国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノチューブ実用化研究センター【研究センター長 畠 賢治】CNT用途チーム 関口 貴子 主任研究員、田中 文昭 元産総研特別研究員は、衣類のように柔らかく、さまざまな負荷(伸縮、曲げ、ねじり、圧縮、衝撃)をかけても壊れないトランジスタを開発した。
このトランジスタは、金属や酸化物のような硬い材料を一切使用せず、単層カーボンナノチューブ(単層CNT)、ゴム、ゲルといった柔らかい炭素系材料だけで構成されるため、負荷をかけると全ての部材が一体化して変形する。衣類に付けて着用したときには、人体の形状に合わせて自在に変形でき、身体に与えるストレスも少なくてすむ。将来的には、生体センシングシステムや介護ロボットの皮膚など、医療用ヒューマンモニタリングエレクトロニクスへの応用が期待される。
なお、この研究の詳細は、米国の学術誌Nano lettersオンライン版に近く掲載される。
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衣類に付けて洗濯しても大丈夫 |
衣類のように柔らかな電子デバイスができれば、人体にそれほどストレスを与えないで、普段の生活の中で脈拍や不整脈の有無、皮膚温などの健康状態を計測できるようになる。しかし、従来の電子デバイスは、金属、酸化物、合金などの硬い材料を使用するため、柔軟さと丈夫さとを兼ね備えたデバイスの実現は困難であった。
産総研では、ネットワーク構造を形成する単層CNTの伸縮性に着目し、導電性単層CNTゴム複合材料(2011年10月12日産総研プレス発表)や高精度な成形加工が可能なCNTゴム複合材料(2013年8月28日産総研プレス発表)を開発してきた。また、単層CNTは金属的性質や半導体的性質を持つため、トランジスタとして機能する半導体的性質の単層CNTだけを選択的に分離する技術も開発してきた(2011年5月11日産総研プレス発表)。
今回、単層CNTの電気的特性とネットワーク構造を利用して、伸縮性のある導電性単層CNTゴム複合材料をトランジスタの電極とし、同時にトランジスタのチャネルに半導体的性質を持つ単層CNTを用いて、柔らかい材料だけからなるトランジスタの開発に取り組んだ。
本研究開発の一部は、国立研究開発法人 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「プロセスインテグレーションによる機能発現ナノシステムの創製」研究領域における研究課題「自己組織プロセスにより創製された機能性・複合CNT素子による柔らかいナノMEMSデバイス」(平成21~25年度)の支援を受けて行った。
今回開発したのは、図1(左上)に示すような、ソース、ドレイン、ゲートに用いる電極に導電性単層CNTゴム複合材料、チャネルに半導体的性質の単層CNT、絶縁層にイオンゲル、基板にシリコンゴムを用いたサイドゲート型トランジスタである。硬い金属や酸化物を一切使わず、全ての部材が衣類に近い柔軟性をもつ。トランジスタとしての特性は図1(右)に示すように、オン電流は-50 µA、オンオフ比は104で、既報のフレキシブルトランジスタと同等の性能である。
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図1 開発したトランジスタの模式図(左上)、構成元素(左下)、性能(右) |
図2に、柔らかさと丈夫さの指標として、トランジスタの構成材料と各種金属、プラスチック、衣類素材それぞれのヤング率と許容弾性ひずみ量を示す。ヤング率は材料に加わる力と変形との比で柔らかさの指標となり、許容弾性ひずみ量は材料が壊れずに許容できるひずみの大きさで丈夫さの指標となる。開発したトランジスタの構成材料である導電性単層CNTゴム複合材料、イオンゲル、シリコンゴムは、衣類に近い柔らかさと丈夫さを示している。
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図2 今回開発したトランジスタの構成材料と各種材料のヤング率と許容弾性ひずみ量 |
図3にハイヒールで踏まれる(圧力:約2.5 MPa)前後のトランジスタ特性を示す。開発したトランジスタは、全ての部材が一体化して変形することで、界面での応力やひずみの集中が抑制されるため、オン電流、オンオフ比などのトランジスタ特性にほとんど変化がない。日常生活で起こりうる負荷の中でも厳しいと考えられる、ハイヒールで踏まれるという大きな圧力に対しても壊れずに特性を維持している。
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図3 ハイヒールで踏まれるトランジスタ(背景)と踏まれる前後の性能(右下) |
今後はトランジスタだけではなく、柔らかいセンサーやエネルギーデバイスと統合することで、医療用の人体圧力分布センシングシステムなど、ヒューマンモニタリングシステムの開発を行う。これにより衣類のように身に付けることができ、身体に負担を与えない、人間に優しい電子デバイスを開発していく。