変革につながるアイデアは、きっと研究の最前線にある。日本最大級の公的研究機関・産総研の公式ウェブマガジン。

地方でオリジナル製品を開発技術力を育んだ産総研との連携

地方でオリジナル製品を開発技術力を育んだ産総研との連携

2016/01/31

地方でオリジナル製品を開発技術力を育んだ産総研との連携 クレースト×強化プラスチックで、鉄道車両用「不燃照明カバー」を開発

研究者2人とまほろの写真
    KeyPoint2015年9月、高度な不燃性を実現した新幹線・地下鉄などの鉄道車両用照明カバーが発売された。この製品の開発に挑んだのが、宮城県栗原市にあるプラスチックメーカー宮城化成と産総研東北センターだ。両者がそれぞれもつ強みをかけ合せることにより、地方企業から、これまでどこにもなかった新製品が誕生した。
    Contents

    連携成功のポイントはお互いの強みのかけ合わせ

     宮城県北部の田園に囲まれた場所で、約30年間、強化プラスチック製品の製造・販売を行ってきた宮城化成。社員40人を率いる小山昭彦社長いわく「数年前までは受注したものをつくって出荷するだけだった」会社が、現在は鉄道車両向けの不燃照明カバーの開発により、日本で唯一の製造技術をもつ企業として注目を集めている。

     きっかけは2009年の産総研との出会いだった。東北経済連合会のコーディネーターから、産総研東北センターの蛯名武雄を紹介されたのだ。

     東北産の粘土から、驚異的なガスバリア性、耐熱性を誇る高機能な薄膜「クレースト*1」を開発した蛯名は、当時、その実用化に向けてさまざまな企業と共同研究を進め、アスベスト代替ガスケットや水素バリア性複合材料の開発など、画期的な新製品を世の中に送り出していた。

     その蛯名を訪ねた小山氏は、クレーストのガスバリア性を応用した水素タンクをつくれないかと考えていた。しかし、水素タンクはすでに他社との連携が始まっていた。

     「ではどうしようか、と次に注目したのがクレーストの耐熱性です。蛯名さんが出した透明なクレーストを見て思いました。当社の得意とするガラス繊維強化プラスチック(GFRP)でも、透明なものはつくれます。ところがこれが燃えやすい。クレーストはガスバリア性だけでなく、燃えないという特性もある。そこで2つの透明な素材を組み合わせて、透明でかつ燃えない新素材をつくれないだろうか?と、そこから新たな連携の話が始まりました」

     共同研究のポイントは、企業の技術と産総研の技術のマッチングにあると、蛯名は言う。

     「宮城化成がGFRP製品の製造において、真空含浸工法*2でプラスチックを成形していると聞き、その工法であれば透明なGFRPをつくることができる点に注目しました。透明で難燃性の高いGFRP製品はほとんど流通していないので、真空含浸工法の技術を生かしながら、クレーストの不燃性を付加したいと考えました。お互いの強みをかけ合わせる連携の形です」

    不燃性と透明性の両立

     宮城化成が次に検討したのは、何を開発するかである。そこで、透明な不燃材のニーズについて市場調査を進め、見出したのが、鉄道車両向けの照明カバーだった。

     「鉄道車両では照明カバーを含め、天井部分に使用される材料には不燃性が要求されています。特に新幹線や地下鉄車両の照明カバーには、高い不燃性が求められます。しかし、不燃でありながら透過性や光拡散性、軽量性、安全性を十分に満たす材料として適当なものはなく、鉄道車両メーカーは困っていたのです」と小山氏。

     2009年、不燃照明カバーにターゲットを絞り、共同研究がスタートした。

     さっそくGFRPにクレースト膜を貼付し、試作品を製作。燃えるかどうかを試すため、蛯名は市販の多目的ライターで20分間炙ってみた。するとクレーストにススがついただけで、下のGFRPは燃えていない。自信をもって試作品を日本鉄道車両機械技術協会の鉄道車両用材料燃焼試験(車材燃試)に提出した。しかし、試験はクリアできなかった。

     「私たちには試験に通らなかった理由がわかりませんでした。そこで、産総研の東北センター内に車材燃試と同条件の設備をつくり、本番と同じ環境で燃焼実験を行うことにしました」(蛯名)

    東北センターの蛯名武雄

     改良品を燃やしてみる。やはり燃えない。少なくとも、蛯名たちには燃えているようには見えなかった。

     「今度は大丈夫だと思って改良品を出しても、返ってきた試験結果はNG。ここからが長かったですね」

     どうしても日本鉄道車両機械技術協会の基準が把握できず、最終的には同協会に赴き、評価担当者へ直に話を聞いた。燃えた形跡がなくても、試験中に微量でも、GFRPから燃焼ガスが出てはいけなかったのだ。試験に用いる炎の微妙な色の変化から燃焼ガスが出ているかどうかを判断できるまでに、2年を費やした。

    オリジナル製品を自社ブランドで販売する企業へ

     不燃性の基準がわかっても、それを達成するための試行錯誤は続いた。産総研が目指したのは、不燃性を有する上に亀裂ができにくく、かつプラスチックに密着しやすいという、両立が困難な条件を満たした塗布できるクレーストの開発だ。粘土メーカーとも連携し、通常とは異なる前処理を施したオリジナルの粘土を開発した。宮城化成は樹脂に無機材を配合したり、クレーストとGFRPの密着性を高めるために表面の改質を行ったりと、双方で改善を重ね、試験結果に一喜一憂する日々が続いた。

