若手博士の活躍を後押しし企業に新たな風を吹き込む
若手博士の活躍を後押しし企業に新たな風を吹き込む

2015/09/30
若手博士の活躍を後押しし企業に新たな風を吹き込む実践的カリキュラムで即戦力人材を育成する産総研イノベーションスクール
産総研には、博士号をもつ若手研究者や博士課程大学院生を対象に、本人の専門分野への造詣を深めつつ、企業の技術者や他分野の専門家と一緒に仕事ができる人材を育成する、「イノベーションスクール」という制度がある。講義・演習や産総研での研究の実践、企業でのOJTなど、1年間のカリキュラムを終了したスクール卒業生が、企業をはじめとする研究開発の現場で、即戦力として活躍している。その中の一人、イノベーションスクールのカリキュラムにより、日本光電工業株式会社で企業OJTを経験し、その後、同社に採用された佐野宙人さんに話を聞いた。
企業への就職を考えOJTカリキュラムに魅力
2008年から産総研が開講している「イノベーションスクール」。博士号をもつ若手研究者を産総研特別研究員として受け入れ、独自のカリキュラムを通じて、社会で幅広く活躍できる人材の育成を行っている。研修期間は1年間で、ここ数年は、毎年30人余りがスクール生として採用されている。
スクール生の一人、佐野宙人さんは大学で電気電子工学を専攻し、大学院ではロボット技術を使ったリハビリ支援に関する研究を行ってい たが、2014年度のイノベーションスクールに応募、採用された。そのカリキュラムの一環として日本光電工業で3カ月の企業OJTを経験、今年4月、同社に正社員として採用され、研究者として働いている。佐野さんがイノベーションスクールに応募したきっかけはどのようなものだったのだろうか。
「大学院の指導教官が産総研とつながりがあったため、産総研の研究者と共同研究を行い、実際に産総研に行ったり、研究で使う装置についてアドバイスをもらったりしていました。卒業後は企業に就職したいと考えていましたが、なかなか就職先が決まらないでいたとき、産総研の方からこの制度を紹介されたのです。企業でのOJTが経験できることも魅力に感じて応募しました」
企業の研究職への就職を希望したのは、大学での研究に比べて、より、実用化につながりやすい研究開発に集中できるのではないかと考えたからだという。
「私は自分の研究成果を製品化につなげ、実際に使ってもらえるものにしたいと考えていました」
「この会社で働きたい!」その思いから自ら採用を打診
イノベーションスクールのカリキュラムに企業OJTが含まれているのは、産業界のニーズの把握や、産業社会で通用する応用力の向上を目的としているからだ。佐野さんは自分の研究テーマから、医療機器系、特に電子機器を扱う企業を志望した。
「事業範囲が幅広いので、今までの経験が生かせるかもしれないと紹介していただいたのが日本光電工業でした」
希望が叶い、8月から2カ月間の予定で日本光電工業でのOJTがスタート。そこでは測定装置の開発を手伝い、期待通りの性能が出ない部品について、原因の追究と改善方法の検討を行った。
「大学院での研究そのままというわけではありませんでしたが、実験装置をつくる機械や電子回路の設計、結果の分析方法などに、これまでの経験を生かすことができました」
佐野さんの場合、企業OJTの期間は1カ月延長された。予定の2カ月が終了した時点で、もう少し続ければ成果が出る可能性があるという状態だったため、「延長してもらった方が、佐野さんも新しい経験が積めるのではないか」と考えた日本光電工業から延長の打診があったのだ。佐野さんは申し出を受け、最終的に、研究成果が明確になるまで開発にかかわることができた。
そして、今年4月に同社に入社。企業OJTの期間中に、この会社で働きたいと思うようになった佐野さんは、自ら、自分を採用してくれる可能性はあるかと上司に尋ねたのだという。
「企業OJTでの仕事は、機械や回路を扱ったり、試験結果を分析したりなど、自分が得意とし、やりたいと思っていた内容でした。まだ製品化までは経験していませんが、この会社で自分の力を生かし、何らかのかたちで実社会に貢献する研究ができるのではないかと思ったのです」
佐野さんの希望を受けた上司が人事部に推薦してくれ、正式な入社試験を経てキャリア枠(中途採用枠)での採用となった。
イノベーションスクールでの経験や人脈は将来に生かせる
短期間でも実際に働いたことで、佐野さんは就職前に企業の雰囲気を実感できた。
「企業では製品として世に出すものをつくっているので、開発当初からユーザーの役に立つものにすることを念頭に置いています。そこが大学や研究機関との大きな違いでした。また、コストや開発速度に対する意識のあり方も勉強になりました」
意外だった点もある。
「企業では効率追求が最優先されているのではないかと想像していました。しかし配属先が基礎研究を行う部署だったこともあり、現場では、しっかりしたデータを集めたり、意思の疎通を丁寧に行ったりなど、効率よりも確実さが重視されていました」
だからこそ佐野さんは、自分に合った職場だと思えたのだという。このような企業の実情は、普通は入社するまでわからないが、佐野さんはイノベーションスクールに参加することで、就職前に会社の内側を知ることができた。イノベーションスクールには企業OJTでの経験を発表するプログラムもあり、若手研究者たちがお互いのOJTを通じて得た企業の様子を情報交換しあう、よい機会になっている。
「イノベーションスクールでは他分野の研究者とも交流でき、友人も増えました。この経験や人脈は、仕事で他分野・他業種の方と協調していくときに生かされると思います。もし企業への就職に迷っている人がいれば、産総研のイノベーションスクールに参加し、企業OJTを経験することをお勧めします」
現在、佐野さんは測定装置の性能測定用実験装置の作製に携わっている。イノベーションスクールでの経験を通じて見つけた新たなフィールドでの、さらなる活躍を期待したい。
日本光電工業株式会社
荻野記念研究所
コア・テクノロジーユニット
一課二係
(産総研イノベーションスクール8期生)
佐野 宙人
Sano Hiroto
産総研
総務本部
イノベーションスクール
- 〒305-8568 茨城県つくば市梅園1-1-1 中央第2