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「粘土」が次世代の自動車やスマートフォンを作る!?
2008/10/01
「粘土」といえば子供向けの工作材料の定番ですから、幼い頃に粘土で自動車を作って遊んだことのある方も少なくないことでしょう。実はその「粘土」が、未来の自動車やスマートフォンの鍵を握る材料になるかもしれません。というのは、次世代の自動車として期待されている水素燃料電池車に欠かせない水素タンクや、次世代スマートフォン用画面の主力と言われている有機ELディスプレイのどちらにも、「ガスバリア性」という性質を持った材料が必要とされているためです。ガスバリア性というのは簡単に言うと、「気体を封じ込めて漏らさない」性能です。自動車用水素タンクは、非常に漏れやすい気体である水素を高圧で安全に封じ込めなければならず、スマートフォンでは有機ELを劣化させる原因である水蒸気や酸素が空気中から入り込むことを防ぐ必要があります。驚くべきことに、実はそのために「粘土」が役に立つのです。といっても、水素タンクや有機ELと「粘土」ではあまりにもイメージが違いすぎて、このままでは何のことやらわけがわからないことでしょう。そもそも「粘土」が気体を封じ込めて漏らさないために役立つというのは、本当なのでしょうか?
「気体を封じ込めて漏らさない」性質であるガスバリア性を求める代表的な産業が、火力発電所や石油化学プラントです。数百℃にも達する高温・高圧のガスが流れる配管を持つこれらの産業では、配管の継ぎ目からガスが漏れるのを防ぐためのシール材 と言われる材料を必要とします。シール材は水道ではパッキンと呼ばれるもので、「隙間」を埋めるためにある程度伸縮性のあるゴム系材料が主に使われます。しかしゴム系材料では数百℃もの高温に耐えることはできません。そこで長年使われてきたのがアスベストですが、発がん性があることから現在では使用が禁止されてしまい、代わりに使われるようになったテフロンでは260℃までしか耐えられませんでした。そこで登場したのが粘土を元に作られるクレーストで、600℃もの高い耐熱性と耐久性・伸縮性・驚異的なガスバリア性を持ちながら加工しやすいのが特徴です。これらはアスベストの代替材として理想的な性質のため、2007年以降シール材として産業界に歓迎され、既に広く使われています。「クレースト(CLAIST)」の名前は「粘土」を意味する「clay」と、産総研の英文略称である「aist」を合わせて名付けられたものです。
クレーストの生みの親は産総研コンパクト化学システム研究センターで首席研究員を務める蛯名武雄。ゴミの最終処分場から有害物質が漏れ出すのを防ぐために、粘土をバリア材として使うための研究をしていた蛯名が見つけたこと、それは「粘土の層を薄くすればするほど、漏れを防ぐバリア性が高くなる」という意外な結果でした。通常、粘土の結晶はバラバラに乱雑な方向を向いていますが、紙すきに似た「溶剤キャスト法」という製法で薄い膜を作ると結晶が整然と均一な方向に並びやすくなります。結晶が乱雑だと小さな気体分子はその隙間を通り抜けてしまいますが、整然と並んでいると通り抜けられないのです。その薄さはなんと1ナノメートル(10億分の1メートル)! クレーストの実用製品はこの薄膜を2万枚も積み重ねて作られていますが、それでも髪の毛の半分以下の薄さ です。薄膜1枚であれば穴があっても、2万枚も積み重ねると「迷路効果」という作用が働き、気体分子が層の間に閉じ込められるため、極めて高いガスバリア性を発揮するのです。しかも折ったり曲げたりする加工がしやすく毒性もない、非常に使いやすい材料なのです。
クレーストが持つ高いガスバリア性、耐熱性を必要とする用途は発電所や石油化学プラントだけではありません。既に書いたように燃料電池自動車用の水素タンクやスマートフォン用有機ELディスプレイの保護材料の他に、食品や薬品の鮮度を長く保てる包装材、UVカット/赤外線反射フィルム、金属の錆を防ぐコーティング材、燃えにくい建築材料、電子回路を製造するためのプリント基板、CPU放熱シート、高耐久漆器などさまざまな用途へ応用が可能と考えられています。応用を進めるためにはクレーストの基本特許と主要な応用特許を持つ産総研だけでなく、多くの企業の力が必要なことから、現在はそれぞれの分野の企業との共同研究・共同開発が進んでいます。これらのさまざまな応用研究を有機的に連携させ、促進させるために2010年に約50社の企業により発足したコンソーシアムの名前が「Clayteam」。目指すものを効率よく開発するために、このコンソーシアムにおいて複数の技術を「つなぐ」コーディネーターとして、産総研には大きな役割が求められています。
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