独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)計測フロンティア研究部門【研究部門長 秋宗 淑雄】極微欠陥評価研究グループ 鈴木 良一 研究グループ長は、ダイヤライトジャパン株式会社【代表取締役 羽場 方紀】および株式会社ライフ技術研究所【代表取締役 石黒 義久】と共同で、カーボンナノ構造体の冷陰極電子源を用いた実用的な可搬型X線源を開発した。
このX線源は、カーボンナノ構造体の電界電子放出現象を利用するためヒーターやフィラメントが無く、予熱が不要で、必要な時にすぐX線を発生できる。また、X線の発生時にしかエネルギーを消費しないため、乾電池やノートパソコンのUSB電源でも非破壊検査や医療診断に使うことのできる100キロ電子ボルト以上のX線を発生できる。さらに、10キロワット以上の電子ビーム出力による高速撮影にも対応でき、迅速なX線検査が可能になると期待される。
本成果は、2009年3月24日~25日に開催される「安全・安心な社会を築く先進材料・非破壊計測技術シンポジウム」にて発表予定である。
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開発したX線源本体部(左図)とX線透過像の一例(右図)
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X線検査装置は、医療診断、構造物の非破壊検査、工業製品の検査、空港等の手荷物・貨物検査など様々な分野で利用されており、安心・安全な社会の実現のためには今後も利用機会が増えると予想される。これらに用いられているX線源は、ヒーターやフィラメントを使って電子を陰極から放出し、陽極のターゲットに入射させてX線を出す方式であり、陰極が一定温度になるまで長時間を要するため、起動時間が長く、また、X線を発生していない時もヒーターに電力を供給するため電力消費が大きい。また、長時間の通電によるヒーター・フィラメントの劣化などの問題がある。特に非破壊検査や医療診断などの可搬性能が望まれる用途場面では、起動時間や電力消費のために利用範囲が制限されていた。
計測フロンティア研究部門では、省エネ型電子加速器の開発および高エネルギーX線の利用研究を行ってきており、2007年には乾電池駆動の電子加速器・高エネルギーX線発生装置の開発にも成功(2007年10月22日プレス発表)し、このX線源の起動時間や総合的なエネルギー効率の改善に取り組んできた。
一方、ダイヤライトジャパン株式会社は、カーボンナノ構造体を用いた冷陰極電子源の開発に成功し、電子放出性能が極めて高い冷陰極電子源の技術を確立し、同社と株式会社ライフ技術研究所はそのX線源への応用の可能性を探っていた。
双方の技術を融合することにより、これまでにない高エネルギーX線装置が実現すると期待されることから、2008年度から「産業技術研究開発事業(中小企業支援型)」により、カーボンナノ構造体高性能冷陰極を利用したX線非破壊検査装置の開発を行ってきた。
開発したX線源本体部(X線管)は、金属とセラミックで封止したメタルセラミック管で、低電力用と高電力用の2種類のX線管を開発した(図1)。このX線管は、カーボンナノ構造体電子源に負の高電圧、ターゲットに正の高電圧を印加して、電子源から放出される電子をターゲットに入射してX線を発生する。開発したX線管は、どちらも最大100キロ電子ボルト以上のエネルギーのX線を発生できる。カーボン系の冷陰極電子源は、電界放出現象により室温でも真空中に電子を放出するが、X線管のような高電界下で用いる場合、電子放出性能が次第に低下することが問題となっていた。この問題を回避するため、カーボンナノ構造体電子源の形状や製造条件を最適化するとともに電子放出を安定化させるための処理法を確立し、通常の使用では問題の無い長寿命化を実現した。さらに、このX線管に乾電池で駆動する高電圧電源を組み合わせ、X線の発生時にしか電力を消費しないようにした。この結果、単三乾電池2本あるいはパソコンのUSB電源でも高エネルギーX線を発生することが可能になった。
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図1 開発したX線管(上:低電力用、下:高電力用)
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開発したX線管は、高圧電源などとともにケースに入れて持ち運び、現場でX線を発生することが可能である。図2は、低電力用X線管および電源等一式を小型ケース(37cm x 13cm x 35cm)に入れた可搬型X線源によるX線透過像撮影の様子を示しており、ケースに入れた状態でX線を発生することが可能である。このX線源は、従来の熱陰極型のX線源と同様に非破壊検査や医療診断等に利用できるが、従来の熱電子放出型のX線源で問題となっていた予熱の時間が不要なため、使いたい時にすぐにX線を発生でき、可搬型のX線源として利便性が高い。
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図2 可搬型エックス線源を用いたX線透過像撮影
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また、開発した冷陰極電子源は瞬間的に大電流を流すこともでき、高電力用のX線管で10キロワット以上、低電力用のX線管で3キロワット以上の電子ビーム出力が得られる。これにより瞬間的に高い線量のX線を発生できるため、1000分の1秒の高速撮影も可能である。
図3~5は、このX線源とイメージングプレートを用いて撮影したX線透過像である。これらはどれも露光時間1秒以下、X線源への投入エネルギーは15ミリワット時以下で撮影している。検出器としては、イメージングプレートの他に、フラットパネル型のX線イメージセンサー等でも撮影が可能である。
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図3 ノートパソコンのX線透過像。
低電力管、露光時間0.5秒。
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図4 碍子(外径約10cm)内金属棒電極のX線透過像。高電力管、露光時間1/100秒。
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図5 電球型蛍光灯のX線透過像。高電力管、露光時間1/1000秒。
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一般的な充電型の単三乾電池は1本あたり2.4ワット時以上のエネルギーを放出できることから、2本で300枚以上の高精細画像の撮影が可能である。このX線管の寿命については、1ショット15ミリワット時の投入電力の撮影を100万ショット以上行っても性能の劣化が無いことを確認している。さらに、このカーボンナノ構造体を用いた冷陰極X線源は、X線透過像撮影以外に、蛍光X線分析など他の用途にも利用できることを確認している。
今後、カーボンナノ構造体電子源を利用したX線源のさらなる高エネルギー・高出力化を実現し、大型構造物の非破壊検査にも使用できるX線源の開発を行うとともに、コンピュータートモグラフィー(CT)用のX線源など様々な用途への応用を目指した研究を行う予定である。