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オールジャパンで日本の科学技術を牽引する

オールジャパンで日本の科学技術を牽引する

2017/01/31

オールジャパンで日本の科学技術を牽引する 「特定国立研究開発法人」の使命と役割

中鉢理事長らの写真
    2016年10月1日、「特定国立研究開発法人制度」がスタートした。産業技術総合研究所(産総研)、理化学研究所(理研)、物質・材料研究機構(NIMS)の3法人が、特定国立研究開発法人として国から指定を受け、科学技術イノベーションの基盤となる、世界トップレベルの成果を生み出す創造的業務を担うこととなった。そこで、ノンフィクション作家で科学ジャーナリストの山根一眞氏を司会に迎え、3法人の理事長に、科学技術の研究開発における課題や今後の取り組み方について、また、特定化により各法人がどのように変わるのかなどを語ってもらった。

    特定化を迎えての決意

    ——山根 本日は、特定国立研究開発法人に指定された3研究機関の理事長にお集まりいただきました。まず、決意のほどをお聞かせください。

    中鉢産総研は産業技術の研究機関として、イノベーションの成果の産業界への橋渡し、そのシーズとなる目的基礎研究の強化、そして人材育成をミッションとしていますが、今後は産学官連携、地域連携、国際連携もさらに推進し、ナショナル・イノベーションシステムの中核機関としての役割を果たすというミッションも加わります。今年度から大学などに産学官連携の研究拠点「オープンイノベーションラボラトリ(OIL)」を設置し、また産総研内には企業名を冠した「連携研究室」を設置しています。さらにはグローバル・オープンイノベーションの拠点として、AIやロボット、IoTなどの技術開発に取り組み、産総研からいわゆる第4次産業革命を起こしていきたいと考えています。

    松本国際的で革新的、先端的な理研の基礎研究の中には、数多くのイノベーションの種があります。しかし、種があるのとイノベーションを進めることの間にギャップがあるのも事実であり、国の強みにつながるシステム、理研が力を発揮できる最適なシステムを設定し、いちはやく実行に移していきたいと考えています。また、27の国研と大学、産業界がネットワークされる包括的なシステムはなかったので、今後はそこを強化し、産学官の連携を推進していきます。

    橋本現政権がナショナル・イノベーションシステムの構築を施策としているのは、現在はそれぞれ別々に存在している日本の社会、産業界、学術界の強さを統合することで、イノベーションが生まれると考えているからです。その中で、基礎研究を産業界につなげ、先導する立場として特定国立研究開発法人は重く位置づけられていて、NIMSもその責任の重さを感じています。

    外部との連携を広げるために

    ——山根 中鉢理事長は民間から国研の理事長に就任された当初、どのようなことを感じましたか。

    中鉢産総研の皆さんには失礼な話なのですが、それまで産総研の研究内容をあまり理解していませんでした。自分が考えていたより研究の水準がはるかに高いことに驚き、過小評価していたと感じました。

    ——山根 私も今回、3法人の25の研究室を訪ね、数々の驚異的な研究を知りました。先ほど産総研の取り組みはお話しいただきましたが、個々の研究を、外部と幅広く連携していくために、組織として何をしていこうと考えていますか。

    橋本NIMSでは、広報室が工夫して魅力的なコンテンツをつくっているので、ウェブへのアクセス数が非常に多いのです。ただ、まだそれを活用しきれていないので、もっと社会に知ってもらう工夫が必要だと思っています。

    松本そもそもこれまで国研同士がほとんど連携していなかったため、2016年にすべての国研が集まる「国立研究開発法人協議会(国研協)」という組織をつくりました。競争しながらも協働するシステムとして、国と一体となって進められたらよいと考えています。

    中鉢産総研では、かつては広報担当部署が成果普及部門と呼ばれていたくらい、広報活動が後工程になっていました。企業の方々や学生の皆さんが科学技術に触れる機会を、今後ますます積極的に提供していきたいと思います。

    求められているのは社会のための科学技術

    松本技術や学力はあっても、「どのような社会をつくりたいか」というデザインがないとイノベーションは生まれてきません。人文科学者たちとも連携して、そのようなデザインを描いていきたいですね。

