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見えない放射線をきちんと測り不安のない帰還実現を目指す
2008/10/01
2011年の東日本大震災にともなう東京電力福島第一原子力発電所の事故により、福島県を中心として広範囲に放射性物質が拡散しました。局所的に放射線量の高いホットスポットが存在するなど、避難区域外であっても住民が生活する中で被曝の不安を感じざるを得なかった地域が少なくありませんでした。避難先から帰還する予定の住民にとっては、被曝状況の把握はさらに重要な関心事でした。個人の生活においても「どのような場合に、どの程度の放射線被曝を受けているかを知りたい」という、多くの住民から寄せられたその要望に応えるためには、放射線の線量計が必要でした。しかし、放射線取扱業務従事者用の線量計は大型で日常の利用には不向きなものでした。かといって既存の小型線量計の多くは、頻繁に電池を交換しなければならなかったり、途中段階での数値の確認や時間帯別被曝量の表示ができなかったりするなど、個人利用のニーズに合ったものはほとんどありませんでした。不要な放射線被曝を避けるためには、一人一人が長期間携帯でき、手軽に毎日の被曝量を計測して、生活の中でどのようなときに被爆量が増えるか簡単に把握できる小型線量計が必要でした。
このニーズに応えるため、産総研は2011年に「MEMS技術を用いた携帯型放射線検出器の開発とその応用」プロジェクトを発足しました。MEMSとはMicro Electro Mechanical Systems(微小電気機械システム)の略称で、様々な機能を持ったデバイスを小型化するために電気回路・センサ・機械部品等を1つの基板上に集積させる技術の総称です。普段は個別の研究をしている研究者がこのプロジェクトではさまざまな分野から集結し、小型かつ低消費電力で、一定時間ごとの線量を記録でき、高線量下では警告を発する機能をもつ、量産可能な「小型放射線積算線量計」を2012年に開発することができました。完成した線量計の重さは電池とケースを含めてもわずか20g以下。電池交換なしに1年以上動き続けるため、ストレスなく日常利用することができます。当初、ここまでの小型化・低消費電力化は困難と思われましたが、乾電池で動く小型X線源の開発や、MEMS応用機器開発で培ってきた産総研独自の小型化・省エネ化技術、無線技術の応用によって実現できました。いわば産総研の“総合力”の結晶と言えます。
驚異的な小ささでありながらその実力は十分です。この線量計が測定できる放射線は、半減期が長く影響が長期にわたるセシウムに由来するγ(ガンマ)線で、0.1マイクロシーベルト(1シーベルトの1000万分の1)もの低線量から測定・表示が可能。これは一般的な放射線取扱業務従事者用の線量計の検出下限の10分の1にあたるという高い性能です。検出方法には半導体方式を採用して小型化・低価格化を実現。しかしこの方式では衝撃などによるノイズを誤検出する場合があるため、衝撃センサも搭載してノイズを除外する機能も付加し、検出の精度をより向上させました。 また、高線量を計測したときにはすぐにLEDライトやアラームで警告されるため、その場から離れるといった対応をとれるというのも利用者に安心感を与えてくれる材料です。データは光通信アダプタや無線を介してパソコンなどに非接触で送信でき、被曝量の総量や、1日あるいは1時間など一定時間ごとの被曝量の推移を確認できます。この記録をもとに、住民の放射線被曝を最小限にするための「被曝を避ける行動」や「除染作業の推進」に役立つ指針が得られます。
この開発を発表すると、放射線量計の関連企業だけでなく、自治体、NPO団体や一般市民からの問い合わせも多く、社会からの関心の高さ、切実さがうかがえました。そして、放射線の線量計測サービスを行う千代田テクノルと線量計の大量生産に向けた共同研究を行い、産総研のあるつくば市住民を対象にした実証試験を経て、同社に技術移転して「D-シャトル」として製品化しました。製品化した線量計については、帰還予定の自治体で配布される線量計の第一候補とされ、田村市などでは既に利用されています。また、この技術は現在、帰還住民向けだけでなく、除染プラントや原子力発電所の内部で作業するロボットの線量モニタへの応用も検討されています。今後はデータ転送速度を上げてより使いやすくするとともに、医療現場に対応するため低エネルギーのX線も計測可能にするなど、利便性や信頼性を上げて応用範囲を広げていくことが予定されています。
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