高性能で使いやすいAI橋渡しクラウドで生成AIの開発と社会実装を加速する
高性能で使いやすいAI橋渡しクラウドで生成AIの開発と社会実装を加速する
2024/11/20
高性能で使いやすいAI橋渡しクラウドで生成AIの開発と社会実装を加速する
AIのアルゴリズムと、実社会から得られるビッグデータをつなぐABCI(AI橋渡しクラウド:AI Bridging Cloud Infrastructure)。AI技術の開発と社会実装を加速するため、オープンに利用できる大規模計算インフラとして産総研が整備し、2018年に運用を開始しました。2021年にABCI 2.0、さらに今年はABCI 3.0にアップグレードします。産学官の幅広いユーザーに活用されて目覚ましい成果をあげ、AI技術による産業創出を牽引しています。
最高水準の計算性能と省エネ性能を備え企業がアクセスしやすいAIスパコン
産総研がABCIの構築に取り組んだのは、海外でディープラーニング(深層学習)の極めて重要な技術が相次いで開発された時期です。一方国内ではAIへの関心は高いものの、導入している企業は約1割に過ぎませんでした。そこで、研究機関や大学だけでなく企業がアクセスしやすい大規模計算インフラを整備し、実際にAIを試してみることのできる「場」を提供することにしました。
そうして誕生したのが、当時、スパコン速度性能ランキングで世界第5位となったABCIです。半精度演算の性能は550ペタフロップスで、最新GPUを4,352基搭載。GPUが多いほど消費電力と発熱量が上昇しますが、省エネ性能の面でも世界最高水準を実現したのが特徴です。その仕組みについて高野了成に聞きました。
「一般的なデータセンターは、計算機の消費電力とほぼ同じくらい冷却用の電力が必要です。しかしABCIの場合は、計算機の消費電力の10分の1以下で冷却することができます。一番のポイントは、クーラーのように消費電力の大きい冷凍機を使うのではなく、フリークーリングと言って、いわゆる『打ち水効果』により作った温水のみを用いて年間を通して冷却を行うことです。非常に高効率・省エネで、オペレーションコストの削減に貢献しています」
より高速な最新GPUを搭載し生成AIの開発で多くの成果
2021年5月にはABCI 2.0へアップグレードしました。その経緯ついて、小川宏高は次のように説明します。
「利用者が右肩上がりに増え続け、利用率も非常に高い水準になってきたため、より高速な最新GPUを搭載したシステムを新たに導入し、従来システムと併せて利用できるようにしました。そもそも生成AIの性能は、パラメータ数や学習させるデータ量に応じて向上します。それらを増やしていって、あるポイントを過ぎると突然性能が上がる傾向があることから、さまざまなデベロッパーが生成AIの開発にしのぎを削っています。そうした利用者に向けて、ABCI 2.0は生成AI開発に優先的にリソースを割り当てています」
GPUサーバーやストレージシステムを増強し、半精度演算の性能は851.5ペタフロップスに向上。このABCI 2.0を活用してさまざまな成果が生まれています。その例をいくつか紹介すると、『ABCIで日本語版大規模言語モデルを構築する』(Preferred Networks)、『AI・自動運転技術で新しい物流インフラを構築する』(T2)、『画像認識で食肉から骨を見つけ出す、食肉加工機械の進化』(前川製作所)、『動画解析AI「DeepLiquid」で挑む、流体特性の新たなデジタル化』(AnyTech)などがあります。
ABCI 3.0へのアップグレードで世界と伍するための開発環境を整備
世界的に生成AIの市場規模が急拡大する中、現在ABCI 3.0へのアップグレードが進められています。その狙いについて小川は、「2.0では数百億パラメータ級のモデルであれば開発できますが、現時点で最先端の生成AI、例えばChatGPT(OpenAI)やGemini (Google)などでは、1兆パラメータ以上のモデルが使われています。つまり、持てる者であるビッグテックはそうした生成AIツールを開発できるけれども、持たざる者である日本の産学官では開発できません。3.0へのアップグレードにより、そうしたギャップを解消し、日本の産学官が世界と伍する生成AIを開発できるような環境を整備することになります」と語ります。
また、産総研では生成AIを社会課題の解決につなげる研究が進んでいると高野は言います。「実世界とサイバー空間の融合領域で生成AIを実用化できないか、そこに着目した研究が進められています。例えば、実世界からデータを取り込んで、生成AIを使って工場のラインで異常検出をするような研究です」
もう1つ、ABCI 3.0への移行方法にも大きなチャレンジがあるそうです。「ユーザーがABCIを使えない期間を極力減らし、究極は端境期なしで2.0から3.0に切り替えるのが目標です。まず、電源やデータセンターの拡張、冷却システムの増強などの工事を行い、2.0を運用しながら段階的に3.0へ置き換えていく計画ですが、非常に難しい作業になります」
これにより、半精度演算の性能は6.22エクサフロップスへと一気に約7倍も向上。2025年1月の運用開始を目指して移行が進められています。
AISolに運用を移管して生成AI市場の育成を目指す
今年4月からAISolに運用が移管され、さらなる利用拡大と、よりきめ細かいサービス提供に取り組み始めました。これを機に、利用価格とユーザー層を変える必要があると小川は捉えています。
「経済産業省の『クラウドプログラム』により、さくらインターネットやGMOインターネットグループをはじめ、AI開発用のスパコンを整備して利用者に提供しようとするクラウド事業者が続々と出てきました。その市場が立ち上がるのを妨げないよう、ABCI 3.0の利用価格は各事業者と同水準に引き上げます。またユーザー層についても、ABCIでは国の研究機関や大学、公的資金による委託事業や補助事業の実施事業者、スタートアップなどに優先的に提供することで、公益性の高い開発を推進していくつもりです」
産総研が担う役割について、高野は次のように見据えています。「今後は、計算資源を高度化・高付加価値化する研究により一層フォーカスしていくことになるでしょう。生成AIのエコシステムにおけるABCIの役割を見据えて、AIセーフティ・セキュリティ、エッジAIとの連携を含めた推論環境、省電力の仕組みなど技術開発を進めます。それらをABCIで検証し、企業への技術移転などを通して日本の計算資源産業の底上げに貢献したいと思います」
計算インフラが育ちつつあるいま、課題は大量のGPUを使いこなせる人材が圧倒的に不足していることです。世界と肩を並べる生成AIを開発できるような人材育成を含め、これからも産総研は日本におけるAI開発と社会実装を先導していきます。
デジタルアーキテクチャ
研究センター
副連携研究室長
高野 了成
Takano Ryousei
株式会社 AIST Solutions
プロデュース事業本部
事業構想部
事業プロデューサ
小川 宏高
Ogawa Hirotaka
産総研
情報・人間工学領域
デジタルアーキテクチャ研究センター
株式会社 AIST Solutions