国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門【研究部門長 鈴木 馨】生物共生進化機構研究グループ 沓掛 磨也子 主任研究員、生物共生進化機構研究グループ 森山 実 主任研究員、同部門 深津 武馬 首席研究員は、基礎生物学研究所、放送大学、筑波大学と協力して、社会性アブラムシが植物組織に形成する虫こぶ(巣)が敵に壊されたときに、兵隊幼虫が自ら大量の凝固体液を放出して穴をふさぐ「自己犠牲的な虫こぶ修復」の分子機構を解明した。
兵隊幼虫の体液には特殊化した血球細胞が充満しており、放出されると細胞が崩壊して一連の化学反応が始まる。まず放出された脂質成分が速やかに固化し、続いて体液のメラニン化とタンパク質の架橋が起こり、褐色の強固な凝固物を形成する。すなわち兵隊幼虫は、体表の傷をふさぐ「かさぶた」の形成機構を著しく増強し、凝固活性が極めて高い体液を外部に大量に放出することで、植物組織からなる巣の壁に生じた傷を修復するという、特異で高度な社会行動の仕組みが明らかになった。
この成果は、虫こぶ修復という兵隊アブラムシの社会行動について、その分子機構の全体像を明らかにしたものであり、昆虫の驚くべき生物機能や社会行動の進化を理解する上で重要な知見を与える。
この成果の詳細は、2019年4月15日以降(米国東部時間)に米国の学術誌Proceedings of the National Academy of Sciences USA(米国科学アカデミー紀要)にオンライン掲載される。
地球上の多種多様な生物は、それぞれの環境に適応し、互いに相互作用しながら進化を遂げてきた。その過程で生まれた生物機能の中には、特異かつ高度に洗練されたものが数多く存在し、基礎生物学的に興味深いだけでなく、新たな生理活性物質や医薬のリード化合物につながる「生物遺伝子資源」として、大きな社会的価値を産み出してきた。しかしながら、これまでに発見・利用されてきた生物は、現存する生物多様性の膨大さと比すれば氷山の一角であり、未だ探索の余地が大いに残されている。
産総研生物プロセス研究部門では、これまであまり着目されてこなかった多種多様な昆虫類の共生、寄生、社会性、操作など高度な生物間相互作用を伴う生物現象に着目し、さまざまな生物機能の解明に取り組んでいる。植物の害虫であるアブラムシは全世界で5,000種ほど存在するが、そのうちおよそ80種は、ミツバチ、アリ、シロアリのように社会を形成して生活している。このような社会性アブラムシでは、集団(コロニー)の一部を構成する兵隊幼虫が、コロニー防衛や巣のメンテナンスといった社会行動に従事して、仲間の生存や繁殖を助ける。社会性アブラムシの多くは、植物組織を肥大、変形、成長させ、特殊な構造をした虫こぶ(巣)を形成する。虫こぶは外敵からの侵入を防ぐとともに、植物の師管液を吸って生活するアブラムシの良質な食物供給源となっている。産総研では、これまでに、虫こぶを形成する社会性アブラムシに関する一連の研究を進めてきた(2004年7月27日、2009年2月25日、2012年11月14日 産総研プレス発表)。
モンゼンイスアブラムシは、イスノキという樹木に虫こぶを形成する社会性アブラムシである(図1A-C)。植物組織からなる虫こぶは成熟すると木質化して非常に強固な巣となるが、成長途中の春期の虫こぶは植物組織がまだ薄くて柔らかいため、しばしばガの幼虫などの外敵昆虫に襲われ食害される。これに対して、モンゼンイスアブラムシの1齢の兵隊幼虫は、敵が虫こぶに穴を開けると、すぐに虫こぶから出てきて口で敵を刺して攻撃するとともに、それ以外の兵隊が穴の近くに集まり、体の尾端部から大量の乳白色の体液を放出し、脚でかき混ぜ、引き伸ばし、穴を埋めていく。分泌された体液は次第に固まり、穴は完全に塞がれる(図1D-F)。虫こぶ修復は危険を伴う行動で、分泌体液に埋もれたり虫こぶの外に取り残された個体は死んでしまう。それ以外の個体も体液分泌により体の中身の大半を失うため、その後は脱皮・成長できず、体が縮んだ幼虫のまま一生を終える。虫こぶ内の兵隊はその後、虫こぶ組織に刺激を与え続けて植物細胞の増殖を促し、およそ1カ月後には虫こぶの壁は完全に再生する。これら一連の行動は自己犠牲的な虫こぶ修復と呼ばれ、アブラムシが植物の傷を治す興味深い現象として報告された(2009年2月25日 産総研プレス発表)。しかし、兵隊が分泌する体液にどのような物質が含まれていて、なぜ固まるのかといった分子レベルの仕組みは不明であったため、今回、その解明に取り組んだ。
