発表・掲載日:2007/07/04

高感度高速応答のNOxセンサを開発

-自動車排ガスセンサへの応用に期待-

ポイント

  • NOxを検知する電極表面の微細構造を最適化することにより、従来にない高感度特性や高速応答を実現。
  • 高性能NOxセンサを用いることによって、ディーゼル車等のNOx排出量低減と燃費向上に貢献。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)先進製造プロセス研究部門【研究部門長 三留 秀人】機能モジュール化研究グループ【研究グループ長 淡野 正信】 濱本 孝一 産総研特別研究員は、高感度高速応答のNOxセンサを開発した。

 従来のNOxセンサには、エンジン排ガス中等の過酷環境では耐久性・耐熱性等の問題があり、その解決策としてセラミックスの固体電解質(酸素イオン伝導体)を用いたセンサが開発されている。しかし、センサ構造が複雑で多段階の電気化学反応を組み合わせてNOx濃度を測定するため、高速応答は本質的に困難であり、自動車における排ガス浄化と燃費向上を進める上で課題となっていた。

 開発した新型のNOxセンサは、NOxを検知する電極表面のナノ構造を精緻に制御することで、極めて高いNOx分子選択性を発現させたものである。電気化学セル構造の改良によって、直接検知型のNOx分子センシングの応答速度が従来よりも約5倍向上し、かつNOx分子に対する検出感度が約2倍向上した。

 高感度センサを用いたエンジン燃焼の制御によって、特にディーゼル車等のNOx排出量を低減し、燃費を向上させることが可能となり、大気環境保全および二酸化炭素の排出削減に貢献することが期待される。

 今回の研究成果は、7月2~6日に中国・上海で開催の第1 6回固体イオニクス国際会議(SSI-16)にて発表予定である。

新たに開発したNOxセンサの写真
図1 新たに開発したNOxセンサ

研究の背景

 自動車の燃費の向上によるCO2の排出低減という社会的要請に応えるため、ガソリンエンジン車では、希薄燃焼(リーンバーン)技術の開発が精力的に行われている。しかしエンジン燃焼をリーンバーン化すると、CO2は低減するもののNOxの排出量が増加する。リーンバーンでは排気の酸素濃度が高いため、従来の三元触媒によるNOx低減が不可能となる。そのため、リーンバーン時にはNOxを塩基性物質に吸蔵させて、吸蔵量が飽和するとエンジンにリッチスパイク(過剰燃料供給)を発生させて、一時的に増加した燃料で吸着させたNOxを還元して浄化する、NOx吸蔵還元触媒が実用化されている。しかし現在用いられている技術は、エンジン使用域における排ガス状態のテストマッピングから、NOxの吸蔵量をモデル演算により推計してリッチスパイクの付加タイミングを求める方式である。これは排ガス中のNOx濃度を直接的に検出するものではないため、各種の実用運転条件下でも適切に機能しているかの検証が必要となる。

 さらに、ディーゼルエンジン車では、NOxと未燃カーボン(粒子状物質:PM)の排出がトレードオフの関係にあり、NOxの排出量を抑制するとPMの排出量が増加するため、NOxセンサを使って、NOxの排出を規制値限界で制御し、PMの排出量を最小限に抑える必要がある。

 このため、検知速度が高速で検出感度や定量性が高い車載用の小型高性能のNOxセンサの開発が強く求められている。そのようなセンサを用いて刻々のNOx排出量を監視し、最低限必要なリッチスパイクのみを与えて燃料を節約することで、より高効率のNOx排出制御と燃費向上が実現できることが期待される。

研究の経緯

 産総研では、固体電解質を用いた高性能なNOx浄化用電気化学リアクターの開発に成功し、従来不可能とされてきた高酸素分圧下においても、NOxを高選択的に分解できた(産総研Today2006.06号[ PDF:872KB ]等)。この電気化学リアクターでは、触媒反応電極中に自己組織化的に形成されたナノ構造組織により、NOx分子の高選択吸着・分解反応場が形成されている。

 そこで、このNOx浄化用電気化学リアクターの触媒電極が有する高いNOx選択性を、センサとして応用するための最適な電極構造や電極形成方法を検討し、高性能NOxセンサの開発に至った。

研究の内容

 今回の成果は、高酸素イオン導電性のスカンジウム安定化ジルコニアセラミックスを電解質に用い、検出電極の微細構造を制御することにより得られたもので、300℃以下という低い温度においてもNO分子に対して高い検出能力と応答速度を示す、混成電位型センサへの適用可能性が見出されている。