     そしてとうとう、蛯名の研究グループで、すべての条件を満たすピンポイントのクレーストの調合を発見、宮城化成の改良GFRPに塗布した新製品は、2014年2月に試験に合格し、念願の不燃認定を得ることができた。

     開発開始から5年の月日は決して短くはなく、小山氏も「助成金がなければ、続かなかったかもしれない」と振り返る。しかし、蛯名はこの共同研究に、新素材の創出のほかに、もう一つ意義を感じていた。

    宮城化成の小山昭彦社長

     「企業規模が大きくなく、自社オリジナルと呼べる商品ももっていないというのは、(東北)地方の一般的なメーカーではよくあることで、宮城化成もそうだという話を小山社長ともしていました。この連携が成功すれば、地方の企業が技術開発を通じて新しい製品を生み出せるというよい先例になります。だから私は、必ずこの連携を成功させたかったのです」

     宮城化成もこの間に「企画開発部」を新設し、産総研東北センターに研究者を常駐させて開発に取り組んだ。その結果、自社でオリジナル製品を開発する企業へと変身を遂げた。小山氏は言う。

     「産総研との共同開発の経験により、事業に材料開発という新分野が加わり、社内に開発を担う人材がそろってきました。仕様の決まった製品を受注するメーカーから、自ら製品を生み出せる会社になったことで、社員の意識も変わってきています」

    地方企業の活性化を目指して

     2015年9月、宮城化成は、在来線用試作車両1車両分の製品として、不燃照明カバー「EXVIEW(エクスビュー)」を出荷した。マーケットは限られているが、ニーズを確実に押さえており、現在は、ほかに同じ条件を満たす素材がないため、相当のシェア獲得が期待できる。

    宮城化成の小山昭彦社長
    EXVIEW(エクスビュー)(写真提供:宮城化成)
    透明なガラス繊維強化プラスチック(GFRP)の表面を透明なクレーストで被覆した不燃透明複合材。成形型による自由度の高い立体形状が製造可能で、鉄道車両用の不燃照明カバー(写真右)をはじめ、さまざまな用途での活用に対応できる。 鉄道車両用材料燃焼試験合格。特許第5589227号(透明不燃材及びその製造方法)。

     「今後はクレーストを用いた不燃新建材を開発したいと考えています。建材分野に進出できれば、照明カバーのみならず間仕切りや防火垂れ壁など、より大きなマーケットで勝負できます。2016年度には国土交通省の建材用の不燃認定を得て、サンプル出荷までもっていきたいですね」

     小山氏は、産総研との連携について、どう考えているのだろうか。

     「社内に企画開発を行う意識と体制ができただけでなく、蛯名さんには営業面についても親身に考えてもらったり、助成金を申請する方法をアドバイスしていただいたりなど、連携の意義は大きかったです。今後も外部資金を獲得しながら連携を進め、新しい製品を生み出していきたいと思っています」

     これを受けて蛯名は言う。

     「産総研で開発したクレーストは素材なので、このままでは世の中で使っていただくことができません。“製品”という形にしてくださる企業の方々との共同研究は、研究者としてもとてもありがたいことなのです」

     さらに、透明なクレーストが実用化されたのは、この「EXVIEW」が初めてだが、それが地方の企業から出たことに、蛯名は喜びを感じている。

     「産総研の地域センターが、その地方にある企業とどう付き合い、どのように輪を広げていくか、私たちもよい経験となりました。これからさらにこの輪を広げ、地方企業の活性化のお手伝いをさせていただきたいと考えています」


    *1: クレースト(Claist)。産総研が開発した、粘土を原料とする環境に優しい膜材料。高耐熱性(600 ℃)、ガスバリア性(厚さ0.02 mm膜1 m2から1日に漏れる水素の量が0.1 cc未満)などに優れ、アスベストやプラスチックフィルムの代替材料として、食品包装からロケット開発に至るまでさまざまな用途への応用が期待される。[参照元に戻る]
    *2: 真空含浸工法(VaRTM工法)。真空吸引しながら、樹脂を注入し強化繊維に樹脂を含浸させ硬化させるFRPの成形法。[参照元に戻る]

    株式会社宮城化成
    代表取締役

    小山 昭彦

    Oyama Akihiko

    小山 昭彦代表取締役の写真

    化学プロセス研究部門
    首席研究員

    蛯名 武雄

    Ebina Takeo

    蛯名 武雄首席研究員の写真

    お気軽にお問い合わせください

    株式会社宮城化成 産総研
    材料・化学領域
    化学プロセス研究部門

    この記事へのリアクション

    •  

    •  

    •  

    この記事をシェア

    • Xでシェア
    • facebookでシェア
    • LINEでシェア

    掲載記事・産総研との連携・紹介技術・研究成果などにご興味をお持ちの方へ

    産総研マガジンでご紹介している事例や成果、トピックスは、産総研で行われている研究や連携成果の一部です。
    掲載記事に関するお問い合わせのほか、産総研の研究内容・技術サポート・連携・コラボレーションなどに興味をお持ちの方は、
    お問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。

    国立研究開発法人産業技術総合研究所

    Copyright © National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST)
    (Japan Corporate Number 7010005005425). All rights reserved.