なお本研究の一部は、文部科学省 科学研究費補助金(18K06373)と公益信託 林女性自然科学者研究助成基金研究助成を受けて実施した。
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図1 モンゼンイスアブラムシによる虫こぶ修復 |
(A) 兵隊幼虫と成虫。(B) 虫こぶ。(C) 虫こぶの内部。(D) 体液分泌直後の兵隊幼虫。(E) 兵隊幼虫の走査型電子顕微鏡像。矢印は分泌された体液。(F) 分泌体液による虫こぶ修復跡(矢印)。凝固した分泌体液は黒化している。 |
今回、モンゼンイスアブラムシが形成する虫こぶ修復に関わる分子機構、特に分泌体液の凝固メカニズムの解明を目的として、さまざまな実験を行った。
まず分泌体液のタンパク質成分について調べたところ、主要なタンパク質は6種類程度しかないことがわかり(図2A)、これらが分泌体液の凝固に関わると考えられた。詳しい分析から、これらはフェノール酸化酵素というメラニン合成に重要な役割を果たす酵素、内部に繰り返し配列をもつ機能未知のタンパク質(RCP: repeat-containing protein)、そして脂肪酸合成酵素であることが判明した。また、分泌体液はフェノール酸化酵素の活性が極めて高く、分泌体液は時間とともにメラニン化が進み褐色化した(図2B)。これらの結果から、フェノール酸化酵素が分泌液凝固に重要な役割を果たしているらしいことがわかった。
RCPは8個のアミノ酸を単位とする繰り返し配列をもつ分泌タンパク質で、1つの虫こぶ由来の兵隊分泌体液中に繰り返し配列の数の異なる2種類のRCP(図2A バンド4、6)がしばしば見られ、さらに、異なる虫こぶ由来のコロニーごとに異なる繰り返し配列の数のRCPが検出された(図2C)。
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図2 分泌体液のタンパク質成分の解析 |
(A) 兵隊の分泌体液のタンパク質電気泳動像。バンド5はフェノール酸化酵素、バンド4と6は繰り返し配列含有タンパク質RCP、バンド3は脂肪酸合成酵素。バンド1と2は未同定。(B) 修復直後から6時間後までの分泌体液のメラニン化の様子。(C) 8つの虫こぶ(a-h)由来の兵隊分泌体液のタンパク質電気泳動像。 RCP(バンド4、6)の繰り返し配列の数は虫こぶごとに大きく異なっていた。 |
一般的に昆虫のメラニン合成経路では、チロシンというアミノ酸がフェノール酸化酵素によってドーパに変換され、さらに酸化や重合などの複雑な反応を経て、最終産物のメラニンが生成される。アブラムシの兵隊分泌体液のアミノ酸分析から、チロシンが極めて高濃度で存在し、アミノ酸全体のおよそ3/4を占めていることが判明した(図3)。すなわち兵隊の体液は、メラニン合成に関わる酵素(フェノール酸化酵素)と基質(チロシン)の両方を大量に含むことがわかった。
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図3 分泌体液中の遊離アミノ酸組成 |
兵隊分泌液中のチロシン濃度は31.7±5.5 ミリモル(mM)で、アミノ酸全体の75.9 %を占めた(アミノ酸全体の濃度は41.8±7.0 mM)。横軸にアミノ酸、縦軸に存在量の比を%で示した。グラフは各9検体の平均値±標準偏差を示す。 |
兵隊幼虫の組織学的な観察から、兵隊の腹部体腔には、多数の細胞内顆粒を含む特異な巨大細胞(巨大顆粒細胞)が充満していることがわかった。緩衝液中で兵隊幼虫に分泌体液を放出させたところ、大量の巨大顆粒細胞が体外に放出され、その後破裂する様子が観察された(図4A、B)。また、透過型電子顕微鏡により、巨大顆粒細胞の細胞質には無数の小胞が観察された(図4C)。これらの小胞は分泌体液の凝固に関わる物質を貯蔵していると推測され、巨大顆粒細胞が虫こぶの修復に特化した細胞であることが強く示唆された。
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図4 兵隊幼虫の腹部体腔に存在する巨大顆粒細胞 |
