独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)エネルギー技術研究部門【研究部門長 長谷川 裕夫】超電導技術グループ 山崎 裕文 研究グループ長らは、分散電源が数多く導入された時に発生する恐れのある事故電流(短絡(ショート)など)による電力関連設備の破損防止の対策として有望な限流器の実現に向けて、超電導酸化物薄膜を用いた独自方式の限流素子を500 V/200 A 級に大容量化することに成功した。
超電導薄膜限流素子は、産総研が開発した塗布熱分解法(MOD 法)で作製した超電導薄膜を用いており、通常時は電気抵抗がゼロの大面積超電導薄膜に高抵抗率の金銀合金層を付けることにより、同じ長さの従来素子(純金層利用)の4倍以上の電圧をかけることができる。このため、高価な超電導薄膜の必要量が1/4以下となり、大幅な低コスト化が期待できる。
液体窒素で冷却された素子は、237 A(実効値)の電流を電気抵抗ゼロで流すことができた。高電圧をかける試験を行ったところ、限流素子がなければ 2.26 kAになる事故電流を瞬時に1/3以下に抑制し、わずか 20 cm 長にもかかわらず 500 V 以上の高電圧で5サイクル通電できた。このモジュールを8つ直列につなげば、3相6.6 kV/200 A 級限流器の1相分を製作できる。これにより実用規模(数kV/数100A 級)の低コスト・コンパクト・低損失で、高速応答する超電導限流器実現の見通しが得られた。
本研究開発の詳細は、2009年5月 13~15日に早稲田大学で開催の低温工学・超電導学会、6月11~12日に京都大学で開催の超電導応用電力機器研究会(電気学会)で発表される。
近年、風力など自然エネルギーを利用した分散電源(中小規模の発電設備)が各地に建設されつつある。このような分散電源が既存の電力網に数多く接続(連系)されると、万一の短絡(ショート)事故時に電力網に流れる電流が増大するため、電力関連設備が破損するような事態が生ずる恐れがある。それを未然に防ぐ有効な対策として、瞬時に事故電流を抑制する限流器の導入が期待されている。また、自家用発電機を有する需要家が商用電力系統に連系している場合に、事故時の瞬時電圧低下対策として限流器を導入する例もある。
今後、風力発電のように気象条件で発電量が左右される不安定な電源をこれまで以上に既存電力網に接続するには、過大な事故電流に対する対策が極めて重要な課題となる。なお、風力発電の場合、常時供給できる出力と発電機の最大容量との乖離が大きいが、短絡事故電流は発電機の最大容量を基準として計算するため、事故電流の増大の問題は、火力発電よりも大きな課題となると予想される。
超電導薄膜を用いた限流器は、通常時はゼロ抵抗で、臨界電流以上の過電流が流れた時には高抵抗となって過電流を抑制する機能を持つ。すなわち電力網の事故電流を瞬時に抑制することのできる新しい電力機器であり、分散電源の導入を促進する立場から、低コストかつ高信頼性の超電導限流器の実現に対する社会的な要請は非常に高い。しかし、超電導限流器に用いられる超電導薄膜が高価であることが実用化のボトルネックとなっている。
金属基材の次世代超電導テープ線材を用いた限流器の開発が各所で行われているが、薄膜の全長と比較して100倍程度長い線材が必要であり、コスト・サイズ・通常時の損失の観点から、薄膜限流器より不利と考えられる。
薄膜限流素子の技術的な問題点として、短絡事故直後において、最初にクエンチした(超電導状態でなくなった)部分で局所的に温度が急上昇して薄膜が焼損するというホットスポット現象がある。産総研では、従来用いられていた純金よりも1桁近く抵抗率の高い金銀合金を超電導薄膜に蒸着して分流保護層とし、かつ、安価な無誘導巻き分流抵抗を並列接続する構成によってホットスポットを防止する素子を2004年11月に提案した(図1)。小容量の素子において限流試験に成功し、超電導薄膜の抵抗を高く保ったことから、従来の素子と比較して単位長さ当たりに許容される電圧(許容電界)を4倍以上にすることができた。これにより必要とされる超電導薄膜の長さを4分の1以下に低減し、限流器のコストを大きく下げられることを示した。
