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時間測定の精度を追究し、国際標準に貢献する「時の番人」

2017/01/31

COLUMN

ここにもあった!産総研

世界初のプログラム内蔵型トランジスタコンピュータの作製

    2017年1月1日、1年6カ月ぶりに「うるう秒」が挿入された。「うるう秒」の調整は国際時間標準を根拠として行われるのだが、その標準はどのように決められ、管理されているのだろうか?産総研は日本を代表する一機関としてこの国際時間標準策定に寄与するとともに、次世代の超高精度の時間計測技術の研究開発も行っている。
    時間という生活の最も基礎的な部分を管理し、さらに時間測定の精度を上げることで、将来の科学技術に貢献しようとする産総研の取り組みを紹介する。

    ずれる2つの時間を調整する

     2017年1月1日は、全世界が普段より1秒長い1日となった。「うるう秒」の調整により、日本では午前8時59分59秒と午前9時00分00秒の間に「8時59分60秒」が挿入されたのだ。

     うるう秒の調整が必要となるのは、地球自転の観測から決められる「世界時(UT1)」と、国際度量衡局(BIPM)が定義している「1秒」の長さを積み重ねてできる時間「国際原子時(TAI)」が、ぴったり一致しているわけではないからだ。

     歴史上、時間の標準は長い間、地球の自転速度に基づいて決められてきた。しかし20世紀に入って、地球の自転速度が季節や潮の満ち引きなどで不規則に変化することが明らかとなってきた。

     これまでのような時間の定義では、科学・技術の分野のみならず、長期間では日常生活でも支障をきたすことになりかねない。そこで1967年、1秒をより正確なものとするため、国際度量衡総会で、セシウム原子の周波数を基にして1秒の長さを定義する方法が採択された。

     セシウムの周波数を計測するセシウム原子時計(周波数標準器)の誤差は、1~5×10-15。数十万年に1秒の差が生じるかどうか、というほど精度が高い。この「国際原子時(TAI)」の刻みをベースとした「協定世界時(UTC)」と、天文ベースの揺れ動く「世界時(UT1)」とのずれが0.9秒以内になるよう、うるう秒を入れたり抜いたりして調整している。これが電波時計やパソコンといった情報通信機器の時間を合わせる基準となるなど、私たちの生活に密接にかかわる時間である。

    時間(1秒)の定義の変遷
    時間(1秒)の定義の変遷

    正確な1秒を保証する世界各国との連携

    原子泉型一次周波数標準器
    原子泉型一次周波数標準器(NMIJ-F1 不確かさ 4×10-15
    産総研が保有するセシウム周波数標準器の一つ

     さて、正確な1秒を刻み続ける「国際原子時(TAI)」を決めるために、現在、世界の77機関で440台以上の周波数標準器が稼働している。日本では3機関*1が参加し、その1つである産総研(計量標準総合センター、NMIJ)では、3台のセシウム原子時計と4台の水素メーザー型原子時計*2の合計7台で計測を続けている。

     各機関の周波数標準器が計測した時計データは、国際度量衡局に送られ、標準器の精度に応じて加重平均される。それはより高精度な「一次周波数標準器」でチェック、修正されて、ようやく1つの「国際原子時(TAI)」となる。ちなみに一次周波数標準器は世界数カ国しか保有していないが、産総研でも独自に開発して保有している*3

    時間の精度を管理し超高精度な時計開発に挑む

     産総研の計量標準総合センター(NMIJ)は、世界の時間標準の維持に貢献するだけではなく、日本の時間標準の整備、維持、供給も使命としている。国内のGPSや通信機器、コンピューターなどの時間データは、常に産総研の時間標準とも照らし合わせて調整されているのだ。

     産総研にある7台の周波数標準器は、電源を入れるだけで自動的に正確な時間を刻み続けるわけではない。温湿度管理は行っていても微妙な環境の変化で誤差は生じる。放っておくと、日本の時間標準も、世界の時間標準から離れかねない。

     しかしこのずれは、研究者たちの日々の確認と修正の作業により、正されている。前月の誤差や、装置の癖を勘案し、毎日7台の周波数標準器の刻む時間を確認しながら、適したタイミングで周波数標準器の刻む小数点以下15桁目の数字をずらす。研究者が365日、休むことなく見守り、ちょうどよい“さじ加減”で修正することで、産総研の周波数標準器は世界トップレベルの高精度を維持しているのだ。

     時間の精度管理とともに、さらに高精度の周波数標準器の開発も進められている。次世代の原子時計の有力候補は、「イッテルビウム光格子時計」だ。セシウム原子ではなくイッテルビウム原子を用いることで不確かさは1~5×10-18、原理的には、宇宙の年齢に相当する約137億年動かし続けても、わずか1秒以下の誤差という。なかでも産総研の「イッテルビウム光格子時計」の精度は高く、新しい「1秒」を決める時計の候補の一つに選ばれている。

    光格子時計
    光格子時計
    現在の「秒」の定義を変えうる新たな時間標準の有力候補

     1967年に決められた1秒の定義が、いつ新たなものに変わるのか、具体的にはまだ決まっていない。しかし、新たな原子時計により精度が3桁も向上するとしたら、科学技術の世界も産業界も大きく変わることだろう。例えば、GPSを用いた測地では数cmレベルの地形の変化が把握できるようになり、地震や噴火予知など、防災面でも貢献できると考えられている。長さの精密測定や高速光通信などを通じて、産業界への波及効果も期待される。

     計測は科学技術の基盤である。今後も産総研は、時間をはじめ各種の計測技術の精度向上に努め、社会と産業に貢献していく。


    *1: 産総研のほかに、情報通信研究機構(NICT)と国立天文台が参加している。[参照元へ戻る]
    *2: メーザー(maser)とは、誘導放出によるマイクロ波増幅のことで、microwave amplification by stimulated emission of radiationの略称。水素メーザー型原子時計は、短期的な安定度は高いが、長期的には全体にずれやすい。一方でセシウム原子時計は、長期的な安定性が高いので、それぞれの特徴を補完しながら、計測する必要がある。[参照元へ戻る]
    *3: 国際度量衡局(BIPM)へ2005年から報告済みの1台と、研究用に使っている1台がある。日本では産総研以外に、NICTも保有している。[参照元へ戻る]

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