独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)計測標準研究部門【部門長 田中 充】は、文部科学省 科学技術振興調整費による課題「ブロードバンド光シンセサイザの開発」(平成14~16年度)【研究代表者 計測標準研究部門 松本 弘一 副部門長】により、原子時計と光コムを利用した光周波数計測技術の信頼性や性能の向上を実現した。これにより、2005年2月15日より光周波数の校正サービスを開始した。
「光コム」とは、超短パルスレーザによって発生させられた多くの色成分を含んだ光である【図参照】。これらの色成分は規則正しく並んでおり、その間隔を決めるのにセシウム原子時計を用いることで、正確な「光のものさし」として利用することができる。この「光のものさし」の応用の一つとして、光の周波数計測がある。
今までは同じ色のレーザどうしの比較という形でしか同等性を確認できず、周波数の絶対値を知ることも困難だった。この技術により、レーザの周波数を測ることができ、同等性について常に検証できるようになった。
さらに、光コムの全ての色成分は同じように正確であるので、様々な色やタイプのレーザが、長さの基準レーザとして使えるようになる。
今後、この技術は、半導体のピッチ長測定用レーザにも適用可能で、加工精度向上など、半導体産業への寄与も期待される。
光周波数を計測することは、古くは光速度測定のために必要なテーマであり、光速度が定義となった現在では、長さの定義の実現のために不可欠な技術である。1999年頃まで、レーザの周波数を測定するためには、1部屋を埋め尽くす程の装置と数人の研究者が必要だった。その難易度の高さから、1990年代に光周波数計測を定期的に行えていたのはわずか数カ国のみであった。産総研では、1980年代より長さの国家標準としてよう素安定化ヘリウムネオンレーザの波長を維持供給し、レーザ周波数の国際比較を通じて正確さを保っていた。
5年ほど前、超短パルスレーザによる「光コム」を用いた光周波数絶対計測の提案がなされたことにより、この分野において極めて大きな技術革新が起こった。その後、産総研もドイツやアメリカの研究所に次いで光コムを用いた光周波数計測を実現した。
今回の成果は、文部科学省 科学技術振興調整費による課題「ブロードバンド光シンセサイザの開発」において得られたものである。
今回、原子時計から光コムへの信号伝達における雑音の低減、光学系・制御系の最適化および防塵などでさらに信頼性や分解能を向上させたことにより、2005年2月より「広帯域光周波数」の校正サービスを開始した。
光の周波数は数百テラヘルツ(1テラヘルツは1兆ヘルツ)と極めて高く、直接電気信号に変換することはできない。そこで光ビートを利用する。すなわち、周波数がf1とf2の光を混ぜた時、周波数f1-f2が十分低ければ光ビートとして観察できることを利用する。光周波数計測は、この光ビートの測定を組み合わせることによって行う。
超短パルスレーザが発生する光は、光コムの模式図にあるような繰り返し周波数(frep)で決まる間隔を持った細いスペクトル成分の列となる。これらのスペクトル列は、形状が櫛に似ていることから、「光コム(Comb)」と呼ばれる。光コムはその間隔が極めて均一であり、この間隔の周波数に、「秒」の定義であるセシウム原子時計の周波数を使えば、光コムを「光周波数のものさし」として利用することができる。特に、1オクターブ(倍周波数)を超える広がりを持つ光コムの場合、条件を選ぶと、各コムの周波数をfrepの整数倍にすることができる。この状態では、マイクロ波周波数frepと光周波数nfrepが完全に整数倍の関係になっており、frepと整数値nのみによって光周波数を決めることができる。あとは、測りたいレーザと光コムとのビートfbeatを測定すれば、測りたいレーザの周波数flaserはnfrep + fbeatとして求めることができる。
原子時計の安定な信号を、その安定度を損なわないように光コムの各成分nfrepに変換するためには、原子時計→「光のものさし」の目への変換(過程A)→光コムの制御(過程B)→光コムによるn倍(過程C)という道筋をたどる必要がある。今回我々は、そのボトルネックとなっていた(過程A)および(過程B)について詳細に調べ、改善を行った。その結果、我々が保有するもっとも安定な原子時計を基準に用いて、もっとも安定なレーザを測定しても、この「光のものさし」が信号を劣化させないことを確認した。
さらに、光周波数計測は「光ビート」の周波数カウントを組み合わせて行うため、「光ビート」信号のS/N(信号対雑音比)が重要である。そのS/Nが長時間にわたって安定するように、調整ポイントを増やしたり損失の少ない光学素子を採用したりするなど、光学系の最適化を行った。また、S/Nが低い信号でも間違いなく測定できるように、周波数カウンタのミスカウントをチェックする方法を導入した。
これらの改善により、光コムを利用した光周波数の校正サービスを開始することが可能となった。これにより、光コムがある帯域ならばどの波長のレーザでもその絶対値が測定できるため、緑や黄色など様々な波長のレーザであっても、半導体レーザや固体レーザなどどのようなタイプのレーザであっても、技術的には長さの基準レーザとして使えるようになる。
この校正サービスを供給開始することで、長さ標準に用いられるレーザの信頼性が向上する。また、これまで校正できなかった緑のガスレーザや各色半導体レーザといった様々なレーザが精密測長用の基準レーザとして利用できるようになる。その結果、安価な精密測長機や、より小型の製品などが現れることが予想される
現在の長さの国家標準(特定標準器)は波長633 nmのよう素安定化ヘリウムネオンレーザであるが、光コムによる光周波数校正技術では、今後はどのような波長、そしてどのようなタイプのレーザでもその絶対波長(光周波数)を決めることができるため、様々な波長標準の実現が可能になる。これに伴って、これらの波長標準を用いた長さ計測技術等への応用が可能である。さらに、将来さらに波長の短い紫外レーザ(波長193 nm)の光周波数校正が可能になれば、半導体のピッチ長の測定精度が向上し、半導体産業への寄与が期待される。
一方、光コムの出現により、光周波数域で周波数標準を実現する研究が盛んに行われており、将来、ポストセシウム原子時計として、1億年に1秒も狂いを生じない「光時計」の出現も予想されている。