独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)バイオメディカル研究部門【研究部門長 近江谷 克裕】RNAプロセシング研究グループ 富田 耕造 研究グループ長らは、ウイルスのRNA合成酵素がゲノムRNAの複製に必須な、RNA合成終結時にRNA末端へアデノシン(A)を付加するメカニズムを明らかにした。
QβウイルスのRNA合成酵素(Qβレプリケース)によるRNA合成の終結過程であるRNA末端への鋳型非依存的アデノシン(A)付加反応段階を表したQβレプリケース-RNA複合体についてX線結晶構造解析と、得られた構造をもとにした生化学的解析を行った。その結果、複合体はRNA合成酵素と合成されたRNA—鋳型RNAの末端で特異的なATP結合ポケットを形成することがわかった。このポケットにATPが認識されて入ることで鋳型非依存的アデノシン付加反応が進行すると考えられる。ウイルスが増殖するために必要となるRNA合成の終結メカニズムが解明されたことによって、正常なRNA合成終結を阻害する手法を検討することが可能となり、ウイルスゲノムRNA合成の複製を阻害する新しい医薬品の開発へとつながることが期待される。
詳細は、2012年8月9日(米国東部時間)に、学術誌Structureのオンライン版に掲載された。
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概要図 ウイルスRNA合成酵素のRNA合成終結構造(左)とATP認識(右)
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RNAウイルスは感染した宿主細胞内でウイルス自身のRNA複製酵素(RNA合成酵素)によってウイルスゲノムRNAを複製する。ウイルスのRNA合成酵素は、まず、ウイルスRNAを鋳型として、それに相補的な配列をもったRNAを合成し、次に、合成されたRNAを鋳型として、それに相補的なRNAを合成する。幾つかのRNAウイルスでは、RNAを鋳型依存的に合成した後、余分なRNA配列をRNAの3’末端に鋳型RNAに依存せずに付加する。ゲノムRNAの末端に鋳型非依存的に付加された配列は、ウイルスゲノムRNAの複製の開始や、感染宿主内のRNA分解酵素によるウイルスゲノムRNAの分解を防ぐために必要であることが知られている。しかし、ウイルスのRNA合成酵素のゲノムRNA合成終結時において、鋳型非依存的にRNAの末端へRNA配列を付加する分子メカニズムは30年以上明らかではなかった。RNA合成終結時のウイルスRNAの3’末端への余分な配列を付加する分子メカニズムの解明は、ウイルスRNAの増幅サイクルを抑制する新たな医薬品の開発の基盤となりえると考えられる。
産総研では、RNAを合成する酵素群の機能、構造、制御に関する研究を行っている。これまでに、鋳型を用いないでRNAを合成する鋳型非依存性RNA合成酵素群やウイルス由来の鋳型を用いてRNAを合成する鋳型依存的RNA合成酵素群の反応機構、反応制御機構に関する基礎研究を行ってきた(産総研プレス発表など:2006年10月16日、2008年7月8日、2009年10月5日、2010年8月24日、2011年5月9日、2012年1月16日)。今回はQβレプリケースによる、ウイルスゲノムRNAの複製に必要なRNA合成の終結過程の解析を行った。
この研究は独立行政法人 日本学術振興会(JSPS) 最先端次世代開発支援プログラム(NEXT Program)「RNA合成酵素の反応制御機構の解明(代表者 富田 耕造)」の一環として行われた。なお、X 線回折データは大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構のフォトンファクトリー(ビームラインBL-17A)を利用して取得した。
Qβウイルスは一本鎖RNAのゲノムをもつが、そのゲノムRNAの複製はQβレプリケースという鋳型依存的なRNA合成酵素複合体によって行われる。Qβレプリケースは今から50年以上前に分離され、その酵素複合体が安定かつ高度に精製できること、また、試験管内でウイルスのゲノムRNA複製反応を正確に構築できることが知られている。したがって、Qβレプリケースの機能と構造相関の詳細な解析は、植物、動物RNAウイルスのRNAゲノム複製の基本原理の理解、RNAウイルスの進化の理解のために有益であると期待されている。QβレプリケースはウイルスゲノムRNAの複製増幅サイクルで、鋳型依存的なRNA合成の終結時にRNAの3’末端にアデノシンを一つ鋳型非依存的に付加することが報告され(図1)、付加されたアデノシンは、そのRNAに相補的なRNAの合成開始に必要であることが明らかにされている。
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図1 Qβレプリケースによる ウイルスゲノムRNAの複製サイクル。鋳型依存的RNA合成終結時後、鋳型非依存的にアデノシン(A)が付加される。末端のアデノシンはRNA複製開始に必要。
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QβレプリケースによるRNA合成の終結過程であるRNAの末端への鋳型非依存的アデノシン付加後のQβレプリケース-RNA複合体と、その直前の状態である鋳型依存的RNA合成反応が終了した段階のQβレプリケース-RNA複合体の2つについてX線結晶構造解析と、得られた構造をもとにした生化学的解析を行った。その結果、以下のことが明らかになった。
1)鋳型依存的なRNA合成の最後の状態は、通常の伸長過程と同様に進行する(図2 a、d左)
2)その後、鋳型RNAと合成されたRNAとの2本鎖が移動し、鋳型となるRNAがないため、RNA合成酵素の触媒ポケットのβ2領域が動く(図2 b、d左、中)
3)新たなポケットが形成され、その形と大きさが、ATPに適したものになる(図2 c、d中)
4)ATPの塩基と鋳型RNA末端の塩基(グアニン)との間の強い相互作用がポケットへ結合したATPが安定にポケットに収まることに寄与している(図2c、d右)
5)アデノシンが付加された後、RNAは移動し複合体から解離する。
このようにRNA合成の終結過程で、RNA末端への鋳型非依存的アデノシンの特異的な付加反応は、RNAとRNA合成酵素とで共同で行われている。他のRNAウイルスの鋳型依存的RNA合成酵素による鋳型非依存的なRNA配列の付加も同様な分子メカニズムによって、反応が進行すると予想される。
RNA合成終結時にアデノシンを付加する分子メカニズムの解明により、適切なRNA合成終結反応を阻害する手法を検討することが可能となり、RNA合成の複製を阻害することを利用した新しい医薬品の開発へとつながることが期待される。
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図2 QβレプリケースのRNA合成反応終結構造
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(a)鋳型依存的RNA合成
(b)鋳型非依存的RNA合成(アデノシン(A)付加)
(c) 鋳型非依存的アデノシン(A)付加におけるATP認識ポケット
(d) RNA合成の模式図。β2領域が動くことにより、タンパク質と鋳型RNA-合成されたRNAの2本鎖RNAで協同的に特異的なATP結合ポケットを形成
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独立行政法人 産業技術総合研究所
バイオメディカル研究部門
RNAプロセシング研究グループ
研究グループ長 富田 耕造 E-mail:kozo-tomita*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)