発表・掲載日:2012/11/14

昆虫が植物の性質を改変し、究極の「巣ごもり」生活を実現

-完全閉鎖型の虫こぶ内のアブラムシ集団存続の謎を解明-

ポイント

  • 植物組織からなる虫こぶがアブラムシの液体排泄物を吸収除去するという生物機能を発見
  • 昆虫が植物の形態や生理状態を変化させて生存に有利な生息環境を実現
  • 外部要因による植物機能の操作機構の理解に光を当てる新しい知見

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門【研究部門長 鎌形 洋一】生物共生進化機構研究グループ 沓掛 磨也子 研究員、深津 武馬 研究グループ長らは、ある種のアブラムシが植物組織に形成する虫こぶ(巣)では、内部に蓄積すると致命的になり得る液体排泄物が、虫こぶの内壁組織によってすみやかに吸収除去されるという新しい現象を発見した。

 植物の汁を唯一の食物源とするアブラムシは、大量の液体排泄物(甘露)を排出する。アリが甘露を摂食するかわりにアブラムシを外敵から守るという共生関係はよく知られている。アブラムシの中には植物に寄生して虫こぶをつくり、その中で集団生活を営む種があるが、その多くは兵隊幼虫が虫こぶの開口部から甘露を捨てて処理している。ところが開口部のない完全閉鎖型の虫こぶをつくる社会性アブラムシもおり、それらの閉ざされた虫こぶ内部で甘露がどのように処理されているかはわかっていなかった。今回の研究成果は、ある種のアブラムシが植物の形態や生理状態を巧妙に操作して、虫こぶが甘露を吸収する能力をもつように誘導することを示唆しており、植物の形態形成や機能改変の理解に新たな光を当てる知見である。

 なお、この研究成果は、2012年11月14日(日本時間)に英国の学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載される。

さまざまなアブラムシの虫こぶの写真
図1 さまざまなアブラムシの虫こぶ
(a) モンゼンイスアブラムシの虫こぶ。(b) ハクウンボクハナフシアブラムシの虫こぶ。(c)エゴノネコアシアブラムシの虫こぶ。(d)ササコナフキツノアブラムシの虫こぶ。(a)と(c)は完全閉鎖型、(b)と(d)は開放型。

研究の社会的背景

 昆虫類は長い進化の過程でさまざまな環境に適応するため、巧妙な生物機能を獲得してきた。人類はこのような優れた生物機能に着目し、これまでにカイコやミツバチなどの昆虫について産業利用に成功している。しかし、地球上には100万種をはるかに超える多種多様な昆虫が存在しており、数多くの興味深い生物現象、新しい生物機能、それらの基盤となる遺伝子資源はいまだほとんど手つかずのままである。

 一方、ほとんどの生物は単独で存在しているわけではなく、生物間で複雑かつ巧妙な相互作用を及ぼしあいながら、現在のような姿に進化してきた。このような生物間相互作用は密接なものから緩やかなものまでさまざまであるが、昆虫のような生物が、植物のようなほかの生物の生理状態に影響を及ぼし、自分に都合の良いようにその形態や性質を変えてしまう場合がある。このような現象は基礎生物学的に興味深いだけでなく、生物の形態や発生、機能を外部要因によって制御するという応用面での展開も想定されるため、その解明が待たれている。

研究の経緯

 産総研ではさまざまな昆虫類を対象に、密接な生物間相互作用をともなう興味深い生物現象に着目して研究を展開している。虫こぶを形成する社会性アブラムシについては、これまでにも新規かつ複雑で巧妙な生物機能の解明に取り組んできた(2004年7月27日2009年2月25日産総研プレス発表)。今回の発見は、これらの研究の一環として得られた。なお、本研究で実施した野外実験は、産総研の規程に従い、正式な承認を得て行ったものである。

 モンゼンイスアブラムシは、イスノキという常緑樹に中空の虫こぶを形成して、時には2,000匹を超えるアブラムシが集団生活を営んでいる。アブラムシにとって虫こぶは、外敵や環境変動から身を守ってくれる防護壁であるだけでなく、内壁に口針を刺すだけで植物の汁を吸うことができる食物の供給源でもある。

