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磁気トンネル接合とは?

磁気トンネル接合とは?

2026/01/21

#話題の〇〇を解説

磁気トンネル接合

とは?

科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由

    30秒で解説すると・・・

    磁気トンネル接合とは

    電子が持つ電気的な性質(電荷)と磁気的な性質(スピン)の両方を活用して新機能を創出する新しい半導体技術は「スピントロニクス」と呼ばれ、学術基礎研究や応用研究が精力的に進められています。スピントロニクスの社会実装においてコア技術となるのが、「磁気トンネル接合」と呼ばれる固体素子です。この素子が持つ情報記憶や磁気センシングの機能を活用することにより、低消費電力メモリーや大容量ストレージ、高性能磁気センサーなどを開発できます。これらの社会実装により、ITクラウドの省電力化や高度化が可能となります。

    磁気トンネル接合はデジタル情報の不揮発記憶や高感度の磁気センシングなどの機能を有し、超微細化が可能であることから、スピントロニクス応用のコア技術になっています。現在、不揮発性メモリーや高感度磁気センサーで用いられている磁気トンネル接合の基盤技術を世界に先駆けて開発したエレクトロニクス・製造領域の湯浅新治上級首席研究員が、磁気トンネル接合とはどのようなものなのか、これまでの研究開発の経緯、社会実装と今後の展望などについて解説します。

    Contents

    磁気トンネル接合とは何か

     磁気トンネル接合(Magnetic Tunnel Junction, MTJ)は、極めて薄い絶縁膜(トンネル障壁)を2枚の強磁性金属*1で挟んだ基本構造を持ちます。通常、絶縁体には電流は流れませんが、絶縁膜の厚さが1–2 nmまで薄くなると量子力学のトンネル効果により特殊な電流(トンネル電流)が流れます。

     2枚の強磁性層の磁石の向きが平行なとき(P状態)、MTJ素子の電気抵抗(RP)は低くなり、比較的大きな電流が流れます。一方、磁石の向きが反平行なとき(AP状態)、MTJ素子の電気抵抗(RAP)は相対的に高くなり、電流は減少します。この現象はトンネル磁気抵抗(Tunnel Magneto-Resistance, TMR)効果と呼ばれます。

     MTJ素子の電気抵抗の変化率(MR比)は、デバイス応用の性能指数となります。MR比が大きいほどより高性能なデバイスの開発が可能となるため、これまでスピントロニクス分野はMR比の増大とともに発展してきました。

    2段にわかれた上の図は磁気トンネル接合の構造図、下の図はMR比の定義を説明した図
    磁気トンネル接合(MTJ)の構造と仕組み、MR比の定義

    MTJ素子のデバイス応用と課題

     MTJ素子の片方の磁石の向きを固定し、もう一方の磁石の向きが外場(磁界など)によって変わるようにすると、磁界によって電気抵抗が変化するため、MTJ素子は磁気センサーとして機能します。また、P状態とAP状態を“0”、“1”に対応させると、MTJ素子は1ビットの情報を記憶する記憶素子として機能します。複数のMTJ素子をアレー状に並べて情報を記憶するメモリーはMRAM(Magnetoresistive Random-Access Memory)と呼ばれ、電源を切っても記憶情報が保持される不揮発性メモリーとなります。

     MTJ素子を磁気センサーやMRAMに応用するには、室温かつ低い磁界において大きなMR比が必要となります。トンネル障壁の材料としてアモルファス*2の酸化アルミニウム(Al-O)を用いたMTJ素子が1995年に開発され、その後約10年間の世界規模の研究開発により数10 %に達するMR比が実現されました。

     アモルファスAl-OのMTJ素子を用いたハードディスク(HDD)の再生磁気ヘッド*3や小容量のMRAMが2000年代半ばに実用化されましたが、その後間もなく記憶容量は頭打ちになりました。より大容量で高性能なHDDやMRAMを実現するには、100 %を大きく越える巨大なMR比の実現が不可欠でした。

