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表面に"しわ"をつくって特性を変化させる

表面に"しわ"をつくって特性を変化させる

2020/01/31

表面に“しわ”をつくって特性を変化させる 付着力、手触り、光学特性などを自在にコントロール

大園主任研究員、寺岡任研究員
    KeyPoint 産総研は、押したり引っ張ったりするだけで付着力や光学特性を一瞬で変えられ、また元に戻せるゴム材料を開発。簡単な製法・安価な材料でできるこのゴムは、ロボットハンドやスポーツ用品、医療機器など、多様な分野への応用が期待される。
    Contents

    力を加えると瞬時に凹凸ができる“しわゴム”

    大園 ゴム製品は私たちの身の回りにあふれていますが、それぞれのゴム部材は、“密着させる”とか“滑りにくくする”といったように、特性が固定されていることが多いです。そこで私たちが考えたのは、その特性が要件や感覚に応じて変えられるゴムができないかということでした。時と場合に応じて、その滑りや付着性を変えられる性質を一つの材料に持たせたいということです。基本アイデアは、材料表面に可逆の凹凸を作ることでした。シリコーンゴム表面にポリイミド膜を接着したものが最初の試作品です。

    大園 付着力を強める、耐久性を強めるなど、一つの特性を強化したゴムはこれまでも開発されていますが、用途に合わせて可逆的に付着力を変えられるゴムはありませんでした。この可変特性を持つゴムは、ゴム製品の使い方に関する考えを広げることができると考えています。

     同じように、表面に凹凸をつくることで摩擦力を下げる材料として、表層にナイロン織布を配したものもつくりました。

    寺岡 これは、ゴムをある程度の力で圧縮すると、中に埋まっているナイロン糸の交差部分が表面に飛び出し、くっついた対象との接触面積が減り、一気に付着力が小さくなる、というものです。使う材料も選ばないので、実用化のハードルは低いと思います。

     最近では汎用のシリコーンゴム表層に径0.1~1.5ミリメートルのガラスビーズを複合させたゴムシートも試作しました。このゴムシートを持ち上げたい部材に押し付けると、ペタッとくっついて持ち上げることができますが、両端を少し引っ張るとパッと離すことができます。これはこのゴムが引っ張られた時、ゴムの厚みが減る一方でビーズによって表面に凹凸が生まれ、表面積が減るためです。引っ張るのをやめれば、また元に戻ります。単純な仕組みですが、展示会で発表したところ多くのお問い合わせをいただきました。

    しわができれば手触りも光学特性も変わる

    大園 ゴムの消しゴムを指先で押すと縮みますが、ゴムがひずみを吸収するので、押してもしわはできません。しかし、消しゴムの表面にポリマー製ラップなどの消しゴムより硬く薄い膜を貼って押すと、今度はしわが生じます。このしわは、表面の膜と母材であるゴムの弾性が異なるためにできるものです。

     私は15年近く物質表面にできる凹凸に関する研究を行い、母材と表面の薄膜の材料の関係や、薄膜の厚みとしわの周期、弾性などの関係の解明に取り組んできました。そのため、どのような条件で、どのようなしわができるかという知見は蓄えており、現在はその応用で、目的に応じた形状や周期のしわを数百ナノメートルから数ミリメートルまでのスケールで制御することが可能です。

    寺岡 私は2014年に大園さんと同じグループになる機会を得て、ともに摩擦力を動的に制御するというテーマにかかわるようになりました。

    大園 木のテーブルを触ると、表面の木目の凹凸によって木であることがわかりますよね。しかし、テーブルの場合、木目のザラザラを出したいときにだけ出し、その他のときはツルツルにしておくということはできません。私たちの研究の狙いは、まさに出したいときにザラザラを出す、表面に可変性を持たせることにあります。

    寺岡 材料の表面の凹凸は、摩擦力や付着特性だけではなく、手触りや光学特性にも関わってきます。例えば、表面にポリイミドの薄膜を貼った透明なシリコーンゴムは、押すと数百マイクロメートルオーダーの微細なしわが生じるように設計してあり、ツルツルだった表面がザラザラした手触りに変わると同時に、それまで透けて見えていた向こう側が見えなくなります。

    しわゴムの写真

    大園 通常のガラスは透明ですが、表面に凹凸をつけたすりガラスだと不透明になる。それと同じ理屈ですが、凹凸を付けるだけで、材料に多様な特性を与えられるのが面白いところです。しかも、すりガラスが透明ガラスに戻ることはありませんが、私たちのつくっている材料の表面は何度でも元に戻せます。これはほかにはない大きな特徴です。

     また、シリコーンゴムの表面にナノオーダーの厚みの金属薄膜を蒸着すると、ゴムを手で押してできるしわは構造による干渉色を生み出し、手を離すとまた透明に戻ります。これは意匠性を変えるための、可変な光グレーティング部材として使えます。材料表面のしわを制御することで、このようにいろいろなことが可能になるのです。

