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何もない空間に触感をリアルに再現!体感のデジタル化でゼロからの市場創出を目指す

何もない空間に触感をリアルに再現!体感のデジタル化でゼロからの市場創出を目指す

2015/11/30

何もない空間に触感をリアルに再現!体感のデジタル化でゼロからの市場創出を目指す 3D触力覚技術で、新たなVRの世界を切り拓く「株式会社ミライセンス」

研究者の写真
    KeyPoint臨場感あふれる立体音響に、目の前に存在しているかのようにリアルに動く立体映像。近年、バーチャル・リアリティ(VR)の世界は驚くほど進化しているが、高度な臨場感を表現できるようになればなるほど、次には“触りたい”という欲求が大きくなってくる。香田夏雄氏と中村則雄氏が立ち上げた「株式会社ミライセンス」は、そんな欲求に応え、あらゆる“触った感覚”を表現できる3D触力覚技術の事業化を進める。この技術で、VRの世界は、さらにリアリティを増し、体感のデジタル化という新しい価値を創造するビジネス圏が誕生する。
    Contents

    振動で脳をだまし「圧覚」「触覚」「力覚」を表現

    ——ディスプレイに映し出されたスイッチの画像を「ON」にするために、硬いフラットなパネルを押すと、そこに何もないのに “カチッ”と本物のスイッチを押したような沈み込んだ感触が指先に伝わってきて、本当に驚きました。

    香田スイッチを押すカチッという感覚も、重いものを押したゴツッとした抵抗感も、すべて、指先に特殊な刺激(振動、電気、超音波など)を与えるだけで表現できます。ミライセンスは、この世界初の3D触力覚技術の事業化を進めるベンチャー企業です。三原色によってすべての色をつくれるのと同じように、何かを押したときに感じる「圧覚」、モノの表面を触ったときのザラザラ、ツルツルなどの「触覚」、引っ張ったり押されたりするときに受ける「力覚」という3つの感覚を組み合わせることで、あらゆる“触った感じ”の表現を可能にしています。ミライセンスでは、これを「三原触」と呼んでいます。

    中村VRの研究者として触覚の再現に取り組んできた私は、2000年から、専門である航空力学の知識を利用してジャイロの回転力によって手応えを感じさせるデバイスを研究開発してきました。どうしてもシステムが大型になってしまうという問題を解決をするために研究開発を進めるうち、もう一つの専門である脳科学・感覚心理学の知識を利用して、脳科学的な方向からアプローチすれば小型化できることに気付いたのが、ブレークスルーになりました。つまり、物理的に触覚を再現するのではなく、圧覚、触覚、力覚の「三原触」に対応する振動を組み合わせて脳をだます、知覚・認知といった脳における再現という仕組みをつくったのです。

    香田私はメーカーの研究員として3DCGの立ち上げに携わり、その後はさまざまな分野で応用が進むVRの研究開発などを手掛けてきました。しかし、視覚、聴覚のVRが発展すればするほど、触覚がないこと、つまり、触れないことがもどかしくなってくるのです。視覚的、聴覚的にはかなりリアルでも、触れないことで触覚的に大きな違和感が残る。だからこの中村の技術を見た瞬間「これだ!」と思いました。

    中村見えたら触りたいというのは、人間の本能的な欲求です。私がVRに興味をもったきっかけは1985年のつくば科学万博でした。初めてリアルな立体映像を見て、思わず、触ろうとして手を伸ばしたのです。周りを見ると、子どもからお年寄りまで、皆、手を伸ばしていました。VRの研究者になったころは立体映像が注目されていましたが、私はやはり、見えるものには手応えが欲しいと思い、触感のあるVRを自分で開発することにしたのです。

    事業化を想定し特許網をがっちり築いた

    ——事業化に向けての道筋はどのようなものでしたか。

    中村15年前から、これは世の中を大きく変えるビジネスになると考え、特許取得を戦略的に行ってきました。世の中の潮流を見据えて事業化を2015年とし、そこから、プロトタイプの開発、特許の出願時期などを逆算していったのです。事業化する際に競争力がなくならないよう、論文は書かず、学会発表もしませんでした。研究者としては必ずしも推奨されることではないですが、事業化を見据えての戦略であることを上司に理解してもらい、その代わり、広く、強い特許網の構築と、誰もが「おお!」と驚くようなプロトタイプの作製に挑戦しました。

     起業も考え、産総研のベンチャー開発戦略研究センター(当時、現・ベンチャー開発・技術移転センター)のタスクフォースによる支援を受けましたが、話が一気に現実味を帯び始めたのは、2010年、大学の後輩である香田との再会がきっかけです。

    香田私はそのころ、自分で3DCGのベンチャーを起業したばかりでしたが、中村の開発した3D触力覚技術を知り、こちらに集中することにしました。今まで誰もできなかった新しい産業を創出できる、大きな可能性をもった技術だと確信したからです。そして2014年、中村とともにミライセンスを立ち上げました。

