開発した技術の実用化を図るために、透明導電膜の膜厚を薄くした場合のPID抑止効果を確認するとともに、スパッタリング法よりも安価なウエットコーティングなどで形成した透明導電膜によるPID抑止効果を確認する。また、反射防止膜に印加される電界とナトリウム移動の関係を詳細に調べることにより、PIDのメカニズムを一層明確にする。