『糸魚川訪問』
地質標本館 館長森田 澄人Morita Sumito
糸魚川の駅に降り立ち、まず地質図を開く。それは斬新な近代アートか、それを手がけるパレットのようで、暖かい色から冷たい色、淡い色から深い色、とてもカラフルにさまざまな色が配されています。糸魚川と言えば、日本の石、淡く緑に光るヒスイの産地。そして、日本列島を形づくる最大の事件、日本海の形成にかかわり、その後フォッサマグナのきわっきわ(極めて際)の歴史を記録したところです。さらに、糸魚川はたいへんな地質の宝庫。そこに輝くのはヒスイだけでなく、古生代オルドビス紀から現在まで、およそ4億年以上にわたるきわめて長大な地質時代の中でつくられた、多種多様な地層や岩盤が分布しています。日本で最初の世界ジオパークに認定されたこの地は、地質の旅には申し分のない、ジオサイトのスターぞろいです。
まず私たちは、地質図の上でひときわ目立つ青く塗られた地域を目指しました。それは明星山地域に広がる古生代石炭紀~ペルム紀の石灰岩。かつてパンゲア大陸を取り囲むパンサラッサの暖かな青い海で、プレートに運ばれながら火山島の上でゆっくりと成長していったはずのサンゴ礁であり、今は巨大な暗灰色の巌壁として姿を現しています。またとなりの地域には、美しく艶のある濃緑色の蛇紋岩や、やはり古生代の縞模様が際立つ高圧変成岩体が分布します。これらは沈み込むプレートによって地下数10 kmの深さまで引きずり込まれ、その後見事に地上に生還した者たち。いわゆる行って帰ってきたヤツらです。そしてヒスイもその仲間。それぞれまったく異なるルートで長く過酷な旅をしてきた者同士。皆、大陸の縁に落ち着いた時には、将来、恐竜の時代がやって来ることすら予想もしなかったでしょう。そして、ずっと後に来る日本海の形成期には、大陸からの分断や、巨大な地溝帯(フォッサマグナ)の形成、繰り返される火山活動を、この者たちは地域の長老のような思いで見守っていたでしょうか。
フォッサマグナの西の端、糸魚川-静岡構造線に沿って流れる姫川は、糸魚川の地質を切り刻み、その大半を集約して日本海に注ぎます。旅のおわり、河口から出た海岸にたどり着くと、そこには色とりどりの円礫が広がっていました。日本には五色浜などと呼ばれる海岸がたくさんありますが、ここにはなんと30種もの石が集まるという。この見事にも多彩な玉砂利の集まりは、カラフルな地質図で見た、この地域の地質の時代と種類の幅広さを証明しています。
新潟焼山の火山活動など、現在も糸魚川の地質はゆっくりと進化しています。糸魚川全体が、地球の歴史を飲み込み、大地のエネルギーに満ちたミュージアムと言ってよいでしょう。それはもう素敵でしかなく、そのような糸魚川に無性に惹かれるのです。これからずっと先の将来、あの海岸で見たカラフルな玉砂利が集まる円礫層を第四紀完新世の地層として望んでみたい。そのような気にすらなりました。