国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノチューブ実用化研究センター【研究センター長 畠 賢治】CNT評価チーム 飯泉 陽子 テクニカルスタッフと岡崎 俊也 研究チーム長(兼)同研究センター 副研究センター長らは、株式会社 島津製作所【代表取締役社長 上田 輝久】(以下「島津製作所」という)と共同で、カーボンナノチューブ(CNT)を酸化する簡便な方法を考案するとともに、この方法で合成した酸化CNTを用いて、生体透過性の良い第2近赤外(NIR-II)領域で発光する近赤外蛍光イメージングプローブを開発した。
CNTは蛍光を発することが知られているが、近年、CNTを孤立分散させた水に、オゾン水を混和し光を照射して、より高い蛍光量子収率の酸化CNTを合成する方法が報告されている。この酸化CNTは生体透過性の良い近赤外光で励起でき、NIR-II領域で発光する。しかし、酸化CNTの大量合成ができないなどの課題があった。
今回、紫外線照射で発生したオゾンでCNT薄膜に数分間の酸化処理を行うことで、酸化CNTを合成する方法を開発した。この方法は、数時間の反応時間を要する従来法に比べ、短時間に多量の酸化CNTを合成できる。合成した酸化CNTは近赤外光励起によりNIR-II領域で蛍光を発光するため、近赤外蛍光イメージングプローブとして応用できる。合成した酸化CNTの表面をリン脂質ポリエチレングリコール(PLPEG)でコーティングして水に分散できるようにし、生体内イメージングプローブとして用いてマウスの血管を長時間高輝度で造影できた。また、免疫グロブリンG(IgG)を修飾したPLPEG(IgG-PLPEG)でコーティングしたところ、免疫沈降(IP)反応により、標的指向性を付与できる可能性が確認できた。
なお、この成果は、2018年4月19日(英国時間)にScientific Reportsにオンライン掲載される。
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酸化カーボンナノチューブの蛍光とマウスの血管造影の概念図 |
生物科学では、蛍光イメージングは必須の研究ツールとなっている。近年は、より高感度で低ノイズの蛍光画像を得るため、近赤外領域で発光する蛍光イメージングプローブの開発が盛んである。これまで、主に波長約700~900 nmの近赤外領域で発光する蛍光イメージングプローブが開発されてきたが、より長波長の1000~1400 nm付近のNIR-II領域では、生体分子や水による吸収や、光散乱の影響をさらに軽減できるため、十分な輝度や生体親和性を持つ新たなNIR-II領域の蛍光イメージングプローブの開発が期待されている。
CNTには、直径のサイズやグラファイト層の巻き方によって、NIR-II領域で蛍光を発光するものがある。また、これまでのCNTの安全性評価では、明確な急性毒性は確認されていないため、NIR-II領域の生体内イメージングプローブの有力な候補となっている。さらに、CNTを酸化すると、近赤外光で励起できることが報告されたが、従来法では一度に多量の酸化CNTを合成できないなどの課題があり、CNTを簡便に酸化する方法が求められていた。
産総研では、CNT産業の創出を目指し、CNTの大量合成、構造分離、機能性複合材料作製、安全性評価などの基盤技術を開発してきた。その中で、機能化したCNTの光物性や、分散液中でのCNT分散状態の研究を行ってきており、安定なCNT蛍光イメージングプローブの合成技術を保有している。一方、島津製作所は、可搬型 in vivo 蛍光イメージングシステムを開発し、NIR-II領域の蛍光を使ったマウスのイメージングアプリケーション開発に取り組んできた。現在上市されている蛍光イメージングプローブには毒性があることが確認されており、無毒または低毒性の新規蛍光イメージングプローブの開発が望まれていた。
そこで両者は、酸化CNTを用いてより高輝度なNIR-II領域の生体内イメージングプローブを開発するための共同研究を行ってきた。
なお、この研究開発は、島津製作所と、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業 挑戦的萌芽研究「酸化カーボンナノチューブ近赤外蛍光プローブ」(平成 26 年度)による支援を受けて行った。
