発表・掲載日:2008/04/14

高効率NOx分解浄化電気化学リアクターを開発

-実用的な低温作動化を実現~自動車排ガス処理装置への応用に期待-

ポイント

  • NOxを分解する電極のナノ構造化により、大幅な低温作動化と高効率化を両立。
  • ディーゼル車排気ガス程度の高濃度の酸素が共存しても、浄化能力を保持。
  • NOx浄化性能の向上により、ディーゼル車等の燃費向上に貢献。


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)先進製造プロセス研究部門【研究部門長 三留 秀人】機能モジュール化研究グループ【研究グループ長 淡野 正信】 濱本 孝一 研究員は、ディーゼル車の排気ガスに含まれる窒素酸化物(NOx)を低温で高効率に分解浄化する電気化学リアクターを開発した。

 この電気化学リアクターは、ナノ構造化電極を形成したことで、高濃度(約20%)の酸素が共存するディーゼル車排気ガス中のNOxを250℃以下の低温で分解できる。さらに、排気ガスの浄化に必要なエネルギーも低減されるので燃費向上にも貢献できる。このため大気環境保全およびCO2削減を両立するシステムの構築が可能であり、今後予想される排気ガスに対する法規制強化の動向から、現行のディーゼル車の排気ガス浄化装置が置き換えられていくものと期待される。

 なお、本研究成果は、2008年4月21日から25日にドイツ・ハノーバー市で開催される「ハノーバー・メッセ2008」に出展する予定である。

開発した電気化学リアクター概略図
開発した電気化学リアクターの概略図


開発の社会的背景

 地球温暖化防止と環境保全のために、自動車燃料の高効率化と環境負荷低減に対する要求は強い。特に燃費向上によるCO2削減や、環境汚染物質である窒素酸化物(NOx)などの排出低減に関して、世界的に法規制が強化されている。

 燃費向上のため、希薄燃焼(リーンバーン)コモンレール・ディーゼル等の高効率エンジンの研究が盛んに行われている。しかしながら、これら高効率エンジンでは、燃焼の温度や圧力が上昇するためにNOxの排出量が増加する。さらに、排気ガス中の酸素濃度が高いために従来の三元触媒ではNOxの分解浄化が十分に行えず、燃費向上と排気ガス浄化を両立することが難しい。現在、高濃度酸素共存下における有望なNOx浄化技術として、NOx吸蔵選択還元触媒などの開発が進んではいるものの、現状では制御が厳密に行えないために還元剤として使用する余分な燃料消費やアンモニアを使用することによる二次的な有害物の排出など問題も多い。高効率エンジンの実用化のためには、排気ガスの法規制強化に対応した革新的なNOx浄化技術の確立が不可欠であり、その実現が強く望まれている。

 特に、日本国内では市街地での低速走行や短距離移動の割合が多く、加えて信号待ちでエンジン停止始動を繰り返す次世代ディーゼルエンジンの開発も進んでおり、温度の低い自動車排気ガス中のNOxを高効率に浄化する技術への要望が強い。

研究の経緯

 産総研では、新たな排気ガス浄化システムとして、2001年に電気化学反応を利用した固体電解質型の電気化学リアクターの開発に成功し、酸素共存下におけるNOxの高選択的分解除去を可能にした。しかしながらこのリアクターは、作動温度を下げることが困難であり、実用化に向けて障害があった。そこで我々は、NOxの高選択分解メカニズムに対する解析研究を基に、新たな電極構造を考案し、低温での作動が可能な高効率NOx分解浄化リアクターの開発に至った。

研究の内容

 電気化学リアクターの反応電極(陰極)では、排気ガス中のNOxと共存酸素の分解が基本的に同じ反応点で同時並行的に起こる。そのため、反応点での分解活性がNOxに対して高い選択性を持たない場合、排気ガス中にNOxよりも約1000倍以上も多く共存する酸素の分解(陰極で酸素イオンO2-へイオン化して電解質中を移動した後、陽極で酸素分子O2として放出する:イオンポンピング)に電力のほとんどを消費する。

