独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)知能システム研究部門【部門長 平井 成興】空間機能研究グループ 柴田 崇徳 主任研究員は、アザラシ型メンタルコミットロボット「パロ」の研究開発を行い、ペット代替需要の目的だけではなく、医療福祉施設での「ロボット・セラピー」を提案してきた。その実証研究は国内だけではなく、スウェーデン、イタリア、フランス、アメリカでも実施し、これまでの研究成果により、パロとのふれあいが、心理的効果(元気付け、動機付けなど)、生理的効果(ストレスの低減、脳機能の活性化など)、社会的効果(コミュニケーションの活性化など)を人々にもたらすことを示した。
しかしながら、欧米では、日本と異なり、小説や映画などで見られるように、一般的にロボットに対するイメージは、「人間に危害を加えるもの」、「人の仕事を奪うもの」など非常にネガティブであり、生活の中ではロボットを受け入れられないと考えられている。
ところが、欧米において、普通の人々が本物の動物とふれあうようにパロを自然に受け入れ、パロが人々の感情に働きかける事実は、驚異的であると受け止められ、ロボットに対する「パラダイム・シフト」の進行として注目されつつある。
今回、Tju-Bang Film社【プロデューサー Sigrid Dyekjær】とPhie Ambo監督によるドキュメンタリー映画によって、日本と欧米のロボットに対するイメージの違い、欧米でのパロの受け入れられ方、欧米におけるロボットのあり方などに関して、記録映画を製作することになった。
この映画は、世界の様々な国々で開催されるドキュメンタリーの映画祭やテレビなどのメディアを通して上映され、現在進行しつつあるロボット文化のパラダイム・シフトが紹介される。
既に、イタリア・ミラノ近郊での高齢者向け施設におけるパロによるロボット・セラピーの様子が撮影された。日本国内については、6月19日から26日までPhie Ambo監督らが来日し、また8月下旬から1ヶ月間かけて、パロをペットとしてかわいがっている一般家庭や、パロをロボット・セラピーの目的に利用している医療福祉施設、パロのハンドメイドによる製造プロセスなどを撮影する。また国内の他のロボットについても撮影を計画している。
なお、今回の発表に関しては、5月30日から6月2日に開催されるIFA(International Federation on Ageing:世界高齢者団体連盟)で発表される予定である。
欧米では、動物愛護の歴史が長く、ペットを保有することへの関心が高い。例えば、イタリアにおいては、犬を飼う人に散歩へ連れて行くことを法的に義務付けている地域さえある。そのため欧米においては、「アニマル・セラピー」として、ペット動物とふれあう事により、動物が人に心理的効果、生理的効果、社会的効果を与えることは、広く知られ、よく理解されている。
一方、動物アレルギーがある、一人暮らしなどのため世話ができない、アパート・マンションで動物が禁止されているなどの理由や、医療・福祉施設など、人畜感染症、噛み付き・引っかきの事故などの理由で、動物の飼育やアニマル・セラピーの導入が困難な人々や場所がある。
多くの先進国では、高齢化問題に直面している。そのうち日本は、世界で最も高齢化が進んでおり、現在、65歳以上の高齢者は人口の約20%であり、平成27年までには26%になると予測されている。そのため、生活の質を向上し、高齢者の健康を維持したり、認知症を予防したり、などの「介護予防」が求められている。また、介護者の心労を低減し、燃え尽き症候群の予防も求められている。
この問題は、高齢化が進むヨーロッパの国々でも同様であるため、日本の高齢化問題に対する取り組みに関心が高く、日本が高齢化社会のモデルとしてヨーロッパから注目されている。ヨーロッパでも多くの国々で、高齢者のケアに対するニーズの高まりがあるが、介護分野での労働者不足が深刻になりつつある。
産総研では、人に楽しみや安らぎなどを提供し、人の心に働きかけることにより、主観的な価値を創造することを目的に「メンタルコミットロボット」の研究開発を平成5年からスタートした。特に、動物型ロボットとすることで、アニマル・セラピーで研究されてきた様々な効用をロボットで実現することを目的とする「ロボット・セラピー」の研究開発を進めている。
パロの実用化に関しては、産総研ベンチャー開発戦略研究センターの支援制度を受けて株式会社知能システム(以下「ISC」という)が、パロに関する意匠、特許などの知的財産権のライセンスを産総研より受け、ISCにより商品化が行われている。ISCは、国内で、個人向け販売の受注を平成17年3月から開始し、これまでに、インターネット、有名百貨店・大手銀行などを通して、600体以上のパロを販売した。そのうち約8割は、個人の名義であり、医療福祉施設のみならず、多くの一般家庭で利用されている。
