独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)サステナブルマテリアル研究部門【研究部門長 中村 守】環境応答機能薄膜研究グループ【研究グループ長 吉村 和記】田嶌 一樹 研究員らは、電気的に鏡状態と透明状態が切り替えられるフレキシブルな調光ミラーフィルムを開発した。
今回開発した調光ミラーは電気によるエレクトロクロミック方式によって動作するものであり、電気のみを用いるため特別な制御システムも不要であり導入コストも低減できる。全て固体材料を用いて作製されるため利便性も良い。また鏡状態の場合は外から中が見えないためプライバシーガラスとしても利用でき、防犯上も有用である。さらに、これをフィルム上に作りこむ技術を開発し、厚さ100マイクロメートルのエレクトロクロミック調光ミラーフィルムを実現した。これにより、ガラス上に成膜する場合に比べて、生産性、経済性、リサイクル性、利便性の観点で優れる上、既存の窓ガラスに貼り付けることができるため、応用範囲を飛躍的に高めることができる。
鏡状態
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透明状態
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窓ガラスは屋内に可視光を取り込む役割を果たしているが、可視光以外に熱も透過するため室内外の断熱性を悪くしている。そのため、近年では断熱性の高い複層ガラスや熱線反射ガラスなどの普及が進んでいるが、さらに省エネルギー効果を高めるためには、必要に応じて外部から入ってくる光を自由に調節できるガラスが望まれている。これを可能にするガラスが調光ガラスである。これまで開発されている調光ガラスの中でも電気的に光の透過率をコントロールできるエレクトロクロミック調光ガラスは一部商品化もされている。しかしながら、従来のエレクトロクロミックガラスは、透明な状態から濃い青色の状態に変化して光を吸収することで調光を行うため、ガラス自身が熱くなってしまい、その結果ガラスからの熱が室内に再放射されてしまうという欠点があった。これを解決するためには、太陽光を吸収でコントロールするのではなく、反射でコントロールする必要がある。調光ミラーは、正にこれを可能にする透明な状態と鏡の状態をスイッチングできる材料で、これを窓ガラスに用いることで、太陽光を効率的に遮蔽し、冷房負荷を低減することができる。
調光ミラーでスイッチングを行う方法には2種類あり、薄い水素を含む気体にさらすことによりスイッチングを行う方法がガスクロミック方式、電気的にスイッチングを行う方式はエレクトロクロミック方式と呼ばれる。この内のガスクロミック方式に関しては、産総研サステナブルマテリアル研究部門で実際の建物に実装できる調光ミラーガラス窓の作製に成功し(2006年12月21日プレス発表)、その省エネルギー性能を検証する段階まで達することができた。ただ、ガスクロミック方式の調光ミラーは、構造が簡単で大型化が容易だが、スイッチングに水素を必要とするため、用途によっては、電気的にスイッチングできるエレクトロクロミック調光ミラーが必要とされていた。また、ガラス上ではなくフィルム上に調光ミラーを形成することができれば、応用先を飛躍的に広げ、また低コスト化を図ることができることから、その実現が強く望まれていた。
本研究開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の「エネルギー使用合理化技術戦略的開発プロジェクト」の一環としての「調光ミラーフィルムの開発」の支援を受けて行った。
今回開発した調光ミラーフィルムは、数ボルトの電圧により鏡状態と透明状態を切り替えられて、変化した状態は通電を切っても保たれる(図1)。
鏡状態
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透明状態
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図1 ガラス上全固体型調光ミラーの鏡状態と透明状態
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この調光ミラーは液体層や気体層を含まず全固体型であり、ガラス板のみならずフレキシブルなプラスチックなど、柔軟な基材上にも作製することができる(図2)。またこの調光ミラーフィルムは、既存の窓ガラスに貼り付けるだけで、スイッチ一つで室内に入ってくる日射量を効果的に制御することができ、建物内や車内の冷房負荷を軽減することができる。
鏡状態
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透明状態
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図2 フレキシブルな全固体型調光ミラーフィルム
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図3に示したのが、今回開発した調光ミラーの基本的な構造で、水素ガスなどの気体層や液体層を含まない全固体型である。ガラス板あるいはプラスチックなど柔軟な基材上に酸化インジウム・スズ(ITO)、酸化タングステン(WO3)、酸化タンタル(Ta2O5)、アルミニウム(Al)、パラジウム(Pd)およびマグネシウム・ニッケル(Mg・Ni)系合金薄膜を積層したものである。各々の層は透明導電膜、イオン貯蔵層、固体電解質層、バッファ層、触媒層および調光ミラー層として機能する。全ての薄膜材料はマグネトロンスパッタ装置を用いて室温プロセスで作製した。全て室温プロセスで行うことができるため低環境負荷プロセスである。
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図3 全固体型調光ミラーの構造と電圧による切り替え
(変化した状態は通電を切っても保たれる。) |
調光ミラー層としてマグネシウム・ニッケル合金薄膜を用いて作製した全固体型調光ミラーの初期状態は鏡状態である。5ボルト程度の電圧を印加するとイオン貯蔵層(HxWO3)中に蓄えられている水素イオン(H+)が調光ミラー層(金属状態のMg-Ni合金)中に移動し、金属状態のMg-Ni合金が水素化されて非金属状態になることにより透明に変化する(図3,図4)。この変化は約15秒程度で起こる。極性を反転し、マイナス5ボルト程度の電圧を印加すると水素イオンがイオン貯蔵層(WO3)中へ戻り、調光ミラー層は元の鏡(金属)状態に戻る。この変化は10秒程度で起こる。一度変化した状態は通電を切っても保たれる。
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図4 全固体型調光ミラーフィルムの光学スイッチング特性(波長670 nm) |
耐久性についても、現状で約4000回以上の鏡状態⇔透明状態のスイッチングに耐えうることを確認している。今回開発した全固体型調光ミラーの最大のポイントは、アルミのバッファ層を固体電解質層と触媒層の間に挿入したことにある。これにより、スイッチングの繰り返しによる劣化の原因である触媒層の固体電解質層への散逸が抑制される。その結果耐久性が大幅に向上し、また、電気伝導性の良いアルミ層内を通ることで面内方向の電流の流れが促進され、応答性も大きく向上した。 試作した全固体型調光ミラーフィルムの光学透過スペクトルを図5に示す。鏡状態ではほとんど光を通さない。透明状態では可視光および赤外光を40%程度通す。このように電気的なスイッチングにより可視光および赤外光の透過を同時に制御することができる。
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図5 全固体型調光ミラーフィルムの光学透過スペクトル |
以上のように、フレキシブルなプラスチック上へ調光ミラー構造を構築できた結果、成膜にロール・ツー・ロール法などの生産性に優れた手法を用いることが可能となり、大型化・大量生産への目途を立てることができた。また、既存の窓ガラス等に貼り付けるだけで使用できることから、調光ミラーの応用範囲を飛躍的に広げることができた。
今後は、全固体型調光ミラーフィルムの大型化ならびに繰り返しスイッチングに耐えうる高耐久性を付与する技術開発を行う予定である。また、電気のみで動作するため、光ファイバーの切り替えスイッチ、光学部品といったデバイスや、ゴーグル・サングラスなどへの応用も期待される。