 これまでに当グループで開発したNOx分解リアクターについて、低温での作動を目的として、電解質を酸素イオン伝導性の高い材料へ置き換えると、低温での作動化は可能になるが、共存酸素の分解が優勢に起こりNOxに対する選択分解性が急激に低下する問題があった。

 本研究では、酸素イオン伝導性の高い電解質を用いながらも、反応電極のナノ構造化によって反応点となる電極-電解質-気相からなる三相界面の量と活性を高めると同時に、NOx分解が優勢に起こる雰囲気を電極部に形成することにより、従来よりも大幅な低温での作動を実現した。

 作製した電気化学リアクターは、固体電解質基板として酸素イオン導電性の高いガドリニア添加セリア(GDC)を用い、その両面にNOx選択分解機能を有する反応電極層をスクリーン印刷法により形成した。反応電極層はGDCと電子伝導材料の複合体であり、これに電気化学処理を行うことで、図1Aに示すような、粒径約500nmのGDC粒子が繋がった骨格構造に、直径10nm程度の細線状の電子導電材が複雑に絡み合う様な3次元ナノネットワーク構造を形成した。この細線状の電子導電材は、図1Bのように直径数nmのナノ粒子集合体によって構成されている。この構造が電子伝導経路を確保しながら、細線表面の起伏によりNOxの分解反応点となる三相界面の面積を大幅に増加させることを可能にしている。

 このようなナノ構造化電極を有する電気化学リアクターは、NOxに対して高い反応性を示し、酸素20%(実際のディーゼルエンジン排気ガスの組成よりも高い酸素濃度)、窒素80%中における1000ppmのNOガスを、250℃という低温でも約90%浄化することができた(図2)。これは、これまでの触媒では分解が非常に困難な条件である。

 この電気化学リアクターは、図3に示すように、以前に産総研が開発し当時世界最高の浄化効率を得ていた旧型の電気化学リアクターと比較して、高濃度の酸素条件下で性能劣化を起こすことなく250℃での低温作動化を実現できることから、次世代ディーゼルエンジン等の排気ガスに対して有望な浄化技術となりうると考えられる。

反応電極断面の走査型電子顕微鏡像とナノ細線の透過型電子顕微鏡像と模式図
図1 A.反応電極断面の走査型電子顕微鏡(SEM)像。電解質粒子の骨格構造の表面や隙間にナノ細線状の電極が張り巡らされている。 B.ナノ細線の透過型電子顕微鏡 (TEM)像と模式図。ナノ細線電極は、直径数ナノ粒子によって形成されている。

酸素濃度20%、250℃におけるNO分解特性図   NOx分解特性の比較の図
図2 酸素濃度20%、250℃におけるNO分解特性   図3 NOx分解特性の比較

今後の予定

 今後は、さらに低温作動化と反応面積の高集積化を進めるとともに耐久性や共存ガスの影響等を評価して、必要とされる改良プロセスを経ることにより実用化検討を進めて行く。また、これまでに開発している高感度高速応答可能なNOxセンサ並びに、NOx・PM(粒子状炭素)同時浄化デバイスの技術を本研究と一体化することにより、統合的な電気化学排気ガス浄化デバイスへ発展させ、エネルギー・環境問題に貢献できる技術として確立させたいと考えている。


