みなさん、お待たせしました。ブルーバックス探検隊、ただいま帰ってまいりました!(あれ、どこか行ってたっけ? なんてツッコミはやめてください)
少しお会いしない間に世界は大変なことになってしまいましたが、また元気を出して、おもしろ研究をご紹介していきます。
新シリーズのトップバッターは、生命のサイエンスど真ん中の研究です。私たちの細胞の中にあるミトコンドリアは、大昔には独立した生物だったことはみなさんも聞いたことがあると思います。それがいつしか、ほかの生物の細胞に入り込んでしまうまでのプロセスとは、どのようなものだったのか? 私たちの祖先は何をしたのか? 生命進化の大きな謎に迫ります。
2020年7月14日掲載
取材・文 深川 峻太郎、ブルーバックス編集部
「ドメインが、1つ減るかもしれない」だって!?
われわれ人類は数ヵ月前から、それはもうウンザリするほど毎日、ウイルスと向き合って暮らしている。多くの情報が飛び交い、おかげで知識も増えてきた。だから、まさかいまだに細菌とウイルスの区別がついていない人はいないだろう。……い、いないよね?
いちおう言っておくと細菌は「生物」だが、ウイルスはいまのところ「非生物」とされている。それについてはいろいろ複雑な議論もあるようだが、少なくとも、地球上の生物を分類する「3つのドメイン」のいずれにも、ウイルスは入っていない。
「ドメイン」というのは生物を分類する階級で、下から種・属・科・目・綱・門・界ときて、いちばん上がドメインだ。なぜかそこだけ漢字1字ではないことは、まあ気にするな。ドメインには「真核生物」「バクテリア」「アーキア」の3つがある。
このうち真核生物とは、細胞の中に核をもつ生物で、動物や植物、あるいはミドリムシやゾウリムシなどの原生動物、そしてカビなどの菌類がそうだ。もちろん、われわれ人間もこのドメインに含まれる。
バクテリアとアーキアは、いずれも単細胞で、真核生物と違って細胞に核をもたない「原核生物」だ。その意味では似た者どうしなのだが、細胞膜脂質や遺伝子などが大きく異なるので、ドメインは別になっている。バクテリアはいわゆる「細菌」であり、アーキアはかつて「古細菌」と呼ばれたこともあった。
そしてくどいようだが、ウイルスはどっちでもない。もし、仮に、今後「やっぱウイルスは生物!」という決定がなされたとしても、それはバクテリアでもアーキアでも(もちろん真核生物でも)ない「4番目のドメイン」となるであろう。
ところが、実はそれとは逆に、生物のドメインの数が「3」から「2」に減るかもしれない事態が起きているというのである。それが、今回の探検のテーマだ。
その真相に迫るため、探検隊はさっそく、産業技術総合研究所の生物プロセス研究部門 生物資源情報基盤研究グループの研究員・延優(Masaru K. Nobu)さんと、同グループ長の玉木秀幸さんを訪ねた。
アーキアは真核生物の祖先?!
