オンリーワンの技術でダイヤモンドの新市場を拓く!
オンリーワンの技術でダイヤモンドの新市場を拓く!

2015/11/30
オンリーワンの技術でダイヤモンドの新市場を拓く! 起業から6年、着実な成長を続ける「株式会社イーディーピー」
2003年から7年間、産総研ダイヤモンド研究センターの研究センター長を務めた藤森直治氏は、2009年、産総研で開発した技術をもとに、ベンチャー企業「株式会社イーディーピー」を立ち上げた。産総研が開発した技術によるオンリーワンの製品を武器に、新市場の創成を目指して奮闘する、産総研技術移転ベンチャーの挑戦を追った。
企業、産総研を経てベンチャー企業を立ち上げる
「株式会社イーディーピー」の名称は、「Excellent Diamond Products」に由来する。その名の通り、イーディーピーの事業は、高品質な大型単結晶ダイヤモンドを製造・販売することだ。2009年、藤森氏は、60歳でこのベンチャー企業を立ち上げた。
メーカーで長くダイヤモンド素材の研究と応用製品の開発に携わってきた藤森氏は、2003年、「産総研ダイヤモンド研究センター」の研究センター長に就任する。この研究センターは、ダイヤモンドを用いたさまざまなデバイスの開発を目指して設立された組織で、7年間の活動期間中に、ダイヤモンドのデバイス応用に関連するいくつもの大きな成果を生み出した。
一つが、ガスからダイヤモンド結晶を合成する「気相合成法」により、ダイヤモンドデバイスの開発に必要な、10 mm角を超える大型のダイヤモンドの合成が可能になったことである。二つ目の成果は、イオン注入を用いて成長させた単結晶を種結晶から分離させる方法で、これにより、種結晶を何度も使って、同じ大きさの単結晶を製造できるようになった。さらに、この方法で得られた複数の単結晶ダイヤモンドをモザイク状につなぎ合わせることで、大面積の結晶もつくれるようになった。
ダイヤモンドデバイスの製造工程
イーディーピーは、これらの技術をもとに設立された、100番目の産総研技術移転ベンチャーである。ダイヤモンドデバイスの応用では先駆者であった藤森氏によるベンチャー設立は、当時、大きな話題となった。
強い思いをもつ人がいなければ実用化にはつなげられない
「私は産総研入所当初から、最終的な目的をベンチャーの起業か企業への技術移転においていました。当時の産総研ではこのような意識をもつ研究者は珍しかったのですが、民間企業から移って来た私にとって、研究開発の先に事業化を考えるのは当然のことでした」
目指したのは、既存の半導体デバイスを凌駕するダイヤモンドデバイスの開発だ。藤森氏は国家プロジェクトもまとめていたこの分野の中心で、たくさんあった課題の中でも、大型単結晶を開発することが最も重要と位置付けていた。
単結晶ダイヤモンドの応用
研究を進める中、2006年、産総研ダイヤモンド研究センターでの技術開発により、10 mm角の大きなサイズのダイヤモンド結晶をつくる目処がついた。さらに2007年にイオン注入法の基礎になる技術が完成したことで、藤森氏は「これは実用化できる」と確信、起業を決断した。しかし、なぜ、企業への技術移転ではなくベンチャーの起業だったのだろうか。
「単結晶ダイヤモンドのニーズは確実にありますが、市場自体が必ずしも大きくないからです。新たな用途が開発されたとしても、大きなメーカーが飛びつくほどの規模にはならないと考えました」
もう一つ、重要な点があった。
「研究成果の実用化を進めるときには、強い思いをもって牽引していく人が必要です。そうでないと、実用まで行きつくことはなかなか難しい。だから、自分がやるしかないと思ったのです」
起業にあたり、藤森氏は産総研のベンチャー開発センター(当時、現・ベンチャー開発・技術移転センター)に相談。その結果、タスクフォースの支援を受けて創業を目指すことになった。支援の一環で提供された開発費は、まず製造装置開発のための資金となった。
ベンチャー企業を成功させる民間企業での経験
2009年、産総研から技術移転された基本特許やノウハウを核として、イーディーピーを設立。既存の切削工具の市場へ参入することから事業をスタートした。すぐに、大型の単結晶ダイヤモンドを必要とする企業から、それまでにはない12 mmの刃をもつ大型の工具素材としての注文を受けた。
「ここでしか製造できないサイズの単結晶ダイヤモンドでしたから、なにはともあれ注文に応じなくてはならないと考え、急ぎ製造手順などを整えて何とか仕上げることができました」
しかし、納品後、大変なトラブルが起こる。
「出荷した製品はすべてが欠陥品だったのです。すぐに原因を調べ、改良に着手しました」
「イーディーピーのダイヤ結晶の品質は、親結晶の状態、成長条件、加工過程などの要素によって左右されます。これは実用の工具素材に必要な厚さに結晶を成長させると発生する問題でした。産総研の研究段階ではここまでの厚さの結晶をつくっていませんでしたので、あらためて条件を大幅に変更してつくり直す必要があったのです。幸い、成長についての知見は、産総研の研究で積み上げたものがありましたので、比較的短期間で、きちんとした結晶が成長する条件を発見し、製造工程に反映させ、先方へ納品し直すことができました」
