持続可能な社会の実現を先導する研究開発機関へ
持続可能な社会の実現を先導する研究開発機関へ
2018/01/31
持続可能な社会の実現を先導する研究開発機関へ 多様な連携でイノベーションを創出する
幅広い領域の産業技術を創出して民間に橋渡ししていくことを使命とする産総研。「政府全体の宇宙開発利用を技術で支える中核的実施機関」として位置付けられ、国の宇宙基本計画の三本柱に沿った取り組みを進めるJAXA。研究領域は異なるが、両機関は国内の技術開発をリードし、日本社会の発展に資するという共通の使命をもつ。理事長同士の初対談を通し、イノベーション創出や社会的課題の解決に向けて、両機関が進めている取り組みを紹介する。
科学技術で日本を先導し社会に貢献することが使命
——産総研、JAXAはいずれも国立研究機関として、国全体としての研究開発成果の最大化、技術の先導による国際競争力の強化、社会的課題の解決への貢献という共通の使命をもっています。まずは両機関の研究領域と役割をご紹介ください。
中鉢産総研が他の国立研究開発法人(国研)と異なるのは、「産業」という言葉を冠している点です。産総研発足時のスローガンが「社会の中で、社会のために」であることからもわかる通り、産総研の最大の使命は、ビッグサイエンスではなく社会に役立つ技術の研究開発を行うことです。技術シーズが産業化されるまでには「死の谷」といわれるハードルがありますが、これを乗り越えるためにアカデミアの成果も取り入れたシーズを産業界のニーズに橋渡しすること、経済成長や社会の発展に資する技術を提供することが産総研の役割だと考えています。
奥村産総研の研究領域は非常に多岐にわたりますが、それに対してJAXAは、宇宙・航空という特定の領域で「宇宙安全保障の確保」、「民生分野における宇宙利用の推進」、「宇宙産業及び科学技術の基盤の維持・強化」を三本柱として研究開発を進める機関です。また、内閣府が「宇宙産業ビジョン2030」を策定し、宇宙産業の振興に対する期待が非常に大きくなっています。同時に、宇宙技術を活用した社会システムは、私たちの生活を支える基礎的なインフラとしてだけでなく、わが国の安全保障を支える重要な基盤としての役割も期待されています。
宇宙に関する技術は、自動運転や防災をはじめ民生分野に広範囲に適用できます。そのような成果を国民に還元していくことが私たちの使命ですし、もう一つ重要なことは、世界を先導する科学技術を創出することで、それが私たちの責務だと考えています。
中鉢産総研の研究領域には航空・宇宙は入っていませんが、もちろん私たちも航空・宇宙由来の技術を使っていますし、逆に航空・宇宙で用いられる技術にも私たちの技術は入っています。
奥村おっしゃる通りです。現代では分野を区分することより、お互いのもつ異なる知見や技術を組み合わせて新しい価値を生み出すことが非常に重要です。それこそが成果の最大化への期待に応え、国全体に貢献することにつながるでしょう。
オープンイノベーションで知恵を価値に変える
——イノベーションを推進する上で、これまでどのような取り組みに注力してきましたか。
中鉢個々の研究者が優れた成果を上げたとしても、すぐに産業化に結び付くわけではありません。現在は研究する力に加え、多様な領域と連携してイノベーションを骨太に仕上げていく力が求められている時代だと思います。ですから私は偉大な発明者だけではなく、偉大な連携者もイノベーションの重要な担い手だと考えています。その観点から産総研では産学官や国研同士の多様な連携を重視し、オープンイノベーションを進めています。
奥村私たちも同様な取り組みを進めています。航空・宇宙分野にも高機能な半導体や計算機といった地上の成果が不可欠であり、宇宙における国際競争でも地上の成果をどれだけ取り入れられるかが勝負となります。そのためJAXAでは、これまで宇宙と関係のなかった企業にも参加していただくオープンイノベーションハブを設立しました。そこから宇宙関係者からは出てこないようなユニークな発想がいくつも出てきています。多様な人・企業とオープンに連携して、個々のもつ知恵をいかに総体としての価値に変えていくかが重要ですね。
中鉢産総研は現在、交付金が増えない中で、国から5年間で3倍の民間資金を獲得するという目標を与えられています。それを実現するために、技術シーズと企業ニーズのマッチングのヒット率を高め、連携を強化する取り組みを組織的に行っています。例えば、産総研にはイノベーションコーディネータという連携の専門家集団がいます。北海道から沖縄まで、全国で180名弱のコーディネータが地元の企業を訪問し、連携による技術の橋渡しを推進しています。それはやはり、連携こそが肝だと考えるからです。