「見かけ上は、原核生物と真核生物は大きく異なっています。しかし、進化のプロセスを見ると、バクテリアとアーキアはかなり違っています。むしろ進化的には、アーキアは真核生物に近いのではないかと考えられることがわかってきたのです」(延さん)
ドメインが減るといっても、3つのうち何かが絶滅するわけではなかった。よく似ているバクテリアとアーキアが統合されるわけでもない。なんと、われわれ人類を含む真核生物と、アーキアが統合される可能性があるというのである。
真核生物がどのように進化したのかは未解明だが、今回、産総研と海洋研究開発機構(JAMSTEC)の共同研究によって、進化の真相に迫る大きな発見がもたらされた。
「今回のブレイクスルーは井町さん(JAMSTEC)の培養とこちらのゲノム解析、お互いの世界最先端の技術を融合することでたどりつけた成果です」(延さん)
その実験が始まったのは、2006年。JAMSTECの井町寛之博士が中心となり、有人潜水調査船「しんかい6500」を使い、紀伊半島沖の南海トラフにあるメタン湧出帯から海底堆積物を採取した。
「海底堆積物の中から、MK-D1株というアーキアが見つかりました。これを培養して、そのゲノムを解析したところ、これまでは真核生物しか持っていないと思われていた遺伝子がたくさんありました。つまり、MK-D1は、われわれ真核生物の祖先と非常に近い存在なのです」(延さん)
真核生物に「われわれ」をつけて語る延さんからは、「自分たちの起源を知りたい」という強い情熱を感じる。
「たとえば、われわれの筋肉などを構成するアクチンという遺伝子は、基本的に真核生物しか持っていないと考えられていました。しかしMK-D1はゲノム上にアクチンを持っていて、実際にそれを使って生きていることがわかりました」(延さん)
また、遺伝子の配列情報を使って計算すると、その生物が進化の系統樹の中でどのように位置づけられるかがわかる。以前から、まずバクテリアとアーキアが進化の過程で枝分かれし、次にアーキアと真核生物が枝分かれしたことはわかっていた。ところが、延さんらがMK-D1のゲノムを使って計算したところ、真核生物とMK-D1の共通の祖先はアーキアであることがわかったというのだ。
「これは大きな発見でした。従来の系統樹ではドメインは3つでしたが、真核生物の祖先がアーキアだとすれば、ドメインはバクテリアとアーキアの2つになる可能性があります。MK-D1の培養に成功し、そのゲノムを解析できたおかげで、このような系統樹を描けるようになったんです」(玉木さん)
培養の成功がもたらした「驚き」
玉木さんによると、微生物の培養はきわめて難しい。自然環境から採取した微生物の99%は培養できないというのだから、驚くべきハードルの高さだ。
「ただし、微生物のDNAは環境中から比較的容易に採取できます。DNAを読み取る装置も進歩しているので、微生物そのものを培養しなくても、そのゲノムを研究することはできるんですね。それをやっているグループの研究によって、アクチンなど真核生物に近い遺伝子を持つアーキアがいることは2015年の時点でわかっていました」(玉木さん)
真核生物に近い遺伝子を持っているので、そのアーキアはふつうの原核生物よりも大きく、複雑な細胞を持っているだろうと予想されたそうだ。だが、DNAだけで研究するのと、「実物」を培養して研究するのは、やはり違う。MK-D1の実体は、2015年の予想を大きく裏切っていた。
「培養に成功したMK-D1は、複雑な内部構造をまったく持たない、ふつうのアーキアでした。われわれ真核生物の細胞には核やゴルジ体などの小器官がありますが、MK-D1にそんなものはなく、構造的には実にシンプルな原核生物です。にもかかわらず、遺伝子は真核生物に近い。それが最初の驚きでした」(延さん)
ところが、培養がもたらした「驚き」には、さらに続きがあった。そうはいってもMK-D1には何かしら、ふつうのアーキアとは違う複雑さがあるのではないかと考えた延さんたちが、さまざまな実験をしていたところ、ある条件下でMK-D1が思いがけない姿を見せることがわかったのだ。
アーキアの“腕”がバクテリアを取り込んだ!
