独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)先進製造プロセス研究部門【研究部門長 三留 秀人】機能モジュール化研究グループ【研究グループ長 淡野 正信】 濱本 孝一 研究員は、ディーゼル車の排気ガスに含まれる窒素酸化物(NOx)を低温で高効率に分解浄化する電気化学リアクターを開発した。
この電気化学リアクターは、ナノ構造化電極を形成したことで、高濃度(約20%)の酸素が共存するディーゼル車排気ガス中のNOxを250℃以下の低温で分解できる。さらに、排気ガスの浄化に必要なエネルギーも低減されるので燃費向上にも貢献できる。このため大気環境保全およびCO2削減を両立するシステムの構築が可能であり、今後予想される排気ガスに対する法規制強化の動向から、現行のディーゼル車の排気ガス浄化装置が置き換えられていくものと期待される。
なお、本研究成果は、2008年4月21日から25日にドイツ・ハノーバー市で開催される「ハノーバー・メッセ2008」に出展する予定である。
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開発した電気化学リアクターの概略図 |
地球温暖化防止と環境保全のために、自動車燃料の高効率化と環境負荷低減に対する要求は強い。特に燃費向上によるCO2削減や、環境汚染物質である窒素酸化物(NOx)などの排出低減に関して、世界的に法規制が強化されている。
燃費向上のため、希薄燃焼(リーンバーン)やコモンレール・ディーゼル等の高効率エンジンの研究が盛んに行われている。しかしながら、これら高効率エンジンでは、燃焼の温度や圧力が上昇するためにNOxの排出量が増加する。さらに、排気ガス中の酸素濃度が高いために従来の三元触媒ではNOxの分解浄化が十分に行えず、燃費向上と排気ガス浄化を両立することが難しい。現在、高濃度酸素共存下における有望なNOx浄化技術として、NOx吸蔵選択還元触媒などの開発が進んではいるものの、現状では制御が厳密に行えないために還元剤として使用する余分な燃料消費やアンモニアを使用することによる二次的な有害物の排出など問題も多い。高効率エンジンの実用化のためには、排気ガスの法規制強化に対応した革新的なNOx浄化技術の確立が不可欠であり、その実現が強く望まれている。
特に、日本国内では市街地での低速走行や短距離移動の割合が多く、加えて信号待ちでエンジン停止始動を繰り返す次世代ディーゼルエンジンの開発も進んでおり、温度の低い自動車排気ガス中のNOxを高効率に浄化する技術への要望が強い。
産総研では、新たな排気ガス浄化システムとして、2001年に電気化学反応を利用した固体電解質型の電気化学リアクターの開発に成功し、酸素共存下におけるNOxの高選択的分解除去を可能にした。しかしながらこのリアクターは、作動温度を下げることが困難であり、実用化に向けて障害があった。そこで我々は、NOxの高選択分解メカニズムに対する解析研究を基に、新たな電極構造を考案し、低温での作動が可能な高効率NOx分解浄化リアクターの開発に至った。
電気化学リアクターの反応電極(陰極)では、排気ガス中のNOxと共存酸素の分解が基本的に同じ反応点で同時並行的に起こる。そのため、反応点での分解活性がNOxに対して高い選択性を持たない場合、排気ガス中にNOxよりも約1000倍以上も多く共存する酸素の分解(陰極で酸素イオンO2-へイオン化して電解質中を移動した後、陽極で酸素分子O2として放出する:イオンポンピング)に電力のほとんどを消費する。
これまでに当グループで開発したNOx分解リアクターについて、低温での作動を目的として、電解質を酸素イオン伝導性の高い材料へ置き換えると、低温での作動化は可能になるが、共存酸素の分解が優勢に起こりNOxに対する選択分解性が急激に低下する問題があった。
本研究では、酸素イオン伝導性の高い電解質を用いながらも、反応電極のナノ構造化によって反応点となる電極-電解質-気相からなる三相界面の量と活性を高めると同時に、NOx分解が優勢に起こる雰囲気を電極部に形成することにより、従来よりも大幅な低温での作動を実現した。
作製した電気化学リアクターは、固体電解質基板として酸素イオン導電性の高いガドリニア添加セリア(GDC)を用い、その両面にNOx選択分解機能を有する反応電極層をスクリーン印刷法により形成した。反応電極層はGDCと電子伝導材料の複合体であり、これに電気化学処理を行うことで、図1Aに示すような、粒径約500nmのGDC粒子が繋がった骨格構造に、直径10nm程度の細線状の電子導電材が複雑に絡み合う様な3次元ナノネットワーク構造を形成した。この細線状の電子導電材は、図1Bのように直径数nmのナノ粒子集合体によって構成されている。この構造が電子伝導経路を確保しながら、細線表面の起伏によりNOxの分解反応点となる三相界面の面積を大幅に増加させることを可能にしている。
このようなナノ構造化電極を有する電気化学リアクターは、NOxに対して高い反応性を示し、酸素20%(実際のディーゼルエンジン排気ガスの組成よりも高い酸素濃度)、窒素80%中における1000ppmのNOガスを、250℃という低温でも約90%浄化することができた(図2)。これは、これまでの触媒では分解が非常に困難な条件である。
この電気化学リアクターは、図3に示すように、以前に産総研が開発し当時世界最高の浄化効率を得ていた旧型の電気化学リアクターと比較して、高濃度の酸素条件下で性能劣化を起こすことなく250℃での低温作動化を実現できることから、次世代ディーゼルエンジン等の排気ガスに対して有望な浄化技術となりうると考えられる。
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図1 A.反応電極断面の走査型電子顕微鏡(SEM)像。電解質粒子の骨格構造の表面や隙間にナノ細線状の電極が張り巡らされている。 B.ナノ細線の透過型電子顕微鏡 (TEM)像と模式図。ナノ細線電極は、直径数ナノ粒子によって形成されている。 |
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図2 酸素濃度20%、250℃におけるNO分解特性 |
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図3 NOx分解特性の比較 |
今後は、さらに低温作動化と反応面積の高集積化を進めるとともに耐久性や共存ガスの影響等を評価して、必要とされる改良プロセスを経ることにより実用化検討を進めて行く。また、これまでに開発している高感度高速応答可能なNOxセンサ並びに、NOx・PM(粒子状炭素)同時浄化デバイスの技術を本研究と一体化することにより、統合的な電気化学排気ガス浄化デバイスへ発展させ、エネルギー・環境問題に貢献できる技術として確立させたいと考えている。