奥村すでにJAXAと産総研でも協力して研究を行っていますね。
中鉢そうですね。例えば、人工知能を用いた月面データ解析の試み。これは月面の特徴的な地質の1つを対象に、JAXAから産総研に提供されたインプットデータを用いて、複数の方法で機械学習の試行と評価を行うものです。また、宇宙ステーション「きぼう」でのタンパク質の結晶生成実験に向けても準備を進めています。
企業・大学・行政とのさまざまな連携
——知の集積によるイノベーション創出には連携が重要ということですね。産学官連携の具体的な試みをご紹介ください。
中鉢大学との連携では、大学のキャンパス内に産総研の連携研究拠点「オープンイノベーションラボラトリ(OIL)」の設置を進めていて、現在7大学にあります。例えば名古屋大学にあるOILでは、窒化ガリウムをテーマに天野浩先生の指導を受けながら応用技術の開発を行っています。早稲田大学とは生物資源情報を利用した生体システムのビッグデータ解析を、東北大学とは先端材料のモデリングをテーマにするなど、各大学のコアコンピタンスを産業技術に落とし込み、産業界に橋渡ししていくことを目指しています。
企業との連携としては、産総研内にパートナー企業名を冠した連携研究室(冠研究室、冠ラボ)を設置し、現在8社とコラボレーションしています。それに伴い、クロスアポイントメントなどの人事制度も整備しました。共同研究の数は年間で3300件あまりあって、産業界とアカデミアの割合は約半々となっています。
奥村それは大変な規模ですね。私たちもそれとは異なるかたちでの連携を進めています。私が理事長に就任したとき、JAXAのコーポレートスローガンを「Explore to Realize」としました。JAXAの活動の原点である「Explore=探求」に経営理念を「Realize=実現」する組織としての決意を込めたものですが、私たちは成果の「実現」のために行政機関との連携も重視しています。
例えば、世界的に大きな課題である地球温暖化についていうと、パリ協定で各国の温室効果ガスの排出量の報告が義務付けられていますが、報告内容をチェックするうまい方法が宇宙にあるのです。私たちが開発した温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」を用いて、宇宙からの観測によりCO2などの排出量を国単位で検出する方法です。そこでぜひ、IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の枠組みにこの技術を役立ててほしいと考えました。そういった成果の実現には行政との連携が不可欠です。そのため環境省や国立環境研究所をはじめ、関係機関との連携を深めています。
中鉢研究者だけのコミュニティでは社会のニーズに応えられませんから、その視点は重要ですね。私たちは文系の大学である一橋大学との連携もスタートさせましたが、それは例えば、環境保全をするにしても社会的な合意形成が必要だからです。しかし、その分野の専門家は産総研にはいません。そこで社会科学の方々と連携し、お互いの自然科学リテラシーと社会科学リテラシーを提供しあって、共有していこうと考えたのです。連携の幅は以前よりはるかに広がっていると思います。
奥村私たちも最近は企業との連携が増えてきています。
中鉢日本は民間企業にコア技術が散在しているので、それを連携させて集約する力が今後の肝になります。シーズとニーズのマッチングは難しいですが、産総研はそれを実現するプラットフォームの中核機関として、貢献していきたいと思っています。
奥村課題を共有し、それが解決したときにはどのようなことが期待できるか、そういう価値観を共有し、その上でお互いの強みを確認し合う。それができる相手との連携はうまくいきます。当事者がそこにどれだけの夢と価値を描けるか、そこを共有できる相手と出会うのは簡単ではありませんが、新しい価値に共鳴してくれる企業や人を育てるのも国研の仕事ではないかと思っています。
中鉢その通りですね。最近はプレーヤーに金融も加わり「産学官金」になりました。私たちも金融機関と一緒にビジネス・マッチングフェアを開催するなど、多様な出会いの場をつくる努力をしています。
国研全体で持続可能な社会に貢献を
——社会的課題の解決に向けての、お考えと取り組みをご紹介ください。
