電気抵抗“0”!最高の臨界電流密度
電気抵抗“0”!最高の臨界電流密度
2018/09/30
電気抵抗“0”!最高の臨界電流密度応用広がる超電導線材の開発
超電導材料は電気抵抗がゼロで臨界電流密度も高い。産総研は、低コストで世界最高の磁場中臨界電流密度を実現、その実用化へ向けて大きく歩を進めた。送電ケーブルやモーター・発電機に応用すれば、大幅な省エネ化・軽量化が期待される。
夢の材料と言われ続けて100年以上。まず克服すべきは取り扱いの難しさ
現在ほとんどの電線が銅製なのは、銅の電気抵抗がとても小さいからだ。しかし、それでも送電中にエネルギーの10~20 %が熱として放出されてしまう。では、超電導材料で作られた電線を使えばどうだろうか?そうなれば、超電導材料は電気抵抗がゼロのため、理論的には電力のロスもゼロとなり、発電した電力のすべてを使うことができるようになるのだ。
しかも、超電導材料は電流密度が非常に高く、電気抵抗がゼロのまま流せる電気の量(臨界電流)は銅に流せる電気の量の100倍にもなる。そのため電線を巻いてコイルをつくり、磁場を発生させて動力とするモーターに超電導材料を応用した場合、短い電線で強い磁場をつくれるので、大幅な軽量化が期待できるのだ。
「1911年の超電導現象の発見以来、超電導材料は 電気で動作するものすべてに応用可能な“夢の材料”と期待されてきました。しかし現状では、特殊な用途を除くと、ほとんど普及していません」
1990年代から超電導技術の研究開発に携わる和泉輝郎は、そう残念がる。
普及が限定的になった要因は、超電導材料の取り扱いの難しさにある。物質に超電導の性質をもたせるためには極低温状態を作り出さなければならない。そして極低温を実現するには、絶対零度(-273 ℃)近くまで冷やすことができる液体ヘリウムが冷媒として必要になる。この液体ヘリウムは天然ガスの副産物として得られるもので、天然ガスからシェールガスにエネルギー源が移行するなか、価格は高騰し、供給も不安定になってきている。また、極低温は温度が上がりやすく、小さな熱擾乱で温度が上がると超電導状態はすぐに壊れてしまう。これらの課題を解決するため、高い温度で維持可能な超電導材料の発見が長い間望まれていた。
高温で超電導状態になる材料でより長く、より安い線材を
1986年、画期的な発見があった。それまでは純粋な金属しか超電導現象を示さないと考えられてきたが、銅酸化物の中に、もっと高い温度(-200 ℃程度)で超電導状態になる材料が見つかったのだ。こうした高温超電導性をもつ物質の探索は世界中で行われ、1987年にはイットリウム系酸化物が-180 ℃程度で超電導現象を示すことが発見された。
「-180 ℃程度なら液体ヘリウムを用いずとも、液体窒素で十分に冷やせます。窒素ですので空気から作ることができ、これなら1リットル当たり100円ほどで、1リットル当たり3,000円の液体ヘリウムに比べると30分の1です。この価格なら汎用的な材料としても利用できると、一気に期待が高まりました」
その後、室温に近い温度で超電導の性質を示す超電導物質を求めて、「超電導フィーバー」といわれる材料探しの競争が勃発したものの、目的の材料は未だ見つかっていない。現在の研究現場では、これまでに見つかっている高温超電導材料の特性に注目した研究にシフトチェンジしている。
超電導材料は周囲の磁場が強くなるとともに流れる電流の限界が減少する性質を持つため、和泉は他の材料に比べ比較的周囲の磁場の影響を受けづらいイットリウム系酸化物に注目した。しかし、イットリウム系酸化物超電導材料は、高価である、多くの応用に利用するための線材への加工工程が複雑、高温、高磁場での使用では臨界電流値が十分ではないなどの課題があった。これでは、現在唯一ともいえる応用先の医療機器にも用いることができないため、低コスト化、高性能化が達成すべき目標となっていた。
そんな中、和泉は昭和電線ケーブルシステム株式会社および成蹊大学との共同研究により、イットリウム系酸化物を用いた線材で世界最高の磁場中臨界電流密度を実現したのだ。2017年のことだった。
和泉らの開発した線材の構造は、上図のようになっている。層を重ねることで長尺化と高性能化を同時に達成しているが、このような酸化物の超電導の薄膜をつくるには高度な技術が必要となる。
「イットリウム系酸化物の結晶はイットリウム、バリウム、銅及び酸素が組み合わさった3層構造をしています。金属結晶は立方晶系が多く、結晶がどんな向きでも電気は流れるのですが、イットリウム系酸化物の結晶は縦長の形状なので電気が流れる面が決まっており、1つでも結晶の向きが違うと電気は極端に流れ難くなってしまいます。つまり、この薄膜をつくる際には、大量の結晶を同じ向きに並べなくてはならないのです」
