国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノチューブ実用化研究センター【研究センター長 畠 賢治】CNT評価チーム 中島 秀朗 産総研特別研究員、森本 崇宏 主任研究員、小橋 和文 主任研究員、岡崎 俊也 研究チーム長(兼)同研究センター 副研究センター長らは、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構【理事長 石塚 博昭】(以下「NEDO」という)の超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト【プロジェクトリーダー 村山 宜光 (産総研 材料・化学領域長/理事)】で、走査型電子顕微鏡(SEM)中でのエネルギー分散型エックス線分光法(EDS)による元素分析を従来よりも2桁以上高い空間分解能で可視化する技術を開発した。
SEM中でのEDS計測は、元素組成を簡便に定量分析する手法としてさまざまな材料に広く用いられているが、一方で空間分解能が低く、ナノメートルサイズの材料を精度良く分析することが困難であった。今回開発した技術では、試料の支持基板を工夫することで観察時のエックス線信号検出の安定性を飛躍的に改善し、空間分解能10ナノメートル以下のイメージングを実現した。
カーボンナノチューブ(CNT)材料開発では、機能性を付与するためにCNT表面に官能基を導入する技術開発が盛んに行われている。CNTは直径数~数100ナノメートル程度の束状の構造(バンドル)を形成し、それらバンドルの特性、溶媒や母材中での解繊状態、ネットワーク構造が、最終的に得られるCNT材料の機能に大きく影響する。したがってCNTバンドルの表面官能基の分布を高い空間分解能で迅速に評価する技術が求められていた。今回開発した技術により、バンドル状のCNT表面の官能基分布を高い精度で評価できるようになった。CNTをはじめとするさまざまなナノ材料の表面状態を実用的な大面積視野で評価できる技術として今後の材料開発への貢献が期待される。
なお、この成果は、2019年11月5日(英国時間)にNanoscaleにオンライン掲載される。
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SEM中での元素組成分析を高い空間分解能で実現 |
CNTは優れた電気・力学・熱特性や化学的な安定性のため、エレクトロニクスをはじめ幅広い分野での応用が期待されるナノ炭素材料であり、実用化された例も増えはじめている。一般にCNTは強いファンデルワールス力によりバンドルや凝集構造を形成するため、バンドルの特性や解繊状態、母材中での分散状態の制御が材料開発の鍵となっている。そのため、CNT表面への官能基導入が盛んに検討されている。官能基の種類や量によって表面の化学構造や可溶性は大きく変化するので、官能基の空間的な分布の制御は用途開発の大きな課題である。一方で、表面官能基の状態を観察するために、これまで主に、透過型電子顕微鏡(TEM)中での分析によって官能基に由来する元素の空間分布が検証されてきたが、孤立分散した1本~数本のCNTしか観察できず、試料のごく一部しか評価できない課題があり、広い範囲を高空間分解能で元素分析できる技術が求められていた。
産総研 ナノチューブ実用化研究センターでは、CNT産業の創出を目指し、CNTの大量合成、構造分離、機能性複合材料作製、安全性評価などの基盤技術を開発してきた(産総研プレス発表2017年9月12日、2018年4月19日、2019年2月4日)。超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクトは、機能性材料開発の大幅な高速化を目指し、CNT複合材料評価の基盤技術開発を行っている。その中で、CNT表面官能基の空間的な均一性を広い範囲で評価するため、SEM中でのEDS分析を用いた元素イメージングによる評価技術の開発に取り組んでいる。しかし炭素や酸素のような軽元素をイメージングする場合、空間分解能は通常1マイクロメートル程度と低く、CNTのバンドルでは官能基の均一性が評価できないという課題があった。そこで今回、高い空間分解能のSEM-EDS法の研究開発に取り組んだ。
従来のSEM-EDS法では、環境由来の元素放出や帯電現象(チャージアップ)が生じるため、高い空間分解能でのCNT表面の元素イメージングは困難であった(図1a,b)。今回開発した技術では、観察に用いる支持基板に、新たに窒化物基板を用いて酸素などの環境元素の放出を十分に抑え込んだ。また、支持基板上にメッシュ状の金属パターンを作製して帯電現象をほぼ完全に抑制した(図1c)。さらに、試料からのエックス線を高効率で検出できる四素子一体アニュラー型シリコンドリフトEDS検出器を用いることで、10ナノメートル以下の高い空間分解能での元素イメージングを実現した。
図1dに、今回開発した技術による元素イメージング例を示す。試料は、スーパーグロース法の単層CNTを、過マンガン酸カリウム/硫酸溶液中で酸化処理を行って表面にカルボキシル基(-COOH)などの官能基を導入したものである。SEM画像で観察されるCNTのバンドルが、EDSによる炭素元素のイメージングでも鮮明に観測できた。また、酸素元素のイメージングでもCNTのバンドル構造を良く反映しており、表面官能基に由来する元素の高い空間分解能でのイメージングが可能であった。
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図1 SEM-EDS分析による元素イメージング
(a)、(b) 従来のイメージングと(c)、(d)今回の技術によるイメージング |
図2aは、SEM-EDS法によって測定した表面官能基に含まれる酸素元素によるエックス線の強度をCNTに含まれる炭素元素によるエックス線の強度で規格化したO/C比を可視化した画像(O/C像)である。バンドルの測定箇所(1~3)ごとにO/C比が異なり、表面官能基が不均一に導入されていることが分かった。またこれらO/C比の違いはSEM画像で観測されるCNTバンドルの解繊状態(図2b)と良い相関を示した。化学処理が進み官能基導入量の多いバンドルほど、溶媒和によって分散が促進され、解繊したバンドル形状を持つことが分かった。これまで経験則に基づいて検証されてきたCNT表面の官能基の導入量と解繊状態との相関が、今回初めて実空間で直接可視化された。
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図2 高空間分解元素イメージングによる評価例
(a)酸素と炭素からのエックス線の強度比(O/C比)の画像
(b)箇所1~3のSEM観察画像とCNTバンドルの模式図 |
今回開発したSEM-EDS技術は、ナノメートルスケールの直径のナノ粒子や、ナノメートルからマイクロメートルスケールの平面サイズの酸化グラフェンなどの2次元材料まで、さまざまなナノ材料に応用できる技術である。従来困難であったナノメートルスケールでの表面構造を精度よく可視化するツールとして、今後のナノ材料の研究開発の促進への貢献が期待される。
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図3 今回開発したSEM-EDS技術の位置付け(さまざまなナノ材料のサイズとの比較) |
今後は、CNT中の官能基分布や官能基化されたCNTバンドルの分散状態を評価する手法として、高機能性CNT材料の研究開発に貢献するとともに、さまざまなナノ材料系の分析・評価技術としての開発にも取り組む。