中鉢私たちには産業界のニーズに応え、技術の社会的・経済的効果を最大化する役目があります。現在、科学技術と社会は相互依存的な関係にありますが、その中で最大の課題は、社会発展の持続可能性が担保されているという確信がもてないことでしょう。私たちは、そこに確信をもてるようにしなくてはなりません。国連で持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals- SDGs)が採択され、国際的な枠組みの中で持続可能な社会に向けた取り組みが進められていることは、大変意味があると思います。
とはいえ現状は、単独の機関ではそのような大きな社会的ニーズに十分応えきれていないところがあります。私たち国研を見ても、シーズは27の法人に散在しており、一つ一つは小粒です。しかし、国研全体の総和として見れば、かなり骨太な貢献ができるのではないでしょうか。先日、国立研究開発法人協議会の会合があり、この状況を明確にする活動を提案しました。SDGsを踏まえて全国研の技術をマッピングすれば、足りないピースも明確になりますし、そのピースは研究の新テーマともなります。その作業は、国研同士が連携をしながら社会課題の解決に取り組む格好の機会となるでしょう。
奥村社会活動への貢献においても、私たちは先ほどの成果の「実現」を進めています。例えば、JAXAでは陸域観測技術衛星「だいち2号」を用いて熱帯雨林の違法伐採の監視を行い、違法伐採があれば関係する国々に通報できるシステムをつくりました。しかし、つくっただけでは社会での実装は実現しないので、途上国に強いネットワークをもつJICA(国際協力機構)の力を借りました。その結果、現在は赤道直下のほとんどの国がこのシステムを導入しつつあり、成果を上げています。特徴のある強みをもつ機関と価値観を共有し、連携していくことにも大きな意義を感じています。
働き方の改革も必要
——そのような活動をするためには、職員の働き方改革も必要だと思われます。どのような取り組みをなさって いますか。
中鉢予算が増えていない中で連携などの活動を進めていくと、必然的に業務量が増えるため、今、業務改革を進めています。効率を上げて生産性を高めていこうというのが一つ。それからもう一つは研究職として、あるいは事務職としてのキャリアの選択です。生き方を選択できて、生きがいのある職場にしたいのです。女性の働き方についても、業務のために子供を持つ機会を得られないということがないようにしたいと考えています。女性の就労率に一般的に見られるいわゆる「M字カーブ」は、産総研には以前からないのですが、職場環境をさらによくするために、企業や大学とダイバーシティのプロジェクトを行っているところです。
奥村JAXAはワーク・ライフ変革推進室を立ち上げました。宇宙・航空という分野柄、女性が少ない傾向にあって、女性職員の比率が低いので、女性の比率ひいては女性管理職の比率を上げたいと思っています。職場環境をよくするために、筑波宇宙センターには保育園を整備して好評いただいています。今後、他の事業所にも設置をしようと検討しているところです。また、女性にもJAXAをリードするような気持ちで大きな目標をもって働いてほしいと願っています。
技術で持続可能な社会をつくる
——未来社会への貢献という観点から、これから国研はどのような研究をしていくべきだとお考えでしょうか。
中鉢未来社会のための技術は短期的には経済効果が出づらいため、民間では継続しにくい面があります。公的機関にはそのような研究を先導的に進め、未来を果敢に先取りする役割があると考えています。
奥村おっしゃる通りです。国研が社会や産業界の課題の解決につながる知恵を先駆けて出し、社会や企業を牽引する。いずれその技術が成熟すれば企業に移し、あるいは政府が汎用化してインフラ化する。その段階では、私たち自身はそこから離れ、さらに次の未来への課題にチャレンジしていく。その繰り返しの中で、私たちの活動は世の中に理解されていくでしょう。
中鉢そのとき最も大切なのは、何をすべきかということですね。私は、それは「共通善」だと思っています。共通善としては「質の高い持続可能な社会をつくる」ことを考えないわけにはいかないでしょう。従来の産業のあり方はすでに立ちいかなくなっており、これまでとは異なる価値観と、その実現のための技術が求められています。人々が真に安心・安全、そして快適さを実感できる、新しい技術を開発していかなくてはならないのです。
奥村未来に向けた先導役としての役割こそ、人々の期待に応えるものだと思います。世の中の変化が大きく、価値観が多様化する中、人々の期待に応えて、新しい価値を提供し続けていきたいと思っています。
中鉢未来の社会に貢献する立場だという自覚をもち、広く連携して、お互いに新しい価値を生み出していきましょう。
両理事長の発言については、一部編集加工しております。
国立研究開発法人
宇宙航空研究開発機構
理事長
奥村 直樹
Okumura Naoki