今回、紫外光照射によってオゾンを発生する市販のUVオゾンクリーナーを用いて、CNT薄膜に数分間のオゾン酸化処理を行うことで、酸化CNTを合成する方法を開発した。この手法では、非常に温和な条件でオゾンとCNTが反応するため蛍光消光は起きず、効率よくCNT表面を酸化できる。また、CNT分散液を用いて数時間以上酸化反応を行う従来法に比べて、簡便に短時間で酸化処理できる利点がある。さらに、複雑な合成装置は必要としない。カイラル指数(6, 5)が主成分である市販の単層CNT試料の、酸化反応前後の蛍光スペクトルを図1に示す。反応前の(6, 5) CNTは、波長980 nmに蛍光ピークを持つが、酸化により、980 nmの蛍光強度は減少し、代わりに1280 nmに新しくピークが観測された。蛍光エネルギーの変化量から、1280 nmの蛍光は酸素がエポキシド型で結合した酸化CNTに由来するとわかった。1280 nmは、NIR-II領域でも特に生体透過性が良いため、今回開発した手法で合成した酸化CNTは蛍光イメージングプローブとして有望と考えられた。
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図1 反応前CNT(左)と酸化CNT(右)の蛍光スペクトルの比較 |
今回の手法で合成した酸化CNTの表面をPLPEGでコーティングして近赤外蛍光イメージングプローブ(酸化CNT近赤外蛍光イメージングプローブ)を作製した。これを血管造影剤としてマウスの尾静脈から投与し、波長980 nmの近赤外光で励起すると1150~1400 nmの近赤外光が検出され、近赤外生体内イメージング像が得られた(図2(a))。酸化CNT近赤外蛍光イメージングプローブは、毛細血管まで到達するためマウスの全身が観測でき、また肝臓などの臓器に捕捉されないで血管中を循環し続けるため、約6時間にわたって血管を造影できた。また、酸化CNT近赤外蛍光イメージングプローブを経口投与したところ、蛍光強度が強いため、消化管の運動を直接造影できた(図2(b))。これらの結果から、今回開発した酸化CNT近赤外蛍光イメージングプローブは、薬剤開発時に副作用の効果を評価するツールとしての利用などが期待される。
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図2 酸化CNTを生体内近赤外蛍光イメージングプローブとして使用した例
(a)血中投与による血管の造影像、(b)経口投与による消化管の造影像 |
次に、酸化CNTが、標的指向性を持った蛍光イメージングプローブとして応用できるかどうかを検証するため、今回合成した酸化CNTをIgG-PLPEGで表面修飾し、IP反応を行った。まず、IgG-PLPEGで表面修飾した酸化CNTを分散させた水に、IgGと特異的に結合するGタンパク質で被覆したマイクロ粒子を混和して反応させた後、マイクロ粒子を回収した。回収したマイクロ粒子を溶出液に入れると、マイクロ粒子に結合していた酸化CNTは粒子から脱落し、溶出液中に移行する。この溶出液の蛍光スペクトルを測定したところ、酸化CNT由来の蛍光が観察された(図3)。比較のため、IgGを修飾していないPLPEGで表面修飾した酸化CNTで同様のIP反応を行ったところ、溶出液から酸化CNT由来の蛍光は観察されなかった。これは、IgG-PLPEGで表面修飾した酸化CNTは、IP反応によりマイクロ粒子と特異的に結合したことを示しており、酸化CNTに標的指向性を付与できることがわかる。
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図3 IgG-PLPEGで表面修飾した酸化CNTとGタンパク質とのIP反応のイメージ図(左)と
IP反応後のGタンパク質被覆マイクロ粒子の溶出液の蛍光スペクトル(右) |
今回開発した酸化CNT合成法は、複雑な装置を必要とせず、数分間という短い反応時間で合成でき、スケールアップが容易などの利点がある。合成した酸化CNTは、生体透過性の良いNIR-II領域で蛍光を発光し、高輝度近赤外蛍光イメージングプローブとして使用できる。さらに、適切な表面修飾を施すことによって、標的指向性を持つ高輝度近赤外蛍光イメージングプローブとしての応用が期待される。
今後は、今回の成果をもとに、島津製作所と共同で高輝度な酸化CNT近赤外蛍光イメージングプローブの実用化に取り組む。