     この技術のすごさは、一度触れてみれば誰にでもわかります。営業先で社員の方に触ってもらうと「これは!」となり、すぐに上司を呼ぶ。呼ばれた部長も、触るとすぐに経営者層を呼ぶ。日本国内はもちろん米国のハイテク企業においても、商談の初日に、社長クラスまで体感しに来られることはよくありました。

    中村これまでの皮膚感覚をフィードバックする技術は大掛かりな装置が必要であり、しかも、圧覚、触覚、力覚のどれか一つずつしか実現できませんでしたが、ミライセンスの3D触力覚技術では3つ同時に表現できます。だからこそ、視覚・聴覚のVRと組み合わせても不足感・違和感がない、VRのリアリティを高めるインパクトのある技術になったのです。

    香田私たちは、この技術のビジネスポテンシャルは非常に高いと考えていますが、企業への技術移転ではなく起業を選んだのは、大手企業が参入しようと思えるほどのマーケットが明確な形では存在しなかったからです。この技術は既存マーケットを拡大するものではなく、まったく新しい次元の巨大なマーケットを新たに一から創出するものです。だから、自ら切り開こうと考えたのです。

    実験風景

    エンターテインメントから医療までさまざまな分野への導入に挑む

    ——導入を想定している分野と、今後の展開は?

    香田現在は、エンターテインメント、ウェアラブルデバイス、自動車、医療と、さまざまな分野の企業と同時進行で連携を進めています。

    中村触ることは人間の生活のすべてにかかわるので、当初から多くの分野への進出を考えていました。医療分野での主な用途は、遠隔医療の手術支援ロボットへの応用です。現在は医師が画像を見ながらロボットを操作して手術が行われていますが、皮膚を切るときの抵抗感や、糸で縫う感覚を伴わない手術は、熟練の医師であっても非常に難しいそうです。遠隔ロボット手術にリアルな触感を与えられれば、インタラクティブかつ直観的に操作でき、施術時間が短縮されます。医師の疲労や患者への負担が減り、手術の安全性は格段に増すはずです。

    香田自動車分野でも、例えばアメリカの電気自動車などでは、車内における情報の提示の仕方が重要になってきています。今後、搭乗者を取り囲むインターフェースが一新されると見込まれることから、運転席やその脇のコンソール機器の操作をすべてLCD(液晶)パネル上で行えるようなデザインが検討・導入され始めています。しかし、運転中は画面の視覚情報をじっくり確認できないため、実際には凹凸がないLCDパネル上でも、ボタンを押したときと同じ感覚が重要になります。触覚をフィードバックできるミライセンスの技術は、そのような用途にも最適です。

     このように将来性の高い技術ですが、現在はマーケットを創るため、研究開発、営業活動と同時に、広報にも力を入れています。国内外問わずアプローチし、シリコンバレーの技術ミーティングなどにも積極的に足を運んでいます。海外の場合、面白い技術だと認識されると、情報が広がるスピードが早いですからね。国内外でIT関連の専門商社数社とタッグを組んで展開を図っています。

     また、最初から大量生産を念頭に置き、部品メーカーを巻き込んできたので、品質とコストを両立できる体制もすでにできています。

    中村私は先進的な研究を縦に深掘りしていくタイプですが、香田は幅広い視野と事業化経験をもち、営業を含めて広く横展開する力をもっています。持ち味の異なる二人が「T字型」でうまく機能してこの1年半、事業化を進めてきました。今後も、研究者である私が、技術の潮流を鋭敏に把握して「何をすべきか」という戦略を、事業化経験が豊かで、ビジネス感覚に優れた香田が「どう実現するか」という戦術を担当することで、デジタル体感ビジネスを軌道に乗せ、新しい商品・サービス・価値を創出したいと考えています。若い人のセンスが光り活躍できる社会や、高度医療や高齢社会を支える産業を活性化する、経済のエンジンの一つとなりえるような企業を目指したいと思います。

    香田3D触力覚技術は、今、ようやく普及の第一歩を踏み出したところです。ぜひ世界初、産総研発の新しい体感ビジネスを大きく成長させていきたいです。触って体感してみたい方は、お気軽にお問い合わせください。

    審査員特別賞を受賞した時の賞状
    2015年10月に幕張メッセで行われたCEATEC JAPAN 2015で、ミライセンスの3D触力覚技術はCEATEC AWARD(審査員特別賞)を受賞した。

    株式会社ミライセンス
    コファウンダー・代表取締役

    香田 夏雄

    Koda Natsuo

    香田 夏雄代表取締役の写真

    株式会社ミライセンス
    ファウンダー・最高技術顧問

    中村 則雄

    Nakamura Norio

    中村 則雄最高技術顧問の写真

    お気軽にお問い合わせください

    株式会社ミライセンス

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