    酸化マグネシウムを用いたMTJ素子の開発

     2004年に産業技術総合研究所(産総研)は、トンネル障壁の材料として結晶(原子が格子状に規則正しく並んだ物質)の酸化マグネシウム(MgO)を用いたMTJ素子を世界に先駆けて開発し、約200 %という巨大なMR比を実現しました。現在までに600 %を越えるMR比が実現されています。これは、従来のアモルファスAl-Oの約10倍です。

     さらに、産総研は製造装置メーカーのキヤノンアネルバと共同で、強磁性金属としてコバルト鉄ホウ素(CoFeB)合金を用いたCoFeB/MgO/CoFeB構造のMTJ素子を開発し、MTJ素子の大量生産と高密度集積回路(LSI)チップへの集積化を可能にしました。これにより、このMTJ素子を用いた製品開発が世界規模で開始されました。

    X軸を西暦Y軸をMR比として1995年から2023年までのMR比を表した棒グラフ
    MTJ素子のトンネル障壁の材料とMR比

    MTJ素子の社会実装

     産総研が開発したMTJ素子(特にCoFeB/MgO/CoFeB素子)を用いたHDD再生磁気ヘッドは2007年頃に実用化され、現在製造されている全てのHDDに搭載されています。これによりHDDの記録密度は以前に比べて1桁も増大し、1ドライブ当たり数10テラバイトという大容量HDDが実現されました。現在、HDDはデータセンターの主流ストレージであり、デジタル情報の約7割はHDDに保存されています。生成AIや各種クラウドサービスの普及によりデータセンターの増設が続いており、その主流ストレージであるHDDはIT社会を下支えする重要基盤となっています。

     CoFeB/MgO/CoFeB構造のMTJ素子を記憶素子に用いた第二世代の大容量MRAM(STT-MRAM)は2020年前後に実用化され、モバイルIT機器などに搭載され始めています。今後STT-MRAMが広く普及すれば、コンピューターの低消費電力化やモバイル端末のバッテリーの長寿命化などにより、省エネルギー化や利便性の向上に貢献すると期待されます。

     MTJ素子は汎用磁気センサーとしても普及し始めており、磁気計測だけでなく、自動車や機械の位置・回転検出用途でも用いられています。今後さらに、電気自動車のバッテリーマネジメント用の直流電流センサー、心磁や脳磁などの生体磁気センシングなど、高付加価値の応用も期待されています。

    MTJ素子の社会実装

    次世代デバイスの実用化に向けた産総研の取り組み

     産総研では現在、MTJ素子を用いた次世代デバイスの研究開発に取り組んでいます。現在主流の不揮発性メモリーSTT-MRAMに比べて1桁小さな電力で動作する電圧駆動型の次世代MRAM(VC-MRAM)、およびより高速に動作する次世代MRAM(SOT-MRAM)の実用化を目指した研究開発を行っています。さらに、MTJ素子を用いた超低消費電力のニューロモルフィック(脳型)コンピューティング技術の研究開発も推進しています。

     これらの次世代デバイスの実用化の鍵となるのが、新規の材料・素子・プロセス技術の開発です。各種次世代デバイスに適した新規の高性能MTJ素子を開発するために、産総研では最先端の薄膜作製装置(スパッタ装置)を用いて研究開発を行っています。このスパッタ装置では、産業応用で重要な300 mmウェハを高速で回転させながらマイナス200 ℃以下まで冷却し、その上に新材料を用いたMTJ素子を作製することができます。この低温成膜の技術を用いれば、これまで作製できなかった高品質な多層膜や新材料MTJ素子の作製が可能となります。産総研では、このような最先端の装置やプロセス技術をコアコンピタンスとして、民間企業と共同で次世代デバイスの研究開発に取り組んでいきます。

    スパッタ装置が並んだ研究室の写真
    低温成膜が可能な最先端のスパッタ装置

    *1:鉄のように磁石の性質を持つ金属[参照元へ戻る]
    *2:原子の配列がランダムな物質[参照元へ戻る]
    *3:磁気ディスク上の磁気記録情報を電気信号に変換する高性能磁気センサー[参照元へ戻る]

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