「変化が見られたのは、細胞の外部でした。まるで“腕”のような、長い突起構造物を形成したのです。バクテリアでもアーキアでも、原核生物でこんな外部構造を持つものはこれまで見たこともありませんでした」
それは、あまりにも意外な展開だった。意外すぎて、研究グループ内では危うく反省会を開くところだったそうだ。この分野の実験では、コンタミネーション(試料汚染)、略して「コンタミ」と呼ばれるミスが、往々にして起こる。
上の写真の“腕”も、MK-D1に細長い別の細菌か何かが混入して突き刺さったのでは? という疑念が研究チームに生じたのだ。つまりはそのくらい、奇妙な光景だったということだ。
しかし、延さんと玉木さんは、ポジティブだった。
「写真を見るとちゃんと本体から直接生えてるから、本体の一部ですよ!」(延さん)
「直感的に細すぎるから、大丈夫ですよ!」(玉木さん)
補足すると、玉木さんは長年の経験にもとづく勘で、単独の生物のものにしては、この"腕"は細すぎると思ったそうだ。
MK-D1の“腕”の発見は、アーキアがどうやって真核生物になったかを考えるうえで、大きなヒントとなった。
「進化の大事件」その真相とは
真核生物は、原核生物と違い、もともとはバクテリアだったものを細胞の中で飼っている。そう、われわれに必要なエネルギーのほとんどを供給してくれているミトコンドリアだ。もしアーキアが真核生物の祖先ならば、進化のプロセスのどこかの時点で、「アーキアがバクテリアを取り込む」という大事件があったはずだ。
「まだ仮説にすぎませんが、今回の発見からひとつのシナリオが見えてきました」
延さんが推理する、この大事件のストーリーは以下のような感じだ。
「まず、大腸菌などの原核生物は、増殖に必要な材料を自分でつくれるのですが、MK-D1は、必要なアミノ酸30種類のうち、自分では8種類しか合成できません。したがって、彼らはほかの生物がつくったものをもらわないと生きていけないことがわかりました」
つまり、このアーキアは、共生するパートナーがいないと増殖ができない。これも大きな発見のひとつだ。MK-D1のようなアーキアが祖先だとすれば、われわれ真核生物とミトコンドリアの共生は単なる偶然ではなく、必然的な流れだったことになる。
「われわれの祖先となったアーキアは、もともとは、まだ酸素がなかった地球で生きていました。ところが、約27億年前、光合成をする生物シアノバクテリアが大繁殖して、地球に酸素が大量発生します。それまで無酸素環境で生きていた生物にとって、酸素は猛毒でした。大気や海に毒ガスが充満し、生物にとって史上最大の”災害”が起きたのです」
いま、われわれが生きている世界もかなり大変なことにはなっているが、当時の生物たちのパニックは、それはすさまじいものだったろう。しかし、と延さんは言う。
「それは逆に、酸素を制し利用できるようになれば、大きなチャンスが待っているということも意味していたわけです」先を急ごう。当時の逆境を生き延びるためにアーキアが採るべき選択肢は2つあった。
- 酸素のない場所に逃げる
- 逃げずに酸素とともに生きる方策を探る
このどちらかである。
今回、海底堆積層で採取されたMK-D1のようなやつは酸素のない場所に逃げたアーキアが進化したものと考えられるが、もう一方の、酸素と向きあって、あえて酸素のある環境に進出したアーキアも少なからずいたと思われる。酸素のある環境には、栄養はたくさんあるからだ。つまり、ピンチをチャンスに変える生き方である。
「そうした環境には、酸素を利用して、解毒してくれるバクテリアがいました。アーキアがありがたくそこに寄り添っていくと、さらに好都合なことに、バクテリアたちはついでに、アーキアの生育に必要なアミノ酸やビタミンなども合成してくれた。こうして、バクテリアとアーキアの共生が始まったのだと思われます」
しかし、地球上では毒ガスの濃度がさらに高まっていく。やがて、隣で寄り添うバクテリアにときどき解毒してもらうだけでは間に合わなくなってくる。
さあどうする、アーキア?
事件のカギは"腕"だった!
