独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)サステナブルマテリアル研究部門【部門長 中村 守】環境応答機能薄膜研究グループ 吉村 和記 研究グループ長、包 山虎 産総研特別研究員は、鏡の状態あるいは無色透明な状態にスイッチングできる新しい調光ミラー用薄膜材料を開発した。
これまで調光ミラー特性を持つ薄膜としては、マグネシウム・ニッケル合金薄膜などが研究されてきたが、いずれも透明時において少し黄色を帯びており、建物や乗り物のガラスでは黄色系統の色は好まれないため、これが実用化への障害になっていた。
今回開発した調光薄膜は、マグネシウム・チタン合金薄膜材料であり、大きさ60cm×70cmのガラス上に均一に成膜することに成功し、調光動作も確認された(図1、2参照)。ガラスは2重ガラス構造となっており、ガラスの内側空間に低濃度の水素(約1%)を含むガス、あるいは酸素(約20%)を含むガスを導入し、スイッチングを行うものである。
図1 鏡状態 |
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図2 透明状態
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外部から入ってくる光を自由に調節できるガラスを調光ガラスといい、これらを建物や自動車の窓ガラスとして用いることができれば、大きな省エネルギー効果が期待できる。これまでにも様々な種類の調光ガラスが開発され、電気的に光の透過率をコントロールできるエレクトロクロミック調光ガラスは、商品化もされている。しかし、エレクトロクロミックガラスは、着色した薄膜部分で光を吸収することで調光を行うため、薄膜部分の温度が上昇し、その温度上昇により赤外線が室内に再照射され、エネルギーの節約効率が低下する欠点があった。これを解決するため、光を吸収するのではなく反射することで調光を行うミラー材料が求められ、1996年にオランダのグループにより、水素化および脱水素化により、透明な状態あるいは鏡の状態にスイッチングできる、薄くパラジウムを付けたイットリウムやランタンの薄膜が開発された。しかし、この材料は高価で資源存在量の少ない元素を含むため、大型の窓ガラスなどの工業応用は難しいとされてきた。アメリカのローレンスバークレー研究所のグループが、マグネシウム・ニッケル合金系の薄膜調光ミラーを開発したが、材料の光学特性は悪く、透明時でも赤茶色に色づいていることから、透明性が高く安価な調光材料の実現が切望されていた。
環境応答機能薄膜研究グループでは、この調光ミラー用の薄膜材料の研究に2002年から取り組み、マグネシウム・ニッケル合金薄膜を用いた調光ミラー薄膜として、優れた光学特性を持つ材料を開発してきた。
しかし、マグネシウム・ニッケル合金を用いた材料では、どうしても透明化した状態で黄色みが残り、これを無色にすることができなかった。そこで、マグネシウム・ニッケル合金以外の薄膜材料の探索を行い、マグネシウム・チタン合金薄膜を用いることで、透明時における着色を大幅に抑えることに成功し、透明時においてほとんど完全に無色にできる薄膜材料を開発した。
ミラーは、3連のマグネトロンスパッタ装置を用い、ガラス板上に金属マグネシウムと金属チタンを同時スパッタして、厚さ約40nmのマグネシウム・チタン合金薄膜を蒸着し、真空中でごく薄く(約4nm)パラジウムをスパッタで付けて製作した。
取り出したガラス上の薄膜は銀色の鏡状態であるが、酸素を含まず水素を含んだ雰囲気に晒すと透明になり、反対に水素を含まず酸素を含んだ雰囲気に晒すとまた元の鏡状態に戻るという鮮やかな変化を示した。
実際の窓用調光ガラスは、この薄膜材料を内側にコーティングした2重ガラスとし、2重ガラスの内側空間に低濃度の水素(約1%)を含むガス、あるいは酸素(約20%)を含むガスを導入することによってスイッチングを行うことができる。スイッチングに用いる少量の水素と酸素は水の分解によって簡単に得られる。大きさ60cm×70cmの調光ミラー窓ガラスを試作してテストを行った結果、良好なスイッチング特性を示すことが確認できた。このような実サイズの調光ミラーガラスを実現したことは世界で初めてである。
現在、スイッチングの繰り返しに対する劣化を抑え耐久性を高める技術の開発を行っている。また、本材料はガラス上だけでなく様々な透明材料の上に成膜することも可能なので、本材料をフィルム上にコーティングした「調光ミラーフィルムの開発」を、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構の「エネルギー使用合理化技術戦略的開発プロジェクト」の一つとして行っており、近い将来、従来の窓ガラスに貼り付けるだけで省エネルギーを実現できるように技術を完成して行きたいと考えている。