独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノシステム研究部門【研究部門長 山口 智彦】スマートマテリアルグループ 吉田 勝 研究グループ長、長沢 順一 研究グループ付は、多種類のイオン液体を従来よりも少ない添加量でゲル化できる電解質型ゲル化剤を開発した。
このゲル化剤は、これまで産総研が開発してきた電解質型ゲル化剤において、分子間相互作用で重要なジアミド部分のアミンとしてtrans-シクロヘキサン-1,4-ジアミンを用いることにより開発に至った。このゲル化剤をイオン液体に少量加え、加熱溶解し室温で放置すると容易にゲル状態にすることができる。
この技術によって作成されたゲルは、高い弾性率、自己修復性、優れたイオン伝導度を示した。また、電池やコンデンサーなどの電気化学デバイスのイオン液体を用いた電解液をゲル化することにより、液漏れ防止が図られ、製品の長寿命化を通じた省資源化や、製品破損時の飛散防止による安全性の向上への貢献が期待される。
なお、この研究成果は、2012年8月21日に米国化学会発行のACS Macro Letters誌にオンライン掲載された。(ACS Macro Lett., 1(9), 1108-1112 (2012).)
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図1(a)イオン液体1のゲル(ゲル化剤5g/L)と (b)型取りしたイオン液体1のゲル(ゲル化剤50g/L, 6×6×18 mm) |
イオン液体は、陽イオンと陰イオンからなる塩でありながら液体であり、導電性、不揮発性、熱安定性などのユニークな物性を持つため、二次電池などの電解質としての応用などが期待されている。特に、電気化学デバイスへの応用に際しては、電解液の漏れ防止による長寿命化やそれに伴う省資源化、安全性向上、塗布プロセスへの適用を目的として、導電性を損なわずにイオン液体をゲル化する技術開発が進められている。これまで、ゲル化技術としては、電解液中での重合による架橋ポリマー形成、種々のポリマーとの混合、低分子ゲル化剤、固体微粒子との混合などが知られている。しかしながら、ゲル化後に導電性が大きく低下したり、ゲル化操作が煩雑で耐熱性が低くなったりするといった欠点が指摘されてきた。これまで、それらの欠点を根本的に解決するようなゲル化技術はほとんど知られていない。
産総研はこれまで、水、酸性溶液や種々の極性有機溶媒のゲル化剤として、短い合成ステップで製造可能な電解質型ポリマーの研究開発を行ってきた(2007年5月25日産総研プレス発表)。その成果として、数種類のイオン液体については、最少ゲル化濃度12~40g/Lでゲル化できるゲル化剤を開発してきた。さらに、ゲル化剤のポリマー構造の一部を変えて、これまでよりも低い濃度でも多種類のイオン液体をゲル化できる材料を探索してきた。
なお、本研究開発の一部は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業「基盤研究(C)有機電解質におけるゲル化機構の解明と高機能材料化」によって実施している。
今回開発したイオン液体の電解質型ゲル化剤(図2)は、試薬として容易に入手可能な出発物質から、二段階の反応で簡単に合成できる。多くの低分子ゲル化剤と同様に、これらのゲル化剤をイオン液体に混合し加熱溶解後、室温で冷却するという簡便な操作で、多種類のイオン液体をゲル化することができる。このゲル化剤の構造的な特徴は、分子間相互作用で重要な役割をはたすジアミド部分のアミンとしてtrans-シクロヘキサン-1,4-ジアミン(図2の赤色部分)を用いている点である。水や通常の極性有機溶媒に対してはゲル化剤としてさほど有効ではないが、イオン液体に対しては効果的なゲル化剤となる。ゲル化に必要な最少のゲル化剤濃度は、イオン液体の種類によって異なるが、0.9~20g/Lと少なく、従来よりも一桁低い濃度で、多種類のイオン液体をゲル化できる。
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図2 今回開発したゲル化剤の構造式 |
なお、今回検証に用いたイオン液体は試験研究でよく使用され、先行研究例も多い安定なイオン液体1を手始めとして、容易に入手可能な市販化合物を使用した(図3)。
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図3 検証に用いたイオン液体の構造式 |
得られるゲルは物理ゲルであり、加熱により液化し、冷却により再度固化する。温度上昇時のゲル-ゾル相転移温度はイオン液体の種類や濃度によって異なり、図4で示したようにイオン液体1の場合はゲル化剤濃度30g/L以上で約70℃、イオン液体2ではゲル化剤濃度50g/L以上で100℃以上である。イオン液体3の様にゲル化剤濃度20g/L以上で125℃以上とさらに高温の転移温度を示すものもあり、適切なゲル化剤とイオン液体の選択により、耐熱性に優れているゲルを作製できる。たとえばコンデンサーでは、JIS規格などで温度による特性の変化が小さいことが要求され、耐熱性の高い方が材料としての応用範囲の広がりが期待できる。
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図4 イオン液体ゲルのゲル-ゾル相転移温度 |
また、共有結合によらない可逆的なネットワーク構造からなる物理ゲルでありながら、図5に示すように動的粘弾性測定で材料の硬さを示す指標の貯蔵弾性率は従来のポリマー混合系ゲルよりも一桁以上大きい値を示す。そのため、図1(b)で示したようにゲル化剤濃度が50g/Lでも形状を保ったままピンセットで保持できるだけの硬さがある。さらに、大きなひずみを与えるとゲルからゾルに相転移し、ひずみを小さくすると直ちにゲルに戻るチキソトロピー性を示した。しかも応答が高速で、過剰な応力がかかって壊れても、応力がなくなるとすぐにゲル構造を自己修復できることから、耐久性ゲルとして電気化学デバイスなどの長寿命化への貢献が期待できる。
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図5 イオン液体ゲルにおける弾性率のゲル化剤濃度依存性 |
一方、今回開発したゲル化剤の添加によるゲル化後のイオン伝導度の低下は少なく、図6に示すようにゲル化剤を添加しないイオン液体に比べて、ゲル化剤濃度20g/Lでは90%以上、濃度50g/Lでも、80-90%程度の伝導度を保持している。ゲル化剤添加によるイオン伝導度の低下が少ないのは、ゲル化剤自体がイオン性化合物であることに関係すると考えられる。
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図6 イオン伝導度のゲル化剤濃度依存性 |
電解液の新しい漏れ防止技術として、各種電気化学デバイスへの応用を進めたい。一方、実際の電気化学デバイスでは、添加塩や補助溶媒などを含む混合系でイオン液体が用いられていることが多いため、そのようなイオン液体系にも適用できるゲル化剤を目指して、分子構造の最適化に向けた検討を行っていく。さらに、企業の協力を得て、実用化に向けた、より実践的な改良を進めていきたい。
独立行政法人 産業技術総合研究所
ナノシステム研究部門 スマートマテリアルグループ
研究グループ長 吉田 勝 E-mail:masaru.yoshida*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)
長沢 順一 E-mail:j.nagasawa*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)