ここで彼らが生き延びるために選んだのが、ガスマスクを装着するという方法だった。
「バクテリアを体内に取り込んで、常時、酸素から守ってもらおうとしたのです。そこで重要な役割を果たしたと考えられるのが、MK-D1で見られた“腕”のような外部構造です。イメージとしては、アーキアがピンポン球に入っていると思ってください。そのピンポン球の穴から“腕”が出て、外にいるバクテリアを取り込むんです」
もともとアーキアは、身体のまわりに固い殻を持っている。それが「ピンポン球」だ。
バクテリアを取り込むと、その殻が邪魔になり、溶けてなくなる。
「すると、アーキアとバクテリアのあいだに空間ができます。この構造は、われわれ真核生物の細胞内でゲノムを守っている核膜と非常に近いものです。これ以外の方法で、核膜のような構造ができるとは思えません。外部にこの“腕”を伸ばす能力があったからこそ、この構造ができたのだと思います」
こうして初めて、アーキアがバクテリアを取り込むという大事件が、どのようにして起きたのかが見えてきたのである。“腕”の発見に、いかに大きな意味があったかが、おわかりいただけよう。
「捨て身の作戦」で真核生物に進化
だが、これだけではまだ、アーキアが真核生物に進化することはできない。ガスマスクとしてバクテリアを取り込んだアーキアは、バクテリアに酸素を解毒処理させたが、自分自身はあいかわらず、無酸素環境で生きるための機能を持ちつづけていた。
「代謝でいえば、アーキアは無酸素代謝、バクテリアのほうは有酸素代謝と、それぞれが別々の方法でエネルギーを得ていて、相反する能力がせめぎ合っている状態でした。1つの生命体となるには、重複する機能をなくして、一本化する必要がありました」
実際、われわれ真核生物はいま、ミトコンドリアだけにエネルギーを生産させて、自分自身の細胞ではエネルギーをつくっていない。われわれがそうなったのは、祖先であるアーキアがどこかの段階で、本来であればすべての生物が自分でやらなければならないエネルギー生産をやめてしまったからだ。では、そんなことがどうやって可能だったのだろうか。
延さんらは、まず取り込まれたバクテリアの立場で考えて仮説を立てた。
エネルギーを貯蔵するATP(アデノシン三リン酸)は、本来は自分の細胞内にしか存在しないが、ほかの生物に取り込まれたバクテリアから見ると、周囲にATPがたくさんある状態だ。
「生のエネルギーがたくさんあるのですから、これを吸収しない手はありません。そこでバクテリアは、アーキアの細胞からATPを奪って運ぶ、AACというタンパクを進化させたと考えられます。いま、われわれの体内にいるミトコンドリアのAACは、われわれにATPを渡す方向で機能しますが、それとは逆の方向に働く能力もあることがわかっているのです」
バクテリアのAACには、いわばATPを濃度が高いほうから低いほうへ運ぶ機能があるので、バクテリアがアーキアに取り込まれた当初は自然と、バクテリアのほうにATPが流れ込むことになる。
では、バクテリアに細胞内のエネルギーを奪われたアーキアは、そこでどう対抗したのだろうか。
細胞内のエネルギーを奪われたアーキアがどう対抗したか? 単純に考えれば、
「バクテリアに奪われてしまったから、もっとエネルギーを生産するぞ!」
ということになるだろう。だが、われわれの祖先は意外な戦略を採った。
「アーキアは、そこで自力でのエネルギー生産を放棄したのだと思います。すると、自分の細胞内のATPはやがてゼロになり、ATPを生産するのはバクテリアだけになる。その結果、ATP濃度が逆転してバクテリアのほうが高くなり、AACがATPを運ぶ方向も逆になって、バクテリアからアーキアに流れるようになるわけです」
なんという捨て身の作戦だろうか! まるで、スネをかじりまくる息子に対抗して親が会社をやめて無収入になったら、お金の流れが逆転して息子に養ってもらえるようになった──みたいな話である。
「こう考えないと、アーキアがみずからエネルギー生産を放棄するのは不可能です。思い切った戦略ですが、進化は偶然の変異による結果なので、たまたまそれをやったアーキアが生き残ったのでしょう」
こうして、アーキアは自分でエネルギーをつくらずに生きていける、初めての生物となった。すると、エネルギー生産で精一杯なバクテリアとは違い、ほかのことをやる余裕ができる。
「バクテリアを取り込んだアーキアは情報処理に専念できるので、遺伝子を蓄えるなどして自分の細胞を複雑化させたり、多細胞化したりといった生き方が可能になりました。"操縦士"(情報処理)と"動力"(エネルギー生産)とを、生物界で初めて分業することができたからです。そのアーキアを祖先としているおかげで、われわれ真核生物は、ここまで進化することができたのです」
ウイルスとの共生を志向する「ウィズ・コロナ」がどのような生き方になるのかはわからないが、われわれの祖先は、こうして「ウィズ・バクテリア」の生活様式を確立した可能性がある。
重労働を社員に押しつけつつ、「情報戦略」と称してSNSで人気者になるブラック企業の経営者みたいな風情もなくはない。そんなアーキア・ドメインの末裔として、人類はどう生きていくべきなのか。生物としての位置づけを揺さぶられる探検であった。