    ロボットハンドや医療・福祉分野での応用に期待

    大園 この技術を、もう少し皆さんに知ってもらえれば、私はここから新しいものが生まれ、用途が大きく広がる可能性が大いにあると信じています。

    寺岡 そう、実際には、表面の特性を瞬時に変えられると便利なことはいくらでもあると思うのです。

    大園 例えばロボットハンドです。物をつかむときは強い付着力が必要ですが、離すときには素早く外れる方が、ハンドリングの効率は上がるでしょう。スポーツ用品のグリップでも、強く握ったときと弱く握ったときで摩擦特性が変わり、ペタッとつくときとサラッと離れるときの使い分けができるようになると、握力をあまり使わないゴルフクラブやテニスラケットなどができ、プレーヤーの年齢層が広がったり、新しいスイングなどが開発されたりするかもしれません。

    寺岡 まずは実装のイメージを示すことが必要なので、圧縮すると付着力が弱まるゴムシートのロボットハンドへの応用を目指し、現在、電動でゴムを変形させるしわゴム圧縮モジュールの製作を進めています。ホルダーにポリイミド膜を張ったしわゴムをセットし、押し子で押すことでゴム表面に凸をつくって、つかんだものをパッと離せるようにするものです。

     ただ、人間が手でゴムを押す力に比べ、小型のアクチュエータは非力なので、ここでは当初開発したゴムよりも軟らかいゴムを使っています。問題は、軟らかいゴムだとゴム表面に滲み出る油分のせいで肝心の薄膜をゴム表面に接合できなくなってしまうのです。現在はこの課題を克服すべく、材料選定や圧縮機構の改善に取り組んでいます。

    大園 ロボットハンドはつかむ/離すという動作を、手を開閉する動きで行いますが、もし、電動によるしわのON/OFFに置き換えることができれば、把持機構の小型化・単純化につながるでしょう。

    寺岡 ロボットの制御系やスポーツ用品のほか、私は荷物搬送用のベルトコンベアやブロックなどの知育玩具にも応用できると思っています。

     それに、医療や福祉の現場でも使えるのではないでしょうか。先日、胃のバリウム検査をしたのですが、あの検査ってベッドの上で頭を逆さにされたり、自分で体を回したりしますよね。あれはつらくありませんか?もし、ベッドの表面が可変性のある材料でできていれば、逆さになっているときは付着力が強く、自分で回転するときはスルスルと滑る、こうなれば、もっと被験者は楽になるはずです。介護用のベッドのシーツでもこんな機能があれば、体位を変える場合など、ぐっと楽になると思います。

    大園 理論的には大型化は可能なので、そのような大型サイズのゴムシートへの応用もできます。

    材料の接触面をアクティブにする新しい分野に挑戦したい

    寺岡 2018年に人間情報研究部門に移り、実際にゴムシートを使う側の視点に立った研究に携わるようになりましたが、そこではこれまでの材料研究と異なった指標で評価することが多く、刺激を受けています。例えば、これまで材料の評価をするときは、硬い、軟らかい、強い、弱いなどの性質を調べていましたが、現在は「気持ちよいか」など、感性的な部分での評価が求められ、とても新鮮です。その視点からこの研究を見つめると、手触りが変化するゴムは、より多様な切り口での応用が可能だと思うようになりました。

     また、これまでお付き合いのあった企業とは別の業種の企業と接するようになり、しわが寄るゴムの使用用途が違う方々の目に触れる機会が増えています。そこで受ける想定していなかった用途の提案に可能性を感じ、今後、さまざまな応用につながることを期待しています。

    大園 材料の組み合わせでしわがどうできるか、という知見は蓄積されています。このような用途に使いたいということがあれば、材料の組み合わせや薄膜の厚さなど、ニーズに適したものを提案できます。企業の皆さまには私たちのつくったさまざまなしわを触りにきていただき、ぜひ、応用のアイデアを聞かせていただければと思います。

     また、摩擦力の変わるゴムだけではなく、透明と不透明の切り替えができるゴム、平滑な面と溝ができる面を切り替え、表面に液体を保持したいときだけ溝をつくる、といったニーズにも対応できますし、塗装などの際にしわが生じてしまう原因を探ることもできます。物の表面に何かが起きた場合には、必ずお役に立てますので、ぜひ相談にいらしてください。

    寺岡 この研究のポイントは「接触面をアクティブにする」ということなので、いずれはスマートフォンやウエアラブルデバイスの触り心地を変えるようなことにも応用できるかもしれません。これまでとは異なる切り口でのこの技術の活用に、ぜひ、一緒にトライしてみませんか。

    電子光技術研究部門
    分子集積デバイスグループ
    主任研究員

    大園 拓哉

    Ohzono Takuya

    大園 拓哉主任研究員の写真

    人間情報研究部門
    人間環境インタラクション
    研究グループ
    主任研究員

    寺岡 啓

    Teraoka Kay

    寺岡 啓主任研究員の写真

    物の表面の特性をいろいろと変えたい! そんなお悩みにお答えします。

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