独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)計測標準研究部門【研究部門長 岡路 正博】時間周波数科 波長標準研究室 洪 鋒雷 室長および 稲場 肇 主任研究員が開発した光周波数コム装置が、日本の「長さ」の計測器の頂点に位置する国家標準(特定標準器)に指定された(2009年7月16日)。
これまで、日本の計量法に定められた長さの国家標準(特定標準器)は、産総研にある「よう素安定化ヘリウムネオンレーザ」であったが、今回、最新技術である光周波数コムを採用した「協定世界時に同期した光周波数コム装置」が、長さの国家標準として指定された。その結果、長さの国家標準として発生する「波長(真空中)」が従来に比べ300倍高精度化された。また、従来の波長(633 nm)に加えて、光周波数コム装置では、これまで難しかった光通信帯の波長(1.5 µm)などの波長にも適用が可能となり、高速光通信技術など産業界への波及効果も期待される。
日本の計量法では、産業界・社会で適正な計量が実施できるような計量トレーサビリティ制度が定められており、そこでは、国家標準(特定標準器)が指定され、校正事業者が国家標準にトレーサブルで確実な校正サービスを供給する仕組みとなっている。今回の特定標準器の変更により、最上位の国家標準の精度向上および計量トレーサビリティ制度に組み込まれる計測器の範囲の拡大が期待される。
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新たな国家標準「協定世界時に同期した光周波数コム装置」
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長さの単位であるメートルの定義は、「国際メートル原器」(1889年~1960年)、「クリプトン86の波長」(1960年~1983年)、「光速による定義」(1983年~現在)と変遷し、それに伴い、日本の長さの国家標準は、「日本国メートル原器」(1889年~1960年)、「クリプトンランプの波長」(1960年~1983年)、「よう素安定化ヘリウムネオンレーザ」(1983年~2009年)と変更されてきた。
現在の長さの定義は、1983年の第17回国際度量衡総会で決定された「299 792 458分の1秒間に光が真空中を伝わる距離」である。定義に忠実な波長の直接測定は困難であったため、これまでは、「よう素安定化ヘリウムネオンレーザ」の国際機関による勧告値を採用し、その正確さは、国際比較により確保していた。現在でも、多くの国では、この方法が用いられている。
これまで困難であった定義に忠実な波長測定に対し、1999年から2000年にかけ、米独を中心に超短光パルスレーザーによる「光周波数コム」を用いた光周波数絶対計測の提案がなされた。この技術は困難だった光周波数計測を定常的に行えるようにするものである。この成果により、米ホール博士と独ヘンシュ博士が2005年ノーベル物理学賞を受賞している。
光周波数コムを用いると、広い範囲の波長に対して、波長標準を設定できること、不確かさを大幅に低減できることが予想されたため、産総研では精力的に、開発を行ってきた。
日本では、計量法および関係法令により、産業界・社会で適正な計量が実施できるような計量トレーサビリティ制度が定められている。そこでは、長さ、質量、温度、電圧といった測定量ごとに、国家標準(特定標準器)が指定され、国家標準により校正事業者の所有する標準器を校正し、校正事業者が国家標準にトレーサブルで確実な校正サービスを供給する仕組みとなっている。産総研では、計量法に基づきさまざまな測定量の特定標準器を維持・管理し、校正事業者に対する校正サービスを実施するとともに、新たな測定量や測定範囲に対応する特定標準器の開発や、精度をさらに高める研究開発を実施している。このような特定標準器の整備により、さまざまな産業分野において、計量トレーサビリティの確保が可能となるとともに、精度の高い標準を供給することにより、産業界においても精度の信頼性の高い測定が可能となっている。
今回開発した「光周波数コム装置」は、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 産業技術研究助成事業費助成金による課題「モード同期ファイバレーザによる広帯域光コムを用いた光周波数計の開発」(平成18~21年度)などにおいて得られたものである。
チタンサファイアレーザーなどの固体レーザーを用いた光周波数コム装置(2005年3月23日プレス発表)をさらに発展させ、「モード同期ファイバレーザ」を利用した光周波数コム「ファイバコム」を採用した装置を開発した。
新方式の装置の開発を受け、経済産業省の計量行政審議会での審議、経済産業省によるパブリックコメント制度による意見募集を経て、計量法第134条に基づき、平成21年7月16日、経済産業大臣により「協定世界時に同期した光周波数コム装置」が長さの特定標準器として指定された。
本装置は、従来の「よう素安定化ヘリウムネオンレーザ」に比べ下記のような3つの優位性を持っている。
(1)精度向上(不確かさ低減)
長さの国家標準として発生する「波長(真空中)」が従来に比べ300倍高精度となった。
(2)複数の波長に対応
これまでは、633 nmの波長のレーザーの校正しか行えなかったが、光通信帯の1.5 µm帯および短波長域の532 nmのレーザーの校正も可能となった。
(3)堅ろう性
装置の寿命や動作の信頼性などについても、従来のレーザーをしのいでいる部分があり、これまでよりも、さらに確実な標準供給が可能となった。
今回、「協定世界時に同期した光周波数コム装置」が特定標準器となり、これによる校正サービスが開始されることにより、新たに校正サービスの対象となった波長安定化レーザーの信頼性が向上し、その結果、新しい光通信技術や安価な精密測長機などが現れると予想される。
今後はニーズに応じて、他の波長帯に対応する校正サービスも実施する予定である。そうなれば、さらなる短波長や長波長の校正も可能になり、半導体のピッチ長の測定精度の向上や、テラヘルツの精密計測が可能となるなど、産業界に寄与できる。