独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)太陽光発電工学研究センター【研究センター長 仁木 栄】太陽電池モジュール信頼性評価連携研究体 増田 淳 連携研究体長、原 浩二郎 主任研究員は、サスティナブル・テクノロジー株式会社【代表取締役 緒方 四郎】(以下「STi」という)と、酸化チタン系の複合金属化合物薄膜をガラス基板にコーティングして、Potential-induced degradation (PID)現象による結晶シリコン太陽電池の出力低下を抑制する技術を開発した。
この技術は、太陽電池モジュールに用いられるガラス基板に酸化チタン系複合金属化合物の薄膜をコーティングし、PID現象の主原因とされるナトリウムイオンなどのガラス基板からの拡散を抑制するものである(図1)。今回開発した技術により結晶シリコン太陽電池モジュールの信頼性をさらに向上させ、今後、導入が加速すると予想されるメガソーラーなどの太陽光発電システムの長期信頼性の向上への貢献が期待される。
なお、この技術の詳細は、2013年6月4、5日につくば国際会議場(茨城県つくば市)で開催される産総研 太陽光発電工学研究センター成果報告会2013、2013年6月17~20日に石川県立音楽堂(石川県金沢市)で開催されるThe 4th International Symposium on Organic and Inorganic Electronic Materials and Related Nanotechnologies (EM-NANO 2013)で発表される。
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図1 PID対策済み結晶シリコン太陽電池モジュール(18 cm×18 cm)の外観(左)とPID対策による太陽電池モジュールの電流電圧特性の変化(右) |
再生可能エネルギーによる電力の固定価格買取制度の開始により、日本国内でもメガソーラーなどの太陽光発電システムの導入が急速に拡大している。そのような中、近年、海外のメガソーラーでは、PID現象と呼ばれる太陽電池モジュール・システムの出力が大幅に低下する現象が報告されている。この現象は、長期間での経年劣化とは異なり、数ヵ月から数年の比較的短期間でも起こりうるとされている。太陽光発電システムの長期信頼性を向上させ、導入を拡大するため、PID現象のメカニズムを解明するとともに、低コストのPID対策技術を開発することが求められている。
これまでに、産総研 太陽光発電工学研究センター 太陽電池モジュール信頼性評価連携研究体(産総研九州センター:佐賀県鳥栖市)では、太陽電池モジュールの信頼性・寿命を向上させ、発電コストを一層低減させるため、既存の太陽電池モジュールの劣化機構の解明、モジュールの信頼性向上のための部材やモジュール構造の開発、新たな評価技術の開発などを実施してきた。その中で、近年問題となっている太陽電池モジュール・システムの信頼性を大幅に損なうPID現象のメカニズムの解明とその対策技術の開発に取り組んできた。
一方、STi(事業所:佐賀県嬉野市)は、もともと窯業技術が盛んな佐賀県に事業所を構えていることもあって、無機酸化物などをコーティングする技術を得意としている。例えば、酸化チタンをベースとする電荷形成酸化物薄膜をガラスなどの表面上にコーティングし、表面の汚れ防止や光の反射防止などに応用する技術をもち、それらの技術は他メーカーにも採用されている。
今回、産総研とSTiは、佐賀県の地場産業・技術を太陽電池モジュールの信頼性向上のために活用し、酸化物系の化合物薄膜を太陽電池モジュールのガラス基板上にコーティングすることによるPID対策技術の開発に取り組んだ。
今回開発した技術は、STiの酸化チタン系複合金属化合物薄膜を太陽電池モジュールに用いられるガラス基板表面上にコーティングすることにより、PID現象の主原因とされるナトリウムイオンなどのガラス基板からの拡散を防止して、太陽電池モジュールの出力低下を抑制するものである。図2に、結晶シリコン太陽電池の標準型モジュールと今回試作したPID対策済みモジュールの構造を示す。酸化チタン系の複合金属化合物薄膜は、ガラス基板表面上(結晶シリコンセル側)に原料を含む溶液をドクターブレード法によりコーティングし、乾燥させた後、200~450℃で約15分間加熱焼成して製膜した。複合金属化合物薄膜をコーティングしたガラス基板、封止材のEVAフィルム、結晶シリコンセル、バックシートを重ね合わせて、真空ラミネートしてモジュールを作製した。
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図2 標準型モジュール(左)とPID対策済みモジュール(右)の構造 |
標準型モジュールと対策済みモジュールそれぞれにおいて、PID試験前後の特性を評価した。図3に、PID試験前後の疑似太陽光照射下での電流電圧特性を示す(PID試験条件は、-1000 V、85 ℃、2時間)。薄膜をコーティングしていない標準型モジュールの変換効率は、PID試験後は15.9%から0.6%へと大幅に低下した。これに対して、酸化チタン系複合金属化合物薄膜をコーティングしたガラス基板を用いた対策済みモジュールでは、PID試験による効率の低下はわずかなものに抑えられていた。PIDの主な原因とされているガラスからのナトリウムイオンなどの拡散が、今回用いた酸化チタン系複合金属化合物薄膜によりブロックされたため、PID現象による出力低下が抑えられたと考えられる。
今回用いた酸化チタン系複合金属化合物は比較的低コストであり、簡易な製膜方法、低温焼成で製膜でき、使用量も少なくすむことから、低コストPID対策の有望な候補の一つと期待される。
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図3 標準型モジュールと対策済みモジュールのPID試験前後の電流電圧特性 |
今後は、酸化チタン系複合金属化合物薄膜の材質や膜厚、製膜条件等を最適化して、PID現象の抑制効果の向上とその実証を行う。また、より詳細なPID現象抑制メカニズムの解明、大面積モジュールでの実証試験など、早期実用化を目指した研究開発を行う予定である。