 虫こぶの形は、それをつくるアブラムシの種によって大きく異なるため(図1)、植物の特殊な形態形成へのアブラムシの関与が推測される。モンゼンイスアブラムシは、開口部のない完全閉鎖型の虫こぶを形成する(図1a)。虫こぶが成熟して開口部が形成され、有翅型のアブラムシが飛行分散を始めるまで、少なくとも2年以上にわたり完全閉鎖のまま外部の環境から隔離されている。ここで問題となるのは、このアブラムシは排泄物である甘露をどのように処理しているのかという点である。一般にアブラムシ類は糖分を多く含む液状の甘露を大量に排泄する。出口のない完全閉鎖型の虫こぶの中での長期にわたる集団生活で、アブラムシが自らの甘露の蓄積でおぼれ死ぬような危険性がないか、またどのような仕組みで回避されているかなどはわかっていなかった。

研究の内容

 モンゼンイスアブラムシの虫こぶを調べたところ、死骸、脱皮殻、分泌ワックスなどの固形老廃物は存在したが、何百匹という生きたアブラムシが暮らしているにもかかわらず、排出する甘露が蓄積している虫こぶはなかった(図2a)。しかし、虫こぶにいるアブラムシを人工飼料飼育系に移して一晩観察したところ、アブラムシの周囲に甘露滴が多数観察された(図2b)。すなわち、モンゼンイスアブラムシは甘露を排泄しているのに、虫こぶ内に甘露が蓄積しないことが判明した。

虫こぶで生活するアブラムシの写真
図2 虫こぶで生活するアブラムシ
(a)完全閉鎖型虫こぶ内のモンゼンイスアブラムシ。矢印は成虫、矢じりは1令の兵隊幼虫を示す。綿状の物質はアブラムシの固形老廃物である分泌ワックス。(b)人工飼料飼育系に移したモンゼンイスアブラムシ。矢印は甘露。(c)開放型虫こぶをつくるハクウンボクハナフシアブラムシ。中央は甘露(矢印)を清掃する兵隊幼虫。

 排出されたアブラムシの甘露が虫こぶの組織によって吸収されているかどうかを確かめるために野外での操作実験を行った。虫こぶに小さな穴をあけ、そこから蒸留水またはショ糖水を1 ml注入し、穴を木工用接着剤でふさぎ、20時間後に回収して内部に残っている溶液の量を調べた。その結果、ほぼすべての虫こぶで蒸留水は完全になくなり、虫こぶ組織に吸収されていた(図3a)。また、ショ糖水も吸収されたが、ショ糖濃度が高くなるにしたがって吸収効率が悪くなる傾向が見られた(図3b~d)。モンゼンイスアブラムシの甘露の糖濃度を分析したところ、糖濃度は0.5%より低く、虫こぶに十分吸収されるレベルであった。

モンゼンイスアブラムシの虫こぶを用いた吸水実験の結果の図
図3 モンゼンイスアブラムシの虫こぶを用いた吸水実験の結果
(a)蒸留水、16個の虫こぶで実験。(b)2%ショ糖水、10個の虫こぶで実験。(c) 4%ショ糖水、10個の虫こぶで実験。(d)8%ショ糖水、11個の虫こぶで実験。
ひとつの虫こぶにそれぞれの溶液1 mlを注入した。棒グラフの上の数字は虫こぶの容積を示す。

 虫こぶ内壁に吸収された水溶液のゆくえをサフラニン染色法によって可視化したところ、維管束を通じた吸収経路が明らかになった(図4)。

吸収された水溶液の追跡実験の写真
図4 吸収された水溶液の追跡実験
(a)サフラニン液を吸収したモンゼンイスアブラムシの虫こぶ内部(*にサフラニン液を滴下)。サフラニン液を吸収した*周辺の虫こぶ組織が暗赤色に染色された。吸収されたサフラニン液が虫こぶ組織内で輸送されて拡散し、脈状の構造を赤く染めた。 (b)虫こぶ組織の切片。維管束が赤く染色された。