パロによるロボット・セラピーに関しては、国内のデイサービスセンター、介護老人保健施設、特別養護老人ホームなどの高齢者向け福祉施設や、病院の小児病棟などにおいて実験を行い、ロボット・セラピーの効果を科学的データによって検証した(平成16年9月17日および平成17年9月16日にプレス発表)。海外でも、スウェーデン・カロリンスカ病院および国立障害研究所、イタリア・シエナ大学付属病院およびピアチェンツァ(ミラノ郊外)の高齢者向けケアハウス、フランス・カーパプ病院、アメリカ・スタンフォード大学付属病院、マサチューセッツ工科大学、デトロイト・メディカル・センターでもパロによるロボット・セラピーの研究を実施し、心理的効果、生理的効果、社会的効果が確認され、非常に良好な結果を得ている。
パロに対する国際的評価に関しては、日本、イギリス、イタリア、スウェーデン、韓国、ブルネイの6カ国での主観評価実験の結果から、国籍、文化、宗教観などに関わらず、どの国でもパロに対して高い評価結果を得た。また、被験者の母国語の音声認識機能があれば、「パロに話しかけたい」という評価が高いことが明らかとなった。
研究事例を紹介するため、イタリア・ピアチェンツァ(ミラノ郊外)の高齢者のケアハウスで撮影を行った。ここでは、シエナ大学Patrizia Marti教授らのグループとの共同研究で、平成17年2月からパロを用いたロボット・セラピーの実験を行っている。入所している高齢者は、約150名であり、その他にデイサービスの通所者がいる。実験の対象は、滞在型の入所者で、アルツハイマーによる認知症高齢者(図1)や精神障害のある高齢者(図2)が対象である。
本研究は、独立行政法人 科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業 発展・継続「人とロボットの持続的相互作用に関する研究(平成16~19年度)」等により実施された。
平成18年4月に同施設において、普段は話をしない二人の女性がパロとふれあいながら一緒に歌いかけるシーンなどの様々なシーンや、Marti教授へのインタビューが撮影された。
(a)不安により叫んでいる被験者
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(b)落ち着いてパロに話しかける被験者
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図1 アルツハイマーによる認知症の高齢者に対するロボット・セラピー
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(a)徘徊する被験者(真ん中の女性) |
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(b)徘徊をやめ笑顔でパロとふれあう被験者
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図2 精神分裂症とアルツハイマーによる認知症で、徘徊する被験者の場合 |
映画の製作に関して、平成18年5月30日午後2時30分(現地時間)から、デンマーク・コペンハーゲン国際会議場において、Phie Ambo監督と柴田 崇徳 主任研究員による共同記者会見を開催する。
産総研では、人間共存型ロボットとしてパロを一般家庭におけるペット代替だけではなく、パロによるロボット・セラピーを国内外で基礎研究からケース・スタディを実施している。今回のドキュメンタリー映画によって、パロと、パロによるロボット・セラピーの世界への普及促進を目指す。
●「パロ」のデータ:
モデル |
タテゴトアザラシの赤ちゃん(カナダ北東部に生息。マドレーヌ島沖の氷原で生態調査を実施) |
体長 |
57cm、体重:2.7kg |
毛皮 |
人工、抗菌糸 |
カラー |
オフホワイト、ゴールド |
CPU |
32ビットRISCチップ、2つ |
センサ |
ユビキタス面触覚センサ、ひげセンサ、ステレオ光センサ、マイクロフォン(音声認識、3D音源方位同定)、温度センサ(体温制御)、姿勢センサ |
音声認識 |
日本語版、英語版、スウェーデン語版、7カ国語版他 |
静穏型アクチュエータ |
まぶた2つ、上体の上下・左右、前足用2つ、後ろ足用1つ |
バッテリー |
充電式、ニッケル水素、1.5時間稼動(満充電時) |
充電器 |
おしゃぶり型 |
行動生成 |
様々な刺激に対する反応、朝・昼・夜のリズム、気分にあたる内部状態の3つの要素から、生き物らしい行動を生成。なでられると気持ちが良いという価値観から、なでられた行動が出やすくなるように学習し、飼い主の好みに近づいていく。また、名前をつけて呼びかけていると学習し反応し始める。 |