    橋本第5期科学技術基本計画にある「Society 5.0」は、まさに将来どのような社会を求めるのかという観点からつくった概念です。「Society 5.0」とは、サイバー空間とフィジカル空間(現実社会)が高度に融合した「超スマート社会」です。今後、これまでと格段に違う技術が出てくる可能性がある中で、国、産業界、さらに人文科学者も含めた研究者が連携し、より具体的にあるべき社会像を描き出していくことが求められています。

    中鉢「Society 5.0」は、社会と融合する技術という視点を打ち出していますね。大量生産、大量消費、大量廃棄に支えられた産業革命以降の繁栄が終焉すれば、次は持続可能な社会をどうつくるかということが課題となります。資源、人口、健康などが国際的な問題となっている現在、社会のための科学技術が待たれていると思います。産総研では社会問題からテーマを検討し、いわゆる「資源循環型社会」「低炭素社会」「自然共生社会」を実現することをビジョンとして進めています。

    橋本今、大きな社会変革の入口にあり、研究者には新たな役割が求められていることに、研究者自身も気づかなくてはなりません。

    ——山根 社会への発信を強化するにあたって、産総研、理研、NIMSが共通の目的意識や用語のすり合せも必要と思います。さまざまな社会課題に3法人がどう応えていくかを明確に示してほしいですね。

    地味だが重要な基盤技術それを守るのも国研の役割

    ——山根 国研にはもう一つ、重要な仕事があると思います。NIMSが行っているクリープ試験*1は、革新的ではありませんが非常に重要な研究です。理研のバイオリソースセンターでは、膨大な数の実験動物や細胞、微生物などを体系的にそろえ、国内外の研究に欠かせない役割を担っています。産総研の地質調査総合センターは、 130年にわたって活断層も含めた地質調査を続けています。こういう地道で、国研でしかできない仕事と実績を、もっとアピールすべきでしょう。

    松本科学技術を底辺から支える研究を国研が担っている、その重要性を私たちももっと認識すべきですね。

    橋本地味でも産業基盤を支える仕事を、国研は守らなければなりません。一方で、変えていかなくてはならないものもあります。その仕分けは経営者の重要な役割です。

    中鉢もう一つ考える必要があるのは、以前の日本では、企業が社会的ニーズをかなりカバーしてきたということ。しかし、企業に余力がなくなっている現在、誰がそれを担うのか。大学も社会を視野に入れるべきだといわれていますが、産総研も社会的なインパクトの最大化を考えていくべきだと考えています。

    若手を育成する新しい人事制度

    ——山根 次世代を担う人材の育成という点で、若い世代、そして子どもたちへのアプローチも大切です。

    松本それが重要なのは間違いありませんが、若手をめぐる日本の人事システムには問題もあります。現在、理研の研究者の9割が任期制の研究員です。これでは長期の基盤研究をするのは難しい。そういうシステムの見直しはほかの研究機関や大学と連携して進めていきたいと思います。

    橋本流動することで若手が成長することも確かですが、日本は流動化にシフトしすぎています。あまり不安定だと職業としての魅力も減ってしまうでしょう。アカデミアと産業界をつなぐ国研には、人材流動のハブになることも求められていると思います。

    中鉢産業界はこの20年間、人材を育てるという面では大学に満足していません。産総研では社会に役立つ人材を育成しようとイノベーションスクール制度を設け、ポスドクを30名ほど受け入れて1年間トレーニングし、社会に送り出しています。

    国研同士でも産業界とも連携を強化する

    ——山根 3法人は近接した立地条件もあるわけですから、国研同士をネットワーク化していけば、多様なイノベーションが生まれてくるのではないでしょうか。

    中鉢現在、国研協でどう連携していくか、具体的な計画づくりを進めています。

    ——山根 27機関は全部ホームページのフォーマットも違いますが、そのフォーマットを統一したり、それぞれが、各研究所の関連サイトに飛べるリンクやポータルサイトをつくったりしてほしいですね。

    松本毎年運営費が減額される中で、広報などの事務系の人手不足も深刻です。しかし、知的財産を共同運営するなど、3法人で情報や経験をシェアしながら工夫していく余地はあるかもしれません。

