独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)サステナブルマテリアル研究部門【研究部門長 中村 守】高耐久性材料研究グループ 穂積 篤 研究グループ長、浦田 千尋 研究員は、各種粘性液体や氷の付着を大幅に抑制できる表面処理技術を開発した。
現在、はつ液処理(はっ水とはつ油処理)の多くは、有機フッ素化合物による処理や表面の微細加工に依存している。しかし、有機フッ素化合物は製造コストや廃棄コストが高く、微細加工は特殊な装置や長い加工時間を必要とする。このため、有機フッ素化合物や微細加工に依存しない安価なはつ液処理技術が求められている。
今回開発したはつ液処理技術では、樹脂やゲルにみられる離しょうやブルーミングという現象を利用している。はつ液成分を含むゲルを固体表面に形成すると、ゲルから離しょうによってはつ液性分が表面ににじみ出して薄い層を形成し、優れたはつ液性能を示す。表面に形成されたはつ液層と親和性のない液体は、粘性液体であっても表面に付着できずにスムーズに滑落していく。この処理技術は特殊な装置や反応条件を必要とせず、塗液を塗布するだけで成型できる。また、処理後の表面は透明であり、大面積化(A4サイズ)も可能である。
今回開発した表面処理技術により、 さまざまな粘性液体の付着の抑制や氷の付着力を低減できるため、包装容器、金型、船底、取水口、建材など、粘性液体や氷が付着しやすい固体表面への使用が期待できる。意匠性の維持、コスト削減、エネルギー消費の削減、メンテナンスの簡易化、安全・信頼性の向上が期待される。
この技術の一部は、平成26年12月12日に大阪科学技術センター(大阪府大阪市)で開催される第三回ネイチャー・インダストリー・アワード、および、平成27年1月28日~30日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催される第14回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議(nano tech 2015)の産総研ブースで発表予定である。
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今回開発した表面処理技術とはつ液の様子
(粘性液体のモデル液体としてウスターソースを使用) |
エネルギーや資源に乏しい我が国では、省エネルギーや省資源に資する新しい材料や製造プロセスが求められている。固体表面に液滴が付着すると、内包物の損失、表面の腐食や劣化、外観の悪化、視認性の低下、流体抵抗の増加などの原因となり、装置・機器の安全性や信頼性を著しく損なうことから、液滴除去性能や付着防止に優れた表面処理技術の開発が、基礎・応用の観点から盛んに行われている。しかし、これまでの表面処理技術の多くは、有機フッ素化合物による表面処理や表面の微細加工に依存している。より、簡便に安価ではつ液表面を作製するため、これらに依存しない表面処理技術が求められている。
産総研では、有機フッ素化合物による処理や表面の微細加工を用いずに、簡易な手法により、優れたはつ液性を示す表面改質技術の開発に取り組んでいる。これまでに、一般的なはっ水処理剤であるアルキルトリアルコキシシランと、ガラスの原料となるテトラアルコキシシランを原料とする透明な塗膜が、優れたはつ油性を示すことを見いだした(2012年3月13日 産総研プレス発表)。また、メチルシランを主原料とすることでメチルシロキサン骨格の耐熱性を利用して、耐熱性とはつ油性を兼ね備えた透明塗膜も開発している(2013年9月10日産総研プレス発表)。しかしながら、これらの塗膜表面は、純粋な液体(水やn-ヘキサデカンなどの油)に対しては優れたはつ液性を示したが、マヨネーズやソースなどの粘性液体には効果を示さない場合があった。さらに、これらの表面で氷が形成すると、塗膜表面へ氷が強く付着するため、氷の剥離は困難であった。そこで、これら粘性液体や付着氷に対し、付着抑制効果や付着力を低減させる表面処理技術の開発に取り組んだ。