 ところで、多くの社会性アブラムシの虫こぶでは、開口部がひとつまたは複数存在し、そこから兵隊幼虫が頭部を使って甘露球を開口部まで転がし外に捨てて、虫こぶ内の清潔を保っている(図2c)。ハクウンボクハナフシアブラムシという種はハクウンボクという落葉樹に開放型の虫こぶをつくるが(図1b)、同様の吸水実験を行ったところ、虫こぶは水をまったく吸収しなかった。

 両種の虫こぶの内壁に着目して調べたところ、開放型のハクウンボクハナフシアブラムシの虫こぶ内壁は厚いワックス層に覆われて水をはじく性質(撥水性)を示した(図5a、5b)。一方、完全閉鎖型のモンゼンイスアブラムシの虫こぶ内壁表層はスポンジ状の組織構造であって水になじむ性質(親水性)を示した(図5c、5d)。さらに他種アブラムシの虫こぶでも、マンサクイガフシアブラムシの開放型虫こぶの内壁は撥水性でワックス層に覆われていたのに対し、イスノフシアブラムシの完全閉鎖型虫こぶの内壁は親水性でスポンジ状であった。これらの結果から、虫こぶ内壁の構造的な違いが、虫こぶの吸水性の有無に関係している可能性が考えられた。

さまざまなアブラムシの虫こぶ内壁の特徴の写真
図5 さまざまなアブラムシの虫こぶ内壁の特徴
(a)、(b) ハクウンボクハナフシアブラムシの虫こぶ (開放型)
(c)、(d) モンゼンイスアブラムシの虫こぶ(完全閉鎖型)
(e)、(f) ササコナフキノツノアブラムシの虫こぶ(開放型)
(g)、(h) エゴノネコアシアブラムシの虫こぶ(完全閉鎖型)
(a)、(c)、(e)、(g)は虫こぶ内壁に液を滴下した時の様子(液体の色の違いに意味はない)
(b)、(d)、(f)、(h)は虫こぶ内壁の断面を電子顕微鏡で観察した像

 さらに、同じ植物上に形成される異なるアブラムシの虫こぶの比較検討を行った。エゴノネコアシアブラムシとササコナフキツノアブラムシは、いずれもエゴノキという落葉樹に虫こぶをつくり(図1c、1d)、同じコナフキツノアブラムシ属に分類されるなど系統的に近縁で、生態もよく似ている。重要な違いは、ササコナフキツノアブラムシの虫こぶは開放型なのに対して、エゴノネコアシアブラムシの虫こぶは完全閉鎖型という点である。また、ササコナフキツノアブラムシでは兵隊幼虫による甘露の清掃行動が見られるが、エゴノネコアシアブラムシでは見られない。

 これら2種類のアブラムシの虫こぶについて詳しく調べたところ、開放型のササコナフキツノアブラムシの虫こぶでは、内部に多くの甘露が蓄積しており、内壁は撥水性で、厚いワックス層で覆われていた(図5e、5f)。一方、完全閉鎖型のエゴノネコアシアブラムシの虫こぶでは、内部に甘露が蓄積せず、内壁は親水性で、スポンジ状の表層構造であった(図5g、5h)。さらに、エゴノネコアシアブラムシの完全閉鎖型の虫こぶに水を注入したところ、すみやかに吸収された。これらの結果より、虫こぶの吸水性は、植物種によって決まっているのではなく、虫こぶをつくるアブラムシの種によって決定されると考えられる。しかも、完全閉鎖型の虫こぶは吸水し、開放型の虫こぶは吸水しないというパターンが明らかになった。

 生態学的な観点からいうと、開放型の虫こぶは外敵の侵入を受けやすいという欠点がある一方で、甘露を外に捨てることで虫こぶ内部の衛生状態を保つことができる利点がある。それに対して、完全閉鎖型の虫こぶは外敵に侵入されにくいという利点がある一方で、甘露を外に捨てることができないという衛生的な欠点がある。そこで完全閉鎖型の虫こぶをつくるアブラムシは、虫こぶ内壁に吸水性をもたせることにより、この衛生的な問題を解決したと考えられる。今回調べた範囲では、完全閉鎖型の虫こぶはすべて吸水性を示したことから、おそらく両者は切り離すことができない形質であり、これにより、長期にわたる閉鎖空間での「巣ごもり」生活が可能になったと考えられる。