用語の説明

◆窒素酸化物(NOx)
自動車エンジンの排気ガス等に含まれる「NOx」で表されるガス成分。排気ガス中に数100ppm程度含まれ、大気中に放出されると光化学スモッグや酸性雨の原因となる。特にディーゼル車の排気ガスからのNOxとPM(粒子状物質)の浄化が緊急の課題となっている。[参照元へ戻る]
◆電気化学リアクター
燃料電池のように、イオンを流すことのできる固体電解質を挟んで両側に配置された電極(陰極と陽極)において、化学エネルギー/電気エネルギーの直接変換反応等を行う装置。物質の持つ化学エネルギーから直接、電気エネルギーが生成するため反応効率が高い。[参照元へ戻る]
◆希薄燃焼(リーンバーン)
理論空燃比よりも空気が多い領域でエンジン燃焼を行うもので、燃費が向上するが、エンジン燃焼温度や圧力が上昇するため、窒素と酸素が反応して生成するサーマルNOxの排出量が増大する。[参照元へ戻る]
◆コモンレール・ディーゼル
運転状況に合わせて燃料を高圧で噴射するコモンレールシステムを用いて、燃料を最も燃焼効率が高まるタイミングで燃焼室に超高圧噴射することにより、粒子状物質(PM)・黒煙低減と出力および燃費向上を両立できるディーゼルエンジン。[参照元へ戻る]
◆三元触媒
ガソリン・エンジン車の排気ガス浄化装置として現在最も一般的なシステム。排気ガスに含まれる3大有害物質である一酸化炭素(CO)・炭化水素(HC)・窒素酸化物(NOx)を、 同時に酸化もしくは還元して無害化する触媒。NOxは還元して窒素(N2)と酸素(O2)に変えてそれぞれ無害化する。機能向上には、多くの白金を必要とする。[参照元へ戻る]
◆NOx吸蔵選択還元触媒
排気ガス中のNOxを還元して、無害の窒素ガス(N2)として排出する触媒。炭化水素(HC)を還元剤とする選択還元触媒(リーンNOx触媒)または、アンモニア・尿素等を還元剤とする尿素SCR(SCR:Selective Catalytic Reduction)に、NOx吸蔵能を組み合わせたものが主流。この触媒は、通常運転時(希薄燃焼時)はNOxを硝酸塩の形で触媒中に吸蔵し、間欠的に過剰燃料投入による還元雰囲気中でNOxを浄化する。[参照元へ戻る]
◆電気化学反応
電気エネルギーにより酸化還元反応を行う(例えば水の電気分解によって水素と酸素を作る)、またはその逆反応(燃料電池のように化学反応から電気エネルギーを生み出す)など、電子・イオンが重要な役割を果たす化学反応。
ここでは窒素酸化物の還元:2NOx → xO2 + N2 反応がおこなわれる。[参照元へ戻る]
◆固体電解質(酸素イオン伝導体)
固体の中に酸素イオンを流す物質。固体酸化物形燃料電池(SOFC)に用いられるジルコニア(特にイットリウム安定化ジルコニア)が、その代表的な材料。ここで用いたガドリニア添加セリアなど、低温でよりイオン伝導性の高い材料の開発が期待されている。[参照元へ戻る]
◆酸素イオン伝導性
物質内で酸素イオンO2-の流れやすさを示す物理量。伝導度が大きいほど酸素イオンが流れやすい。高温ほど伝導度は大きくなり、燃料電池においては高い発電性能を得ることができる。[参照元へ戻る]
◆三相界面
電子の供給経路である電極、酸素イオンの伝導経路である固体電解質、分解するガス分子の供給経路である気相の3つが接触する部分。電気化学反応が起こる場所であり、この反応部が多く形成され、さらに電子や酸素イオンの伝導抵抗や、ガスの拡散抵抗が低い程反応が起こり易い。[参照元へ戻る]
◆スクリーン印刷法
枠に絹、ナイロン、ポリエステル、金属等のスクリーン(網)を張り、任意のパターン状にスクリーンの目をあけたマスクを形成する。このスクリーンと基板を重ねた状態で、上からインク状の原料を供給しながらヘラでスクリーンを押し当てると、スクリーンの目を通してインク状の原料が押し出しされ、基板に印刷される。このような印刷の方法。[参照元へ戻る]

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