XRを支える基盤技術
XRを支える基盤技術
2022/12/07
XRを支える基盤技術
とは?
科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由
XRとは?
VR(Virtual Reality、仮想現実)やAR(Augmented Reality、拡張現実)、MR(Mixed Reality、複合現実)などの総称として用いられています。ヘッドマウントディスプレイなどからの現実世界にはない感覚情報で、新しい体験をもたらす技術を意味します。一部では、“Cross Reality”や“Extended Reality”の略称として使われることもありますが、まだ多義的で学術的に定義された言葉ではありません。ビジネス界で発信されて以来広く普及し、「X」に変数の意味を持たせて「xR」と表記されることもあります。
ゲームやSNS領域で盛り上がりを見せてきたXR技術の活用ですが、eコマースやリモートワーク、専門的な業務の訓練など、ビジネスの場面への活用も始まっています。今回は、人間の「はたらく」を支えるXR技術の開発と活用に取り組む人間拡張研究センター スマートワークIoH研究チームの大隈隆史に、XRの現在地と今後の展望を聞きました。
リアルとバーチャルがフュージョンする時代へ
インターネット上に仮想世界「メタバース」がつくられ始め、さらには複数のメタバース間や、メタバースと実世界がつながる「インターバース」も提唱されています。これからはリアルな空間とバーチャルな世界がさまざまな場面でフュージョンし、新たな体験や生活スタイルが生まれていくことも予想されています。
それを実現する技術としてVR、ARなどがあり、その総称がXRです。学術的には、1994年にポール・ミルグラム氏が現実空間(リアル)と仮想空間(バーチャル)が混ざり合った領域をMR(Mixed Reality、複合現実)と定義しているものが、それに近い概念と言えます。
XRの技術には大きく三つの技術があります。
・リアルな世界をバーチャルに取り込むために環境や人間行動をセンシング・計測してモデル化する技術
・デジタルツインをつくって可視化・シミュレーションする技術
・観察している人の目の向きを測りながらバーチャルな世界を提示するヘッドマウントディスプレイなどの技術
これらを組み合わせることで実現される空間をインターネット上で共有する仕組みにより、メタバースは実現しています。
ゲーム・SNS領域で盛んなXR技術の活用
XR技術を用いたメタバースのサービスとしては、アバターを通じてバーチャルな世界に参加するメタ社のメタバース「Horizon Worlds」が挙げられます。3億5000万人のユーザー数がいると言われるバトルロイヤルゲーム「FORTNITE*1」が世界的に知られています。他にも「MINECRAFT*2」や「あつまれ どうぶつの森*3」など、複数人でもプレイや交流を楽しめる「ゲーム・SNS型」のメタバースサービスが盛り上がりを見せていますが、広い意味ではこれらもXR技術を活用しているといえるでしょう。
また、メタバース空間で商品を売り買いできる「バーチャルマーケット」、バーチャル旅行を提供する「HISトラベルワールド」など「Eコマース型」の取り組みも始まっています。さらにリモートワークやテレワークの良い部分を拡大しつつ、社員のコミュニケーション不足を解消するために、アバターで参加できるバーチャルなオフィスや会議室など、「拡張テレワーク型」のXR技術の活用も注目されています。
ゲーム・SNS領域から発展してきたXR技術が、徐々にビジネスの場にも活用が広がっています。産総研でも産業の活性化にXR技術を積極的に活用していこうと、さまざまな取り組みを行っています。バーチャルな世界だけで経済活動が閉じていくのではなく、実世界のビジネスにも環流される仕組みをつくりたいと考えています。
人間の「はたらく」を支え、楽しくするXR
XR技術をビジネスシーンで活用するため「はたらく」ことへの技能と意欲を高めるXR技術の研究開発を行っています。
例えば、バーチャルトレーニングへの展開です。溶接や塗装などの個別技術習得や工事現場などでの安全教育は、VR技術を活用した体験型訓練でトレーニングが行われ始めています。産総研ではファミリーレストラン「ロイヤルホスト*4」の協力のもと、VRで接客業務のトレーニングができるシステムを開発しています。来店した客の案内から、メニューや料理の提供、片付けなどの一連の作業を体験できるもので、作業の優先順位の判断や客への気配りを評価し、訓練できるものを目指しています。
また、物流倉庫の現場改善にVR技術を使う研究も進めています。物流倉庫内の環境を計測した3Dモデルをつくり、また働いている人の動きも計測し、3Dモデルでのシミュレーションによってピッキング作業の効率化を目指しています。今後はさらに、脳波や心拍数、発汗、体温のデータを取りながら、やりがいや興味といった働く人の内面の状態にも注目し、クオリティー・オブ・ワーキング(働き方の質)にもアプローチしていきます。
その他にも、ヘッドマウントディスプレイではないVR装置の開発も行っています。周囲360度をディスプレイで取り囲まれ、その中でどの方向にも歩いていけるVR環境「サービスフィールドシミュレータ」を開発しています。
これらの技術によって顧客の購買行動や、物流倉庫内におけるピッキング作業など、「環境の観察と歩行による移動を繰り返す人の活動」を科学的に分析するための調査環境を実現することを目指しています。
実世界の制約のない、インクルーシブな社会の実現へ
チームには「バーチャル着装」というテーマに取り組んでいるメンバーもいます。着替えが困難な車いすユーザーの方が洋服をバーチャルで試着し、いろいろな視点からの見え方を確認できる方法を開発しています。
このように、実世界の制約を外してライフスタイルの多様性を高め、インクルーシブな社会を実現していくことにもXR技術は貢献できる可能性を持っています。
その一方で、人間がXR技術による体験の拡張に頼りきりになり、人間が本来持っている能力や意欲が弱ってしまっては意味がありません。産総研の人間拡張研究センターでは、XR技術の活用を通して人間自身の能力も維持・増進していくことを目指していきます。
次回は、XR技術の普及に欠かせない「映像酔い」対策について解説します。
*1: FORTNITEはエピック・ゲームズ・インコーポレーテッドの登録商標です。[参照元へ戻る]
*2: MINECRAFTはMicrosoft Corporationの登録商標です。[参照元に戻る]
*3: あつまれ どうぶつの森は任天堂株式会社の登録商標です。[参照元に戻る]
*4: ロイヤルホストはロイヤルホールディングス株式会社の登録商標です。[参照元に戻る]
*5: 一刈良介, et al. "車いす利用者向けバーチャル着装アプリの社会実装に向けた検証~ パラリンピックアスリートのユニフォーム製作への活用とアンケート調査を通して~." 日本バーチャルリアリティ学会論文誌 25.3 (2020): 232-235. 図 3:バーチャル着装の結果(手動調整込み)(a)選手 1 の着装例(上:CG:下:実写重畳)[参照元に戻る]