「企業では製品のトラブルは日常的なことであり、その経験があったので、落ち着いてどう対処すればよいか判断し、乗り切ることができました。大変なトラブルでしたが、研究だけでなくビジネスを知っていたことが、大いに役立ちました」
民間企業での経験は、開発や製造以外にも生かされている。
「たくさんの製品をかかえて事業を回していくには、単に製造するだけでなく、受注から代金を回収するところまで含めたサイクルを完結しなくてはなりません。納期や品質を確実に管理し、顧客とのコミュニケーションのとり方や、必要な書類発行や手続きの進め方など含めて、創業当初から間違いなくサイクルを回せるように体制を整えてスタートしました」
製造業ならではの必要条件もきちんと理解していた。
「注文を受けるためには、売るだけのモノをつくれる設備が必要で、設備をそろえるためには大きな初期投資が不可欠です。ファブレスで製造する方法もありますが、それでは自社だけでノウハウを積み上げることはできなくなります」
単結晶ダイヤモンドを製造するために必要なイオン注入装置は高額だったが、イーディーピーは、自社工場に同様の装置を導入し、単結晶ダイヤモンドのすべての製造プロセスを自社で実施できる体制を整備した。それまでの間、産総研関西センターの設備を使うことができたのは、大きな負担軽減になった、と藤森氏は言う。
「起業初期の資金繰りで行き詰まることがないよう、例えば、産総研に独自のファンドがあり支援を受けることができる体制があれば、今後さらに、ベンチャーの起業を後押しできるかもしれません」
最初は既存市場のある切削工具用の結晶としてさまざまなサイズのダイヤモンドを製造・販売したが、受注規模が小さい間は製造コストを削減することが難しく、新たな市場を探しながら販売を進めた。次第にイーディーピーのダイヤ結晶が、サイズが大きいばかりでなく、均一で安定した品質を備えていることも理解され、ユーザーからの支持を受けられるようになった。
イーディーピー独自の大型の結晶は、現在、切削工具の用途以外では、ダイヤモンドデバイス研究などの結晶成長用基板として利用価値が高く評価されている。熱伝導率が高いダイヤモンドの特性を生かし、高エネルギー密度の光入射に耐えられる赤外光や紫外光などの光学部品や、X線の透過損失が小さい極薄板をつくるための材料にも使われている。
パワーデバイスの開発で将来のイノベーションを目指す
最終的な目標である半導体・デバイス用ウエハについては、まだ研究開発の途上である。現在、コンバータなどのパワーデバイスに用いられる半導体の素材として、現在のシリコン(Si)に替えて、シリコンカーバイド(SiC)やガリウムナイトライド(GaN)の実用化・事業化が始まっているが、その先の技術として、ダイヤモンドを適用することが考えられている。
「ダイヤモンドは電力変換などを行うパワーデバイスとしての利用が期待されています。これまではSiだけが使われてきましたが、近年SiCが実用化され、GaNにも期待があります。飛び抜けた特性をもっているダイヤモンドは、さらに機器の小型化や省エネルギー化などの効果をもらたす素材として、電気自動車をはじめさまざまなシステムへ適用される可能性があります。ただし、SiCが現在のダイヤモンドの技術レベルだったころから、今のような実用化のレベルに達するまで30年かかっていますから、ダイヤモンドのパワーデバイスへの適用は、長期的な取り組みです」
事業化への強い思いとともに自社がもつ製品の優位性をしっかり伝え、企業での経験、産総研の支援と、一つ一つを積み上げて着実に成長してきた同社は、6年経った現在、社員も26人に増えた。大型単結晶ダイヤモンドの新しい用途開拓を見据え、2015年4月には、第2工場の稼働も始まった。
ダイヤモンドのように、硬さ、熱伝導、絶縁性、光学的特性などいろいろな優れた性質を同時に備える材料はなかなかないという。ダイヤモンドの優位性を生かした新たな応用の可能性への期待とともに「今後も、現在の事業を発展させながらデバイスの研究開発を行い、将来的には、イーディーピーのダイヤモンドデバイスでイノベーションを起こせれば、と考えています」と語る藤森氏の顔は輝いている。
(左)1インチモザイク:結晶大型で高純度の素材から、単結晶を薄板の形で供給。
(中央左)切削工具用素材:スマートフォンなどの表面を磨く安定で均一な素材や、10 mm超の長い刃先を形成できる素材。
(中央右)デバイス研究用基板:1x1 mm~25x25 mmの各種サイズに作製できるダイヤモンド単結晶成長用基板。
(右)極薄板:18 mmφ x 50 µmの板厚を実現しX線などの透過特性に優れた極薄板。
株式会社イーディーピー
代表取締役社長
藤森 直治
Fujimori Naoji