独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ナノテクノロジー研究部門【部門長 横山 浩】分子スマートシステムグループ 玉置 信之 研究グループ長、吉田 勝 主任研究員、甲村 長利 研究員は、市販の試薬を混合するだけの簡便な一段階合成(ワンポット反応)により、有機電解質が複数分子連なった構造を持つ、新しい有機電解質オリゴマーの新規製造法を開発した。今回開発した有機電解質オリゴマーは、数%以下の少量の添加で様々な液体(水、有機溶媒、イオン液体)を固めることができるゲル化機能や、水に全く溶けない単層カーボンナノチューブ(以下SWNT)を水に可溶化するなど、興味深い機能を併せ持つことがわかった。有機電解質オリゴマーは、その多機能性から、いままで困難であった条件下での増粘剤としての使用や、電池、キャパシタ等に用いられるゲル電解質、SWNTと組み合わせた新しい炭素構造材料など、広範な応用用途が考えられる。
なお、本研究の内容の一部は、2007年5月29日(火)~31日(木)に京都国際会館にて開催される、第56回高分子学会年次大会で発表予定である。
近年、ソフトマテリアルとしてのゲルが、食品、化粧品、工業用増粘剤等の広範な分野において使用され、その更なる応用が期待されている。ゲル材料の多くは、寒天やゼラチンといった天然高分子によるハイドロゲルであるが、その機能には制限がある。例えば、これらのゲルは酸性条件では分解してしまうため、適用できる水の酸性度は限られている。また機械的外力によってゲルの構造を壊すと、再びゲル状態へ戻る復帰速度が非常に遅く、ゲルの応用範囲が限定されている。また、ゲルの性質は、ゲル化される溶媒の固有の性質によっても大きく異なる。例えば、機能性溶媒として知られるイオン液体は、電解質としての固有の導電性と、常温常圧下で液体という性質を併せ持つユニークな物質であり、イオン液体をゲル化することで、電気化学的デバイスの電解(擬)固体電解質として応用が期待されている。しかし、天然ゲル化剤はイオン液体に溶解せず、イオン液体のゲル化には使われていない。
こうした背景から、天然ゲルの持つ性質を人工的に模倣し、その機能を充実させることを目的とした、合成ゲルの開発が活発に進められている。しかし従来の合成ゲル化剤の多くは、多段階の合成ステップと煩雑な分離精製操作が必要であり、工業的な応用には必須である大量合成には大きな課題が残されている。
産総研は、ソフトマテリアルとしてのゲルの応用に注目し、様々のゲル化剤の開発を行ってきた。分子に水素結合や静電相互作用のような比較的弱い相互作用をする官能基を組み込むと、それらの分子が組織体を形成し、その際に周りの溶媒を取り込んで固まる現象が一般的なゲル化のメカニズムであり、ナノテクノロジーの分野において注目される「自己集合」現象の一種であると考えられている。我々は、分子内に水素結合、π-π相互作用、静電相互作用を持つ部位を導入した「有機電解質オリゴマー」の簡便な合成方法の開発や、水をゲル化する能力についての検討に取り組んできた。
なお、本研究開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の、産業技術研究助成事業「簡便に合成可能な新規電解質ゲル化剤およびそれを用いた高機能ハイブリッドゲルの開発(平成18年1月~平成20年12月)」による支援を受けて行っている。
図1 電解質ゲル化剤より調製したハイドロゲル(濃度1重量%) |
安価に市販されている二つの試薬(4-アミノピリジン及び4-クロロメチル安息香酸クロリド)を適切な有機塩基(トリエチルアミンなど)存在下、有機溶媒中で反応させると、最初に起こるアミド化反応に続き、分子間で自己縮合反応が起こり、電解質構造を持つ有機電解質オリゴマーがワンポット反応で得られた。この生成物は特殊な精製手段を使わず、反応溶媒中から析出してくる粉末を濾過するだけで得られた。分子量測定により、この有機電解質オリゴマーは、有機電解質の単位が3-30分子程度連結したオリゴマーであることがわかっている。得られた粉末を1重量%の濃度になるよう水に加えて、加熱・溶解させた後、室温で放置すると容易にハイドロゲルが生成する(図1)。従来のゼラチンなどの天然型高分子ゲル化剤では、酸性領域ではハイドロゲルを生成できないが、今回得られた新規有機電解質オリゴマーは、pH1までの酸性水溶液(塩酸やリン酸溶液)をゲル化することができる。また中性の水で生成したゲルは、機械的な外力によって構造が一旦破壊されても、外力を除くと瞬時に、ゲルの強度が復帰する特性を持ち、新たな応用の可能性が考えられる。
図2 単層カーボンナノチューブ(SWNT)分散ハイドロゲル |
図3 アンモニウム系イオンゲル(右)とリチウム塩添加したイオンゲル(左) |
SWNTは近年、次世代炭素材料として注目を集めている。しかし、SWNTは溶媒に不溶なため、溶液プロセスによって加工することが困難であった。我々の合成した有機電解質オリゴマーは、このSWNTに対しては特異的に分散剤として機能し、共に混合するだけで容易に水中に孤立分散させることが可能である。そのSWNT分散水溶液を用い、キャスト法もしくはスピンコート法により容易にSWNTを薄膜化することが可能である。また有機電解質オリゴマーの濃度を高くしていくと、SWNTが孤立分散したハイドロゲルを単独で作製可能である(図2)。
また、今回合成した有機電解質オリゴマーの陰イオンは塩素イオンであるが、これを様々な陰イオンに容易に変換することが可能である。陰イオンを変換することで水だけではなく、種々の有機溶媒や、イオン液体をもゲル化できることを見出した(図3)。イオン液体のイオン伝導度は粘性と密接な関係があり、一般的には粘度が高ければ高いほど、そのイオン伝導度は低下する傾向にある。しかし、今回得られたイオンゲルのイオン伝導度は、顕著な粘度上昇にもかかわらず、ほとんど低下しないという興味深い結果が得られた。
このように、今回開発した「有機電解質オリゴマー」は、簡単に合成できる特徴を持ちながら、様々な溶媒(水、有機溶媒、イオン液体)をゲル化することが可能であり、またSWNTを水中に分散させるなど、多機能性を持つ興味深い物質であり、様々な応用の可能性を持つと言える。
有機電解質オリゴマーから得られるハイドロゲルやイオンゲルの具体的な応用を目指す。例えばハイドロゲルの場合は、酸性廃液処理用の固化剤、または高速構造復帰特性を生かした衝撃吸収剤などへの用途が考えられる。さらにSWNTを分散できることから、SWNTの分離・精製への応用、さらにSWNTを含む構造材料としての応用を考えている。またイオンゲルの場合に関しては、そのイオン伝導度の保持という観点から、電気化学デバイス(例えば、色素増感太陽電池や電気二重層キャパシタなどの電解層)へ展開を目指す。