限流器は電力系統の事故電流の抑制のために用いるものであり、超電導薄膜限流器で想定される定格電流は、配電系統で用いる小容量のものでも 200 A 以上、66 kV 以上の送電・基幹系統では 1 kA 以上である。したがって、より幅広の薄膜を用いたり、並列接続したりして、電流容量を増大させる必要がある。電流容量の増大に伴ってホットスポットの問題が深刻になることがわかったが、それを解決するため、図1の素子における外付け抵抗の過電流分流機能を補完するべく、薄膜と並列に市販のコンデンサーを接続した(図2)。外付け抵抗とコンデンサーは、超電導薄膜と同様、液体窒素中に配置する。定格電流 136 A(実効値)に対応する幅広薄膜を用いて図2の構成の限流素子を作製して試験したところ、どの箇所も破損することなく、高い許容電界が確認された。超電導薄膜がクエンチした直後の電圧上昇が急激なため、コンデンサーが小容量であっても大きな電流が流れ込み、薄膜の電圧上昇を抑制して、ホットスポット対策に有効であることが実証された。
図1 独自方式の超電導薄膜限流素子の概念図
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図2 コンデンサーの並列接続によるホットスポット抑制
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次に、塗布熱分解法(MOD法)で作製した大面積超電導 YBa2Cu3O7 (YBCO) 薄膜(有効長 6 cm)2枚を超電導テープで並列接続し、さらに外付け抵抗とともに小容量のコンデンサーを並列接続した限流素子を作製した(図3)。約 260 A の電流を電気抵抗ゼロで流せることを確認した後、限流試験を行った。図4に示すとおり、限流素子がなければ約 2.7 kA になる電流が瞬時に1/4以下に抑制され、薄膜の破損が生ずることなく 30 V/cm 以上の高電界で5サイクル通電できた。
図3 MOD 法超電導薄膜を並列接続した素子
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図4 並列接続限流素子の短絡電流試験結果
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今回、幅が2.7 cm で長さが 20 cm の MOD 法 YBCO 薄膜(膜厚 160 nm)を2つの中間電極を用いて3分割した内部直列接続型の限流素子を構成するとともに、それを2並列したモジュールを作製した(図5)。無誘導巻き分流抵抗は、薄膜の抵抗の1/5以下であるので、薄膜がクエンチすると、通電電流の大半は外付け抵抗に分流する。図には示されていないが、ホットスポット対策として、静電容量120 μFの市販コンデンサーを、3分割された各部分薄膜に並列接続した。2.7 cm 幅の YBCO 薄膜の2並列で280 A 以上の臨界電流を得るとともに、電極部分を除いた素子有効長 17 cm を確保すると、500 V/200 A 級素子モジュールとなるので、その8直列で3相 6.6 kV/200 A 級限流器の1相分が構成される。図5の素子モジュールが237 A(実効値)の電流を電気抵抗ゼロで流せることをまず確認し、次いで、短絡発電機を用いた限流試験を行ったところ、限流器がなければ 2.26 kA になる電流を瞬時に1/3以下に限流した(図6)。薄膜の両端に550 V の電圧が印加されており、5~6 cm 長の部分素子で達成されている高い許容電界(>30 V/cm)が 500 V 級の素子モジュールでも実現できることを確認した。なお、薄膜の両端電極・中間電極において金属基材超電導テープを用いて超電導並列接続することが、電流経路を直線的に均一化してホットスポット対策として役立ち、目標の許容電圧値の実現に寄与したことを見出している。
図5 500 V/200 A 級超電導薄膜限流素子モジュール
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図6 短絡発電機を用いた限流試験結果
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今回の研究開発により、3相6.6 kV/200 A 級限流器は、直径70 cm、高さ 2 m 程度の極低温容器に収納できる見込みである。また、限流器の価格として、容量 1 MW 当たり200万円以下を目指している。しかし、超電導限流器の実用化に当たっては、1 kA 級以上へのさらなる大容量化とともに、限流動作条件や復帰時間の調整、素子構成の最適化など、まだ多くの課題が残されている。
本限流素子は直流でも利用可能なので、変換器の保護など新たな適用箇所も考えられる。今後、民間企業等との共同研究を行い、これらの課題を解決していきたい。