なお、本研究開発の一部は、文部科学省の科学研究費補助金「新学術領域研究(24120005)」による支援を受けて行った。
今回開発した表面処理技術は、ゲルや樹脂にみられる、離しょうという相分離現象を利用している。一般的に製品の外観を悪くすることから、これまでの研究の多くは離しょうやブルーミングを抑制することに主眼がおかれてきた。今回、この相分離現象を積極的に利用・制御して、離しょう液(はつ液液体)の薄い層を表面に形成させて、難付着性に優れた表面処理を実現した。この表面処理では、柔軟性、透明性に優れたポリジメチルシロキサン(シリコーン樹脂)を骨格成分とし、シリコーン樹脂の原料とはつ液性を示す液体を触媒とともに混合し、これを塗布して成型した後、硬化処理を施している。作製直後の固体表面は透明であったが、時間経過とともに、はつ液液体の離しょうが観察された(図1a)。離しょうによってはつ液液体の薄い層が形成された表面からは、さまざまな粘性液体(身近な粘性液体として、マヨネーズやソースなどの調味料を使用)がスムーズに滑落した。一方、はつ液液体を含まない単体のシリコーン樹脂や離しょうを示さないゲル表面では、これらの粘性液体が強く付着した(図1b、c)。
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図1 (a)今回開発した離しょうゲルと離しょうしないはつ液成分を含むゲルの離しょうの様子。(b)離しょうゲルのはつ液性の様子(各試料は約20°に傾斜、 (I)および(II)はそれぞれ、マヨネーズとソースの滴下位置)。(c)はつ液機構の模式図 |
シリコーン樹脂とはつ液液体の親和性を精密に制御すると、離しょう挙動が温度応答性を示した。図2aに示す湿潤ゲルは、常温では離しょうしないが、氷点下になると離しょうが観察され、この離しょう挙動は可逆的であった。また、この表面では、氷の付着力が極めて小さいため、このゲルの表面で凍結した氷柱(付着氷)は、わずかな傾斜で表面を滑落した(図2b)。つまり、このゲルでは降雪時のような寒冷時にだけ離しょうが起こるため、温暖時は、離しょうによるはつ液液体の無駄な流出を抑制できる。
はつ液液体として、水と反応して自発的に超はっ水表面を形成するオクタデシルトリクロロシラン(ODS)を用いると、離しょうしたODS分子が空気中の水分子と徐々に反応し、ゲル表面にハスの葉のような凹凸構造を形成した(図2c)。この表面は、ハスの葉と同様に水滴の接触角が150°以上となり、超はっ水性を示した。このゲルを切断すると、内部断面は透明なままであったことから、離しょうしたODS分子だけが空気中の水分と反応したことがわかった。さらに空気中で静置すると、切断表面は徐々に白化し、超はっ水表面となることから、このゲルは自己修復機能をもつことがわかった。
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図2 (a)温度を利用した離しょうの可逆的制御の様子、(b)温度応答性離しょうゲル表面上における滑氷の様子(氷柱は円筒容器内で作製)、(c)ODSを含有したゲルの超はっ水表面の自発的形成およびその自己修復(スケールバー:10 µm) |
今回開発した表面処理技術の最大の特長は、さまざまな粘性液体や氷に対して優れた難付着性を示す点にある。さらに、透明性に優れているため、包装分野以外にも、農林・水産、建築・土木などの幅広い分野での応用が期待できる。例えば、発電所取水口や船体には海藻やフジツボなどが付着しやすく、これにより熱伝導性の低下や流体抵抗の増加が生じて大きなエネルギー損失となっている。今回開発した表面処理技術により、これらの生物の付着抑制効果が期待できる。また、氷雪の付着力を大幅に低減できるため、積雪によるビニールハウスの倒壊防止、豪雪地域での家屋保全や落氷雪による危険性の低減、列車や航空機の安全運行や雪害対策への応用が期待できる。
協力企業と連携し、用途・基材に適したゲル組成の選定・最適化や、安全性の確認、硬度の改善、量産化に向いた塗装方法の模索等の課題をクリアし、3年以内の実用化を目指す。