発表・掲載日:2012/03/05

各地の空間放射線量データを統合してマッピング

-さまざまな形式のデータを簡単に標準形式に変換-

ポイント

  • 多くの人が空間放射線量のデータを容易に登録でき、地図上に表示させることが可能
  • 空間放射線量の分布や変化を確認し、放射線被ばくリスクを認識できる
  • 多くのボランティアの参加で、より効率的・継続的なデータ統合を期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)社会知能技術研究ラボの橋田 浩一 研究ラボ長および和泉 憲明 主任研究員は、産総研所内プロジェクト「MEMS技術を用いた携帯型放射線検出器の開発とその応用」において、多くの市町村等が個々のデータ形式で公開している空間放射線量を簡単に統合して地図上に表示できる、放射線量マップシステムを開発した。

 このシステムでは、産総研で開発している集合的標準化の技術に基づいて、利用者がパソコンなどによってさまざまな空間放射線量のデータを登録し、それらを統合して地図上に表示することが簡単にできるため、Wikipediaのように多くのボランティアが参加することで、大規模なデータの統合を継続的に運用することが容易になる。また、個人が計測したデータを含む多様な放射線量のデータを統合することで、データどうしの照合などによる信頼性の統計的な検証も可能である。放射線量の高い場所の情報を共有できることで、個人の放射線被ばく量が低減し、住民の生活の安全への貢献が期待される。

放射線量マップシステムの仕組みと画面の図
図1 放射線量マップシステムの仕組みと画面
http://i-content.carc.jp/ustore/manual/radiation/

開発の社会的背景

 平成23年3月の東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故は、福島県を中心に放射性物質を広く拡散させた。拡散の状況は、風向きや天候のほか、枯れた落ち葉が堆積する、雨水が溜まりやすいといった地形的な影響によっても異なるため、局所的に放射線量の高い場所が存在する。このため、各個人(特に児童・生徒)の放射線被ばく量や生活の中でどのような場合に放射線被ばく量が高いのかを知りたいという要望が高まっている。

 多くの市町村等が公開している放射線量のデータを統合したり個人から放射線量のデータを収集したりして地図上に表示するといった試みはすでに多数行われている。しかし、現状では市町村等のデータは形式がまちまちであり、統合するにはITの専門家による高度な作業が必要なため大きなコストがかかり、大規模かつ長期にわたって統合作業を継続することが難しい。また、個人からのデータの収集も多くのサイトで個別になされており、全体としては統合されていない。これらのデータを集約し統合する効率的で持続可能な仕組みが必要である。

研究の経緯

 産総研では、個人が自ら放射線被ばくリスクを管理できるようにするため、産総研の研究ポテンシャルを結集した所内プロジェクト「MEMS技術を用いた携帯型放射線検出器の開発とその応用」を立ち上げて研究開発を進めている。その中で空間放射線量を日常的に記録できる個人向け放射線量計を開発した(2012年2月13日 産総研プレス発表)。これを用いて取得したデータを含む多くのデータを集約して範囲を広げ信頼性を高めて社会的に共有し活用することが求められる。

 そこで、多様な形式で作成され公開されている空間放射線量のデータを統合するプログラムを上記プロジェクトにおいて開発した。これは、ITの非専門家でもデータを簡単に登録でき、それによって統合されたデータを地図上で視覚化する放射線量マップシステムであり、産総研が培ってきた集合的標準化技術を放射線量データに適用したものである。

研究の内容

 現在、約500の自治体や国の機関が空間放射線量のデータをPDFファイルなどの形式で公開している。これらは非常に測定地点が多い車載線量計のデータを除いても10万地点以上のデータを含み、放射線量マップのデータソースとなるべきファイルは1,000個を優に越える。これまではデータの登録や変換のためにITの専門家による作業が必要であったが、今回開発した放射線量マップシステムは、非専門家にもその作業が行えるようにし、大規模かつ長期にわたるデータ統合を容易にする。1つのデータソースを登録して変換の方法を設定するのに要する作業時間は、要領がわかっていればほとんどの場合に10分以下と考えられる。

 多くのデータを統合することができれば、市町村等の間でのデータ測定の密度や更新頻度の比較、線量の変化の可視化などが容易にできる。たとえば、放射線量のデータは市町村等のデータソースごとに、表の形式やデータの並び方などが異なって公開されている。このような表を統合すると、図2の地図のように時間の経過に伴う放射線量の減少を可視化できる。

左から2011年6月下旬、2011年10月下旬、2012年2月上旬の茨城県つくば市近郊の線量の図
図2 左から2011年6月下旬、2011年10月下旬、2012年2月上旬の茨城県つくば市近郊の線量
つくば市とつくばみらい市がウェブサイトで公開している放射線量データをもとに作成。
この場合では濃い青になるにつれて線量が少ないことを表している。

 このシステムでは、図3のようなインタフェースを用いて各データソースを簡単に放射線量マップシステムに登録できる。

データソースの登録の図
図3 データソースの登録

 各データソースのデータを標準形式に変換するプログラム(変換スクリプト)は、図4のようなインタフェースによって作成する。各データソースは何らかの表であり、その形式(どの列がどんなデータを含むかなど)に応じて標準形式に変換する必要がある。そのため、多種多様な形式の表を簡単なスクリプトで処理できるようなスクリプトの体系を設計・実装した。ほとんどのデータソースはPDFファイルとして公開されているため、現在は登録の対象をPDFファイルに限っているが、扱える表の形式は多様である。

