独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)計測フロンティア研究部門【研究部門長 秋宗 淑雄】極微欠陥評価研究グループ 鈴木 良一 研究グループ長、光・量子イメージング技術研究グループ 小池 正記 研究グループ長は、乾電池で動作し、かつシステム全体を容易に持ち運びができる超小型電子加速器システムを開発した。
この超小型電子加速器は、大型加速器と同じように高周波(マイクロ波)を用いて電子ビームを加速する電子線形加速器である。この加速器は、本体部の長さは約20cm、重量は約1.5kgで、単三乾電池10~12本を電源として100キロ(10万)電子ボルト以上の高エネルギー電子ビームおよびX線を1時間以上発生できる。このX線により、1~10分程度で1枚のX線透過像を撮影できる。
この加速器システムは、小型ケースにすべて収まり、片手で容易に持ち運びができることから、作業現場で使うポータブルX線非破壊検査用X線源として期待される。
図1 超小型加速器本体部 |
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図2 システム一式
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社会の安全を確保しつつ環境・資源を守るには、工業製品・各種設備・建造物について、それらの安全性を確認しながら可能な限り長期間にわたって有効に利用することが必要である。この安全性の確認のため、物を壊さないで測る非破壊検査の重要性が高まってきている。特に、建物などの構造物や工場プラント等では、検査したい物を移動することができないので、その場で使用する非破壊検査機器が必須である。X線透過検査法は非破壊検査の主要な方法の一つであり、この検査を現場で行うために可搬型のX線検査装置が市販されている。しかし、これらのX線源は主にX線管に高電圧を印加して電子をターゲットに当ててX線を発生する管球型のX線源である。この管球型のX線源はX線のエネルギーが高くなると高電圧の絶縁部が大きく重くなり、狭い場所に持って行くことができない。そのため、プラントの配管や建造物の狭い場所の非破壊検査を行う場合、管球型のX線源では対応できない箇所が多かった。
これに対し、高周波(マイクロ波)を用いた電子加速器は、空洞共振器に発生する高周波の周期的電場によって電子を加速することから、加速部には大きな絶縁体が無くとも高エネルギー電子ビームを発生できる。さらに、空洞共振器の共振周波数を上げることにより管球型よりも小型にすることが可能であるため、電子加速器技術を用いた超小型X線源の開発が望まれていた。
産総研は、前身の通商産業省工業技術院の時代から約半世紀にわたって電子加速器による高エネルギー電子ビームの発生およびその応用研究を行ってきた。特に近年は電子加速器システムの小型化および省エネ化の研究に重点をおいている。加速器の小型化の研究では、加速周波数を上げることにより加速管の空洞共振器のサイズが小さくなることから、加速周波数を従来のSバンド(2.9 GHz)から、Cバンド(5.7GHz)やXバンド(9.4~11.4GHz)に高めた加速器の開発を行っている。また、放射光リングへの電子入射などに用いている従来型のSバンド電子線形加速器システムにおいて、省エネ化を目的とした改造を行い、電子線形加速器の電力消費量を従来より大幅に(7割以上)減少させた。この加速器の小型化技術と省エネ化技術を超小型電子加速器の開発に応用し、乾電池で駆動できる電子加速器を実現した。
マイクロ波で加速する電子加速器は、電子銃、加速管、マイクロ波源、真空排気装置、真空排気装置電源、パルス発生装置、制御システムなどで構成されている。これは、超大型の電子加速器も、今回開発した超小型の電子線形加速器も同じ構成である。
今回、これらの各コンポーネントの小型化・省エネ化・軽量化を行い、乾電池でも駆動できる超小型加速器を実現した。図1は、電子銃、加速管、真空排気装置、X線ターゲットで構成される加速管本体部で、長さ約20cm(うち加速管は約3cm)、重量約1.5 kgである。この本体部とマイクロ波源や電源等のコンポーネントをすべて合わせても約8 kgである。これらのコンポーネントはすべて小型のケースに収めることができ、片手で容易に持ち運びできる(図2)。この加速器では、約100キロワットの電気パルスを瞬間的(約1マイクロ秒)に発生し、これを加速器の電子銃とマイクロ波発生管(マグネトロン管)に供給する。このマイクロ波発生管で発生した9.4GHzのマイクロ波を加速管に供給することにより、電子ビームを加速する。これにより、100キロ(10万)電子ボルト以上の高エネルギー電子ビームを発生する。この電子ビームを金属ターゲットに入射することにより、X線が発生する。
このシステムは、全消費電力を20W以下とし、広範囲の電源電圧(10V~18V)で動作可能にすることにより、単三乾電池10~12本で1時間以上X線を出すことができる。このX線にイメージングプレートや高感度X線カメラなどのX線イメージングシステムを組み合わせることにより、X線による非破壊検査が可能である。なお、この超小型加速器を用いたX線検査装置は、従来の非破壊検査用X線検査装置と同様の手続き・管理が必要である。ただし、装置表面(ターゲットのX線出射口直後)において実効線量を1ミリシーベルト/週 以下にすることができるため、X線検査業務において「管理区域」の設置は必要であるが、「立入禁止区域」の設置をせずに放射線業務従事者の資格のある者であれば装置周辺で作業することができる。
図3~図5は、この超小型加速器X線源とイメージングプレートを用いて撮影したX線透過像である。図3は、保温材付き配管試験体の透過像である。保温材ではX線はあまり吸収されないことから、保温材に覆われて外からは見えない配管の外形を非破壊で見ることができる。この配管(外径49mm)は図の矢印の部分に1mm程度の凹みをつけており、露光時間が2.5分を超えると凹みを認識できるようになる。図4は、X線画像の解像度測定用テストチャートを露光時間を変えて撮った透過像である。1分の露光時間でテストチャートの1mmあたり2本のラインが見え始め、5分の露光時間で1mmあたり4本のラインを識別できるようになる。 図5は、パソコンの周辺機器の一部で、外からは見えない0.2mm程度のワイヤーやパターンなどの細かい構造を見ることができる。このように、X線透過像を得るための露光時間は測定対象物によって異なるが、通常1~10分程度の露光時間でX線の透過像を撮ることができる。
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図3 保温材付きステンレス配管試験体(ステンレス配管の外径49 mm, 保温材の厚み10mm)のX線透過像。矢印の部分に凹み。露光時間2.5分 |
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図4 解像度測定用テストチャートのX線透過像。(左)露光時間1分、(中央、右)露光時間5分。右図は、中央の図の中心部を拡大したもの。 |
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図5 パソコン周辺機器のX線透過像 |
今回開発した超小型加速器は、原理実証を目的にした試作機である。今後、さらなる小型化・軽量化・高エネルギー化を進め、現場での非破壊検査などに利用しやすい加速器の開発をめざしていく。