酸化物の結晶をきれいに整列させる研究は1990年代前半に始まったが、なかなかうまくいかず、線は長尺にならなかった。 2000年ごろにできていたのは1 mぐらいまでで、流せる電流は100 A(アンペア)程度。これではとても工業材料にはならない。世界中で、できるだけ長い線材をつくる努力がされていた。
「人工ピン」で電流密度を保て
基板上に薄膜をつくる方法はいくつかあるが、和泉が選んだのは、材料に液体を塗って焼き固める溶液塗布熱分解法だった。一般的に用いられる気相蒸着法(以下、「気相法」という)で必要となる高額な装置がいらず、低コストで作ることが可能なためだ。
上図にある中間層の上に、超電導材料の液体に浸しては焼いて化学反応させ薄膜を形成するという作業を数回繰り返す。焼く温度や時間等を試行錯誤し、2008年には長さ約500 mで、臨界電流約300 Aという性質を示す線材ができるようになった。
次は高磁場で性質を維持させるための工夫である。超電導材料は前述のとおり磁場がかかると臨界電流密度が下がる性質があるため、約 -210 ℃の酸化物の場合、10 T(テスラ)の磁場がかかると臨界電流密度は10分の1程度にまで減ってしまうのだ。そのため和泉は、「磁場中で電気をたくさん流すために、超電導層に不純物を入れ込みました。きれいに結晶が整列した超電導層にわざと多くの不純物を入れていくことで、より多くの電気を流すことが可能になるのです」と言う。超電導材料の場合、磁場中では超電導体の中に磁束が入り込んでくる。磁束とは磁界中のある面を垂直に移動する磁力線のことだ。その移動で行う仕事により熱が生じるので、磁束が移動すると、その線に沿って局所的に超電導状態が解けて、電気の流れが悪くなってしまう。つまり、電気を多く流すには、磁束をできるだけ動かさないようにすることが重要なのだ。
「不純物があると、磁束はそこに捉えられます。そこは最初から超電導ではないので、磁束もそこにとどまる方がエネルギー的に楽なのですね。磁束を人工的に作った不純物でピン止めするのでこれを『人工ピン』といいますが、この微細な人工ピンを超電導層に分散させておけば、磁界中でも超電導層に多くの電流が流れるわけです。人工ピンをいかに細かく分散させるかが、長尺化の次のテーマとなりました」
より薄い層を多数重ねて世界最高の電流密度を実現
ここで和泉は壁に突き当たった。溶液塗布熱分解法では、気相法に比べて人工ピンを細かく分散させることができなかったのだ。しかし、実用化を意識した場合、溶液塗布熱分解法以外の方法では高額な装置の導入が必要となりコストがかさむため、広く普及するための大きな壁となってしまう。
「安価な溶液塗布熱分解法でより多くの人工ピンを分散させるには、どうしたらよいのか。その方法を考え続けました」
2017年、その成果は -210 ℃程度の液体窒素温度で、3 Tの磁場中、超電導の薄膜1 cm2あたり400万Aという世界最高の磁場中臨界電流密度を示せたことで結実した。これを可能にしたのは、ごくシンプルな方法だった。
「線材の断面を顕微鏡で見ると、人工ピンは薄膜層に沿って並んでいました。それなら、層をより薄くしてもっと多層にすることで、多くの細かいピンを入れられるのではないかと気づいたのです」
つまり、膜が薄くなれば、人工ピンはそれ以上に大きくなれず細かくなり、その薄い層を数多く重ねれば、そのぶん数を増やすこともできる。
「技術的には単純ですが、人工ピンのサイズを支配しているものを層だとイメージし、それを薄くしようと発想することが大変でした」
現在は昭和電線ケーブルシステム株式会社と、本格的な実用化に向けて共同研究を進めている。この線材が実用化されれば、船舶や飛行機のモーターにも、発電機にも使えるようになる。
「私が現在、最も注目しているのは飛行機です。超電導は臨界電流が高いのでコイルを軽くできます。据置き型の装置と異なり、飛行機なら軽量化に大きなメリットがあります。しかも航空機業界は現在、環境問題への対応という視点で国際社会からCO2の大幅な削減を要求されていますが、ジェットエンジンの効率化はほぼ限界にきています。この状況を打破するために検討されているのがエンジンの電動化です。飛行機はもともと非常に高額であり、コストに関して比較的寛容なので、超電導線材は大きな役割を果たせるでしょう」
大手航空機メーカーも超電導の導入に意欲的で、すでに産総研に視察に訪れているという。本格的な導入は2030年以降を想定しているとのことだった。
「夢の技術をものにするには強い意志が必要です。私たちは、強い意志をもち、ともに将来に向かっていけるパートナーを求めています。新たなチャレンジへの一歩を、ぜひ、私たちとともに踏み出しましょう」
省エネルギー研究部門
主任研究員
和泉 輝郎
Izumi Teruo
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エネルギー・環境領域
省エネルギー研究部門