 実際に作成したセンサは1cm×2.5mm×300nm程度の1室型電気化学セルである。混パルスレーザーデポジション法によりジルコニアセラミックス等をSiO2基板上に形成してセンサ構造とした(図2)。図1は、4つのセンサを配置した実験センサアレイの写真である。このセルは、350℃において5%の酸素を含む窒素ガスで希釈した1000ppmのNOガスに対して約100mVの起電力変化を示し、検出の困難なNOガスに対しても、世界最高レベルの検出特性を示した(図3)。さらに、図4に示すように検出電極の微細構造の最適化によって、その応答速度は90%応答で5秒以下と非常に高速である(計測上の条件から、実際の検知速度は測定した時間よりさらに早いことが明らかとなっている)。構造最適化前の素子の応答速度は、速いものでも600℃以上の高温において1分以上を要する。混成電位型センサは、ガスの吸脱着能に応答速度が依存するため、ガスの吸脱着速度が遅い低温側ではセンサ応答が遅くなる。このため、これまで300℃という低温では混成電位型センサの開発は殆ど行われていない。これらの劇的な性能向上は、以下の2点の改善により実現した。1)NOx浄化リアクターでは高選択分解反応場の増大に有効であったがセンサとして応答速度のロスとなる、触媒検知電極の還元によるナノNi粒子形成に伴う多孔化を膜厚の薄層化(100nm以下)によって抑制しながらナノ構造化した。2)応答速度のロスとなる基準電極へのガス吸着脱離を抑制するため、電解質内部に基準電極を大部分埋包した。

 現在開発が盛んに進められている“多室型”の限界電流型センサは、比較的精度の良い検出は可能であるが,電流値が非常に低いためにシステムが複雑で高価である。また,触媒性能監視用として必須条件である100ppm以下のNOxの検出が難しい。これに対して、今回開発に成功した新方式のNOxセンサ技術は、より微量のNOxを単純な構造で検出することが可能となることも特徴である。

1室型電気化学セル構造の模式図
図2 1室型電気化学セル構造の模式図
 
NOガス検出特性の比較図

 

図3 NOガス検出特性の比較 (NO濃度:1000ppm)
 
NOxセンサの応答特性図
図4 NOxセンサの応答特性
 

今後の予定

 今後は、さらなるNOx検出感度と応答速度の向上を目指したセル構造の開発を進めるとともに、耐久性や共存ガスの影響等を評価して、必要とされる改良プロセスを経ることにより実用化検討を進めて行く予定である。


用語の説明

◆固体電解質(酸素イオン伝導体)
固体の中に酸素イオンを流す物質。固体酸化物形燃料電池(SOFC)に用いられるジルコニア(特にイットリウム安定化ジルコニア)が、その代表的な材料。[参照元へ戻る]
◆電気化学セル
燃料電池のように、イオンを流すことのできる固体電解質を挟んで両側に配置された電極(カソードとアノード)において、化学エネルギー/電気エネルギーの直接変換反応等を行うための基本単位構造。両側の電極において、例えばガス分子がイオンになったり、あるいはその逆の反応を行うことで、反応物質と電極との間で電子の受け渡しが行われることを特徴とする。物質の持つ化学エネルギーから直接、電気エネルギーが生成するため、反応効率が高いことが特徴。[参照元へ戻る]
◆直接検知型NOx分子センシング
NOxの検知において、検出のための前処理を必要とせずに、NOx分子が電極の表面へ吸着や脱着することにより、電子の受け渡しやイオン化反応が行われ、その際の電流や電圧変化の信号によりセンサ機能が働くこと。[参照元へ戻る]
◆希薄燃焼(リーンバーン)
理論空燃比よりも空気が多い領域でエンジン燃焼を行うもので、燃費が向上する。[参照元へ戻る]
◆リッチスパイク(過剰燃料供給)
リーンバーンでエンジン燃焼を続けると、排気ガス中のNOx等の排出物を浄化するための触媒(NOx吸着触媒)が機能しなくなるため、いわゆる還元剤として間欠的にエンジン内に理論空燃比よりも燃料を多く噴射すること。[参照元へ戻る]
◆混成電位型センサ
固体電解質で出来たセンサ素子は、二つの電極の周りに存在するガスの濃度差によって、電極間に電位差が発生する。様々なガス種によって、それぞれ電極間の電位差は異なるが、数種のガスによって発生する電位差の和としてガスの濃度を測定するセンサ。特にNOxの濃度に変化対して、電位差が顕著に変化するように工夫をしたもの。 [参照元へ戻る]
◆パルスレーザーデポジション法
薄膜作成方法の一つで、対象となる材料のターゲットにレーザーをパルス状に照射して材料を気化し、基板上に堆積させて成膜するプロセス。高品質の膜が比較的高速で得られやすい。 [参照元へ戻る]

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