独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)計測フロンティア研究部門【研究部門長 大久保 雅隆】鈴木 良一 副研究部門長 兼 極微欠陥評価研究グループ 研究グループ長、集積マイクロシステム研究センター【研究センター長 前田 龍太郎】伊藤 寿浩 副研究センター長 兼 ネットワークMEMS研究チーム 研究チーム長、先進製造プロセス研究部門【研究部門長 村山 宣光】市川 直樹 副研究部門長は、産総研所内プロジェクト「MEMS技術を用いた携帯型放射線検出器の開発とその応用」において、小型で軽く、名札ケースやポケットに入れて持ち運びでき、長期間の連続使用が可能な放射線積算線量計を開発した。
この放射線線量計開発は産総研のカーボンナノ構造体を用いた乾電池駆動X線源開発の小型化・省エネ化技術を応用したものである。今回開発した放射線積算線量計を用いることで、パソコンなどを通して、日々、個人の放射線被ばく量を知ることができる。放射線量の高い場所を避けることなどによる個人の被ばく量の低減が可能となり、ひいては、住民の安全性向上への貢献が期待できる。
この開発の詳細は、平成24年2月15日~2月17日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催されるnano tech 2012 第11回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議の産総研ブース特別展示「震災に立ち向かうナノテクノロジー」の一環として発表される。
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開発した小型放射線積算線量計(左、中央)と比較のためのSDメモリーカード(右) |
日々の線量を記録できる個人向け放射線積算線量計
平成23年3月の東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所での事故は、福島県を中心に放射性物質を広範な地域に拡散させた。拡散の状況は、風向きや天候の状態のほか、枯れた落ち葉が堆積する、あるいは雨水が溜まりやすいなどの地形的な影響により異なるため、局所的に放射線量の高い場所が存在することなどが特徴としてあげられる。このことから、各個人(特に児童・生徒)がどの程度の放射線被ばくを受けているか、生活の中でどのような場合に被ばく量が高いのかを知りたいという要望が高まっている。
個人用の放射線線量計を一人一人が携帯し、日々の放射線被ばく量を自宅などで手軽に知り把握することができれば、不要な放射線被ばくを避けることが可能となる。特に被ばく量を最小限に止めたい児童・生徒が携帯できる、装着負担の少ない小型放射線線量計の開発が緊急に求められている。
個人用放射線線量計の早急な実用化のため、産総研全体の研究ポテンシャルを結集した産総研所内プロジェクト「MEMS技術を用いた携帯型放射線検出器の開発とその応用」を立ち上げ、研究開発を遂行している。
今回、産総研所内プロジェクトにおいて、小型、低消費電力で、一定時間ごとの線量を記録でき、高線量下ではLEDやブザーによる警告機能を持つ、量産可能な小型放射線積算線量計を開発した。これは産総研がカーボンナノ構造体を用いた乾電池駆動可搬型X線源の開発(2009年3月19日 産総研プレス発表)で培ってきた小型化・省エネ化技術を放射線線量計開発に応用したものである。
開発した放射線積算線量計の本体部はSDメモリーカードよりも小さく、3 Vのボタン電池1個で駆動する(図1)。この本体部に電池やブザーを付けてケースに入れた放射線積算線量計(重量10~20 g)を試作した(図2)。これらの放射線積算線量計を、図3のように名札ケースに入れたり、あるいは衣服のポケットなどに入れて携帯し、放射線線量を計測・記録することができる。
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図1 SDメモリーカードと小型放射線積算線量計本体部 |
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図2 試作した小型放射線積算線量計
①バッジ型、②、③ストラップ穴付き。
①と②は直径20 mm、③は直径24.5 mmの3 Vボタン電池を使用。 |
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図3 名札ケースに入れた小型放射線積算線量計 |
積算線量計の記録は、パソコンなどで電気的に非接触の光通信アダプターを介して読み取り、図4のように放射線の積算の被ばく量や、一定時間(1時間や1日)ごとの被ばく量の推移を知ることができる。
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図4 小型放射線積算線量計の測定記録のパソコン表示画面の例 |
表1に今回開発した放射線積算線量計の主な仕様を示す。測定・表示可能な被ばく量は、0.1 µSv(γ線)からとなっている。この放射線積算線量計は、半導体方式で放射線を検出しているが、半導体方式は衝撃などによるノイズを誤検出する場合がある。そこで、衝撃センサーにより誤検出の可能性の高い信号を除外する機能も備えている。線量と時間データを内蔵する記憶素子に保存し、随時読み出すことにより、その時点での放射線被ばく量を知ることができる。放射線積算線量計の内部では、線量率のレベルも監視しており、ある一定以上の線量率を検出した場合にはLEDの光やブザーの音により装着者に警告することができる。電源は3 Vのボタン電池1個で、直径20 mmのボタン電池なら約2カ月、直径24.5 mmのボタン電池なら半年以上の連続的な使用が可能である。
表1 開発した小型放射線積算線量計の主な仕様 |
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開発した線量計は図5に示すような、個人(特に児童・生徒)の日常生活における放射線の被ばく量を把握する個人向け用途を目的としており、自宅から学校・職場、および公園での遊びやドライブなどの日常行動においての使用を想定している。この放射線積算線量計を携帯することで児童・生徒などが、日々の放射線の被ばく量をモニターし、どのような状況で被ばく量が高いかを把握して対策をとることで、放射線の被ばく量を最小限に止めることができると期待される。
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図5 個人向け小型放射線積算線量計の利用イメージ |
この産総研所内プロジェクトでは、産総研全体の研究ポテンシャルを結集し、今回開発した線量計の技術を基に、さらに複数の放射線検出器を開発している。
1つは、消費電力がきわめて小さい無線チップを組み込んだ無線機能付き小型放射線積算線量計である。データ通信の無線化により、アダプターを使わず直接スマートフォン上で日々の線量がわかるなど、非常に簡便に被ばく量の把握ができるようになる。例えば、児童・生徒などが携帯している線量計の情報を、保護者がスマートフォンで適宜、確認することが期待できる。さらに、無線化による効用としては、較正に掛かる作業コストの大幅低減による、大量の積算線量計の効率的な全量較正の実現がある。将来的には、全量較正された均一な感度特性をもつ無線機能付き小型積算線量計による、信頼性の高い個人被ばく量の把握を目指している。
もう1つは、GPS機能付き携帯型線量率計である。既に文部科学省による放射線分布マップなどで、おおよその放射線量の空間分布は評価されているが、自宅周辺などの局所的な放射線の線量率分布はまだ十分に得られていない。そこで、GPS機能付き携帯型線量率計により、ホット・スポットを含む道路毎などの詳細な線量率マップが実現すれば、例えば個々人が無用な被ばくを避ける行動をとったり、自治体においては効果的な除染計画を策定することができ、地域単位での総合的な被ばく量の低減が期待できる。
放射線検出器について、今後、使い勝手の向上、さらなる省電力化、計測線量値の信頼性の向上などに取り組むとともに、安価に入手できるようにするための量産化技術を確立し、できる限り早い時期の実用化を目指す。