    ——山根 最先端を追い求める中では、STAP細胞のような事件は今後も起こり得るリスクです。各法人がそれぞれコンプライアンス対策を進めると同時に、よい経験も悪い経験もお互いにシェアすることで、リスクマネジメントにもなると思います。

    中鉢産学連携に関しては、米国では産業界と大学の研究にほぼ垣根がないのに対し、日本では産業界と大学、公的研究機関との融合がほとんどありません。ここが融合すればイノベーションシステムがうまく作用すると期待されます。

    松本これについては融合・連携のあり方も重要ですね。産総研のように産業界から私たちのところに来てもらえる工夫をし、溝を埋め、理解し合いたいと思います。

    中鉢これまで日本には組織対組織の連携は多くありませんでしたが、これからは東京大学と産総研というように、包括的かつ大型の連携が必要でしょう。

    特定化で3法人はどう変わるのか

    ——山根 特定化で成果に応じた報酬を与えられる制度が始まり、1億円プレーヤーを出せる体制も整いました。今後、3法人はどのように変わっていくのでしょうか。

    松本「世界の最先端の成果」で社会に貢献していくことが当面の課題です。また、1億円プレーヤーだけいても成功しないので、年功序列の給料体系を変え、ミッション給や固定給の明確な定義を進めるなど、人事計画を見直しています。人材育成としては少数の精鋭に研究室を主幹させ、5~7年間好きなように研究してもらうシステムの立ち上げを検討しています。

    橋本物質・材料に関する化学、鉄鋼業界のオープンイノベーション拠点をつくりたいと考えています。各産業界の競合同士が共通して研究開発できる部分を設定し、大企業、NIMS、大学の研究者が協調して研究できる世界トップレベルの研究拠点とする。そこには中小企業やベンチャー、全国に散らばる物質・材料分野の研究者たち、さらには世界の研究者にも来てもらいたいです。

     もう一つ、優秀な若手に権限と研究資金を与え、各自で責任をもって研究できるようなシステムも計画中です。

    ——山根 評価については、短期間で成果を求める傾向が大きくなっている印象がありますよね。

    中鉢私たちが行っているような研究は時間がかかり、限られた期間の成果で評価するのは難しいところがあります。しかし産総研では、橋渡しや目的基礎研究、人材育成について領域ごとに目標を定め、定量的に評価を行っています。これをもう一段進め、特定国立研究開発法人にふさわしい数値にしていかなければと考えています。

     また、民間資金活用については、2015年度からの5年間で3倍にするという目標を掲げています。共同研究は年間約3200件(民間企業と約1700件、大学と約1500件)ですが、特許の実施許諾件数や目的基礎研究(論文)の数も指標に入れています。それから、累計130社以上ある産総研発のベンチャー企業をベースに、産業界への橋渡し機能を充実させていきたいと考えています。

    ——山根 新しい時代に向かうこの時期に理事長を務める皆さんの役割は、とても重いものがありますが。

    松本社会をリードしていくにあたり、3法人がより連携していかなくてはいけません。危機感や責任を感じています。

    橋本私もミッション達成に向け、強い義務感を感じています。

    中鉢トップランナーとしてふさわしい役割を果たし、27法人の模範となるような雛形をつくっていきたいと思っています。

    ——山根 3法人が、「日本力」を高めるイノベーションを生み出す先導的な役割を果たしていただくことを、切に期待しています。

    この記事は、2016年8月26日、学士会館で行われた鼎談を基に作成しました。(構成 : 桜井 裕子、撮影 : STUDIO CAC)


    *1: 発電所などのボイラーや圧力容器などに使う鋼の棒を長期間引っ張り続け、歪みを精密に測定する試験。[参照元へ戻る]

    理事長

    中鉢 良治

    Chubachi Ryoji

    中鉢 良治 理事長の写真

    理化学研究所
    理事長

    松本 紘

    Matsumoto Hiroshi

    松本 紘 理事長の写真

    物質・材料研究機構
    理事長 

    橋本 和仁

    Hashimoto Kazuhito

    橋本 和仁 理事長の写真

    ノンフィクション作家
    獨協大学
    経済学部
    特任教授

    山根 一眞

    Yamane Kazuma

    山根 一眞 特任教授の写真

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