(A) 緩衝液中で分泌液を放出する兵隊アブラムシ。体外に放出された巨大顆粒細胞が白い粒々に見える。(B) (A)の巨大顆粒細胞の拡大図。(C) 巨大顆粒細胞の透過型電子顕微鏡像。 |
モンゼンイスアブラムシの巨大顆粒細胞のトランスクリプトーム解析を行ったところ、フェノール酸化酵素やRCPの遺伝子が非常に多く発現していた。他のアブラムシや他の昆虫類ではフェノール酸化酵素は血球細胞で作られることから、巨大顆粒細胞は特殊化した血球細胞である可能性が示唆された。さらに巨大顆粒細胞では、脂質合成に関わる多数の遺伝子の発現が上昇していた。分泌体液の化学分析により、高濃度のトリグリセリドが検出され、その存在量から巨大顆粒細胞の小胞由来と考えられた(図4C、図5A)。細胞内では液体状のトリグリセリドが、体外への放出と細胞破裂がきっかけとなり固化すると推測された。
さまざまな解析から、フェノール酸化酵素は巨大顆粒細胞内に局在するのに対し、RCPは細胞外に分泌されて血リンパ中に存在することが判明した(図5A)。試験管内でフェノール酸化酵素の組換えタンパク質、RCPの組換えタンパク質、チロシンを混合すると、反応液がメラニン化して凝固物が生成し、RCPが架橋されて高分子化した(図5D)。これらの結果から、兵隊分泌体液による虫こぶの修復過程では、体液が分泌されると巨大顆粒細胞が破裂して、まず脂質(トリグリセリド)がすばやく固化する。フェノール酸化酵素はこの時点で活性化すると推測される。続いて体液のメラニン化が進むと同時に、メラニン化の過程で生じるキノン類の働きでタンパク質同士が架橋される。さらに細胞の残渣も巻き込んで強固な凝固塊が生成するという分子機構のモデルを提唱した(図5A-C)。
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図5 虫こぶ修復における兵隊分泌体液の凝固メカニズム |
(A) 体液分泌前の兵隊体内での各因子の局在の模式図。(B) 体液分泌後、巨大顆粒細胞は破裂し、脂質が固化する。フェノール酸化酵素はこの時点で活性化すると推測される。(C) メラニン生成の過程で生じるキノン類の働きでタンパク質同士が架橋され、細胞の残渣も巻き込み、強固な凝固塊が生成する。(D) 試験管内での凝固再現実験の結果。生成した凝固物がチューブの側壁に観察された。 |
今回、モンゼンイスアブラムシの兵隊幼虫が虫こぶの傷を修復するために、凝固活性の極めて高い体液を体外に大量放出する仕組みを解明した。進化の過程で、兵隊幼虫が自身の体表の傷を治すための体液凝固(かさぶた形成)メカニズムを、メラニン合成活性の亢進、巨大顆粒細胞の発達、チロシンの大量蓄積などによって分子・細胞・代謝レベルで増強し、これを社会行動に転用して、虫こぶ修復という新たな生物機能を獲得したということが明らかになった。
チロシンは一般に難溶性であり、兵隊幼虫の分泌体液中に高濃度で蓄積する仕組みは不明である。今後は結合タンパク質の探索など、モンゼンイスアブラムシの兵隊体内でのチロシンの可溶化メカニズムについて調べていく。
論文名:Exaggeration and co-option of innate immunity for social defense
著者:沓掛 磨也子1、森山 実1、2、重信 秀治3、孟 憲英1、二河 成男4、野田 千代5、小林 悟6、深津 武馬1、7、8
所属:1. 産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門、2. 産業技術総合研究所 生体システムビッグデータ解析オープンイノベーションラボラトリ(CBBD-OIL)、3. 基礎生物学研究所 生物機能解析センター、4. 放送大学 教養学部、5. 基礎生物学研究所 岡崎統合バイオサイエンスセンター、6. 筑波大学 生存ダイナミクス研究センター(TARA)、7. 東京大学 大学院理学研究科、8. 筑波大学 大学院生命環境科学研究科
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences USA(米国科学アカデミー紀要)
DOI:10.1073/pnas.1900917116