 今回の研究成果は、昆虫が自らの都合の良いように植物の形態や生理状態を改変するという「操作」現象に関する新しい知見であり、外部要因による植物の性質の制御という観点からも興味深いものである。

今後の予定

 今後は、吸収された甘露に含まれる糖やアミノ酸といった栄養分が、植物内でどのような物質に変換され、または植物によって再利用されているのかといった点に着目し、昆虫-植物間の相互作用についてさらに解明していく予定である。さらに、アブラムシが虫こぶの形態や生理状態を操作する具体的な分子機構の理解をめざし、次世代シーケンサーを利用した虫こぶ形成過程における網羅的発現遺伝子解析を計画している。



用語の説明

◆虫こぶ
虫癭(ちゅうえい)またはゴールともいう。昆虫類などの寄生の影響により、植物細胞の成長、分化に異常がおこって形成される特異的な植物構造。その形態や性質はしばしば虫こぶを形成する昆虫により規定されることから、虫こぶは昆虫による「延長された表現型」といわれることがある。[参照元へ戻る]
◆甘露
アブラムシやカイガラムシなど、植物の汁を吸って生活する昆虫が出す液状の排泄物。植物の篩管液に由来する糖分に富んでおり、アリなどが好んで舐めにきて共生関係を結ぶことで知られる。[参照元へ戻る]
◆兵隊幼虫
社会性を有する一部のアブラムシにおいては、子孫を残す能力や機会を犠牲にして、集団内のさまざまな労働を担う「兵隊」とよばれる個体を生産する。通常アブラムシでは兵隊は1令幼虫(親から生まれた直後の幼虫)または2令幼虫(1令幼虫が1回脱皮した幼虫)であり、これらを兵隊幼虫という。兵隊幼虫は外敵を攻撃することで集団を防衛するほか、種によっては虫こぶ内の清掃や壊れた虫こぶの修復を行うものもある。[参照元へ戻る]
◆社会性アブラムシ
社会性昆虫としてハチ、アリ、シロアリがよく知られるが、アブラムシにも社会性を示すものがあり、これを社会性アブラムシという。これらの昆虫においては、生活を共にする集団の中に、繁殖を専門に行う個体(例えば女王バチ)と、繁殖せず他の個体を守るために自己犠牲的な行動を示す個体(例えば働きバチ)が存在し、このような形態分化、労働分化、繁殖分化のもとで社会生活を営んでいる。[参照元へ戻る]
◆操作
生物Aが相互作用しているほかの生物Bに影響を及ぼすことにより、生物Bの性質が変化し、その変化が生物Aの生存や繁殖に有利な帰結をもたらすような場合、生物Aが生物Bの当該性質を「操作」している、と表現することがある。もちろんここでの「操作」には意志的、主体的な意味は含まれない。例えばアブラムシが植物の形態形成や発生に影響を与えて虫こぶを誘導する場合、これをアブラムシによる植物の「形態操作」ということがある。[参照元へ戻る]
◆人工飼料飼育系
2枚のパラフィン薄膜の間に、液体の人工餌(糖、アミノ酸、ビタミンなどを含む)をはさみ、それを皿の上に固定したもの。アブラムシはパラフィン薄膜の上から口針を刺すことにより、人工餌を吸汁する。[参照元へ戻る]
◆サフラニン
組織学や細胞生物学で用いられる色素の1種。細菌のグラム染色の対比染色剤として使われるほか、植物の維管束の染色に用いられる。[参照元へ戻る]
◆次世代シーケンサー
従来のシーケンサーとは異なり、一度に読み取れる塩基配列の長さが50~500塩基(従来法では約800塩基)と短いものの、高度並列処理により数十億塩基対の塩基配列情報を得ることができる特徴をもつ。[参照元へ戻る]

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