変換スクリプトの作成の図
図4 変換スクリプトの作成
左は位置、右は放射線量や日時を扱うもの

 放射線量のデータを地図上に表示するには、各測定地点の経緯度の情報が必要である。経緯度は既存の無料サービスによって住所などから自動的に求まることが多いが、正しく求められない場合には図5のようなインタフェースによって経緯度を簡単に修正できる。

周期的液晶配向構造のジグザグ欠陥部分に捕捉されたシリカ微粒子図
図5 測定地点の経緯度の修正
住所から経緯度を大まかに求めたりマーカーを動かして微調整したりできる。

 以上のようにこのシステムでは、これまで大きなコストがかかっていたデータの統合作業を簡単化することによって、多数の非専門家による作業を可能にし、大規模なデータ統合を長期にわたって継続的に行うことができる。

今後の予定

 産総研所内プロジェクトでは、空間放射線量のデータを数か月にわたり蓄積できる携帯型線量計を開発しており、今後それらを含む個人用放射線量計のデータも放射線量マップに簡単に登録できるようにする予定である。住民の放射線被ばくリスクを管理するには、個々人の被ばく線量を直接評価する必要があり、それには多くの住民が放射線量計を携帯するのが有効である。それらのデータも放射線量マップに集約してデータの信頼性と密度を高め、社会的に共有することで、放射線被ばくリスクの低減に役立てたい。

 個人用放射線量計のデータは個人の放射線被ばく量を示す高度なプライバシー情報であり、個人や家族が管理すべきものである。現在、そのような個人データを本人または家族が個人用クラウドを用いてプライバシーを守りつつ簡単に蓄積・管理できるようにするためのスマートフォンなどのアプリ(PLR)の開発も進めている。個人はPLRのデータを図6のように、自分や家族の判断でサービス事業者に開示し、そのデータの分析に基づくサービスを受けることができる。これにより、良いサービスと開示する情報を個人が自由に選べるので、事業者間の競争によってサービスの質と国民の健康と安心が持続的に向上するだろう。また、個人がデータを蓄積・管理するので、サービス事業者は大量の個人データの蓄積・管理に伴うリスクとコストを回避できる。

PLR(個人生活録)と放射線被ばくリスク管理サービスの図
図6 PLR(個人生活録)と放射線被ばくリスク管理サービス

 PLRを介して放射線量マップシステムに個人用線量計のデータを簡単に登録できる仕組みを平成24年7月中に構築し、そのデータの信頼性を検証する機能を平成24年9月中に実現する予定である。放射線量マップに市町村等のデータを集約し続けるため、ボランティアとして多くの方々に協力いただきたい。今後、ソーシャルメディアの仕組みを用いてボランティアを募ることも考えている。


用語の説明

◆MEMS
微小電気機械システム(micro electro mechanical system)。電気回路(制御部)と微細な機械構造(駆動部)を1つのシリコン(Si)基板上に集積したデバイスであり、半導体製造技術やレーザー加工技術など各種の微細加工技術を用いて製造される。情報通信、医療・バイオ、自動車など多様な分野における小型・高精度で省エネルギー性に優れた高性能のキーデバイスとして期待されている。[参照元へ戻る]
◆集合的標準化
データの標準形式と、個別の形式から標準形式への変換の方法を、多数の利用者が協調して保守・拡張する技術。センサーの特性やデータの形式の違いを解消して個別のデータを標準的な形式に変換することで、統合的に検索したり分析したりすることが可能になるが、個別データの種類が多い場合にはその変換に大きなコストがかかる。集合的標準化では、各種データの標準形式への変換方法をITの非専門家でも簡単に利用できるようにすることで、多数の利用者の集合知によって幅広い個別のデータを統合できる体制を持続的に運用する。[参照元へ戻る]
Wikipedia
非営利団体のウィキメディア財団(Wikimedia Foundation)が主催している、利用者が自由に執筆できるインターネット上のフリー百科事典。 [参照元へ戻る]
◆放射線被ばく量
専門用語では線量当量といい、放射線による生物の細胞への影響の度合いを表す量。単位はシーベルト。[参照元へ戻る]
◆スクリプト
通常のプログラミング言語よりも簡便な言語で書かれるプログラムの一種。その言語はスクリプト言語と呼ばれ、例としてJavaScriptRubyがある。[参照元へ戻る]
◆個人用クラウド
クラウドサービス(ネットワーク越しにハードウェアやソフトウェアやデータを利用する仕組み)のうちで個人が利用するもの。主としてデータの格納に用いられるものが多い。[参照元へ戻る]
◆PLR
個人生活録(personal life repository)。個人や家族が本人の個人属性や行動履歴などのデータを個人用クラウドに蓄積して管理し、自らの判断に基づいてそのデータを他者と共有するための